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クリームイエローの表紙に緑葉と枯葉のイラスト

書籍名

反転する環境国家 「持続可能性」の罠をこえて

著者名

佐藤 仁

判型など

366ページ、四六判、上製

言語

日本語

発行年月日

2019年6月

ISBN コード

978-4-8158-0949-2

出版社

名古屋大学出版会

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反転する環境国家

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大学院時代にタイの奥地でフィールドワークをしているときに、先進諸国や後発諸国の都市部では明らかに「良いこと」とされる熱帯林保護政策が、地元住民を苦しめている様子を目撃しました。国家による森林の囲い込みによって、農民の生活範囲と使える資源が大きく制約されていたのです。それでも森林減少は止まらず、政府の森林局がますます強大化していることも不思議に思えました。

本書では、反対のしにくい「環境保護」の大義の下、地域の人々の生活が国家の枠組みに翻弄されて、人々と自然環境との関係がかえって悪化していくことを「反転」と呼びます。そして、後発諸国は立派な環境保護の制度をもっているのに、なぜ実効性が伴わないのか。国家による環境政策は、(環境そのものではなく) 人間社会に何をもたらしているのか。環境にやさしいはずの政策が、いつしか反転して地域住民を苦しめることがあるのはなぜなのか、を問うていきます。

具体的な反転の事例として検討するのは、インドネシアの灌漑用水、タイの共有林、カンボジアの漁業資源管理です。これらの国々では、「コミュニティー資源管理」のスローガンで、一見すると資源管理の権能が地域社会に委譲されているようにみえますが、実際には、人々の国家への依存は益々深まっています。総論において「環境を守ること」に反対する人は少なく、環境政策の悪影響を受ける人がいたとしても、奥地に暮らす政治的弱者である場合が多いため、私たちの多くは「反転」への気づくことすらありません。

身の周りの天然資源に依存しながら暮らす後発諸国の人々にとって、誰が資源を支配するか死活問題です。それは、環境への配慮や経済効率という面からだけ議論されるべきテーマではなく、権力や政治という観点から取り上げなくてはならない課題です。環境政策の評価は、「水や大気はきれいになったか。森は増えたか」という観点からのみ行うのではなく、「環境政策は人に何をしたか」という観点が必要です。

反転のメカニズムは何なのでしょう。一つは、後発国の発展プロセスが急激であるために、開発を優先した時代の発想や考え方が、環境の時代になってもそのまま受け継がれているということがあります。あるいは、「個人の解放」に力点をおく経済発展のプロセスで、国家権力への抵抗の礎になるはずの様々な中間的集団 (地縁集団、民族集団など) が弱体化したことも考えられます。権限の集中化した開発国家が環境政策を強く打ち出すようになる過程に問題があるというのが本書の見立てです。環境政策は必要ですが、それが国家と社会の関係をどのように変化させてきたかを問わなくてはなりません。

本書では、現状分析にとどまらず、「どうすればよいかのか」という政策論にも積極的に踏み込みます。とくに終戦後から高度経済成長に至る過程で生み出された日本産のアイディア―公害原論、文明の生態史観、資源論―に注目して、「反転」を食い止めるためのヒントを探ります。経済成長にまい進していた時代の日本には、いまの後発国に活用すべ教訓が多く眠っています。いわゆる「環境本」に飽きた方、いま流行りのSDGsはどこか違うな、と思っておられる皆様に、ぜひ本書を手にとっていただければと思います。

 

(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 教授 佐藤 仁 / 2019)

本の目次

まえがき

序 章 環境国家の到来
    1 21世紀の「宣教師」
    2 「反転する環境国家」とは何か
    3 連鎖する反転
    4 反転をくい止める力

第I部 環境国家をどう見るか

第1章 「問題」のフレーミング—— 環境国家の論理基盤
    1 マレーシアの森を壊したのは誰か?
    2 ヒマラヤの森林にひそむ不確実性
    3 フレーミングの基本パターン —— 境界線の綱引き
    4 フレーミングと環境国家

第2章 環境を介した人間の支配 —— 環境国家のメカニズム
    1 環境国家による色づけ
    2 国家による統治領域の拡張
    3 「人間支配」のメカニズム
    4 支配を媒介する自然環境

第3章 包摂と排除—— 初期環境国家の形成過程
    1 環境国家のはじまり
    2 なぜ日本とシャムを較べるのか
    3 日本における包摂的な集権化
    4 シャムにおける排他的な集権化
    5 シャムと日本の比較 —— 変わる国家・社会関係
    6 包摂と排除を分けたもの

第II部 環境国家とアジアの人々

第4章 維持への力—— インドネシアの灌漑施設と地域社会
    1 維持への強制が呼び込む「反転」
    2 熱帯アジアの灌漑事業
    3 国家権力の諸側面
    4 国家関与の諸次元
    5 地域に迎え入れられる権力

第5章 備える力 —— タイにおける共有地と自然災害
    1 共有地という備え
    2 タイの土地問題
    3 津波被災と反転する災害支援
    4 国家をかわす
    5 先見的国家に備える

第6章 手放す力      —— カンボジアの漁業と利権放棄
    1 動き回る資源の囲い込み
    2 カンボジアにおける漁業と政治
    3 政府はなぜ漁区を手放したのか
    4 反転する「地域への権限委譲」

第III部 反転をくい止める日本の知

第7章 文明の生態史観 —— 京都学派と「下からの」環境国家論
    1 京都学派と「下からの」国家論
    2 生態学的脱国家論
    3 国家が嫌う人々、国家を嫌う人々 —— スコットのゾミア論
    4 東西の脱国家論比較 —— スコットと京都学派の共鳴
    5 環境国家論との関係

第8章 公害原論 —— 被害に寄りそう認識論
    1 公害原論とは何だったのか
    2 環境国家と特権化される知
    3 忘却と暗黙知の回復
    4 公害原論の教訓

第9章 資源論 —— 縦割りをこえた「総合」論
    1 「何もしない」という反転
    2 アッカーマンの挑戦
    3 縦割りへの挑戦 —— 資源委員会
    4 現代環境国家への教訓

終 章 反転をほどく
    1 再びラオスの村を考える
    2 問題をつくらないために
    3 環境ガバナンス論の限界
    4 「良い依存関係」へ
    5 想定される反論
    6 手段と目的をつなぐ依存構造の解明
 
注  
あとがき  
参考文献  
図表一覧  
索 引

 

関連情報

本書は平成31年(令和元年)度科学研究費補助金研究成果公開促進費(学術図書)の支援を受けて出版されていることを、ここに謝して記します。

書評:
書き手: 喜多川 進 「SDGsブームのいま、「持続可能性」を問う - 環境問題をいわゆる「環境好き」の人びとの考察対象にとどめず、統治・支配のあり方を議論するうえでの格好の素材として見出す書」 (ALL REVIEWS 2020年1月21日)
https://allreviews.jp/review/4049

松原隆一郎 評 読書欄特集「2019 この3冊」 (毎日新聞 2019年12月15日)
https://mainichi.jp/articles/20191215/ddm/015/070/014000c

喜多川進 評 (『図書新聞』第3421号 2019年11月2日号) http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3421

展示:
CLIMATE CHANGE 気候変動~それについて話すとき、わたしたちが語っていること~ (六本木ヒルズライブラリー 2020年3月25日)
https://www.academyhills.com/library/topic/2020/2003entrance.html

 

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