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薄いブルーの表紙

書籍名

知泉学術叢書29 イタリア・ルネサンス古典シリーズ 名婦伝 [ラテン語原文付き]

著者名

ジョヴァンニ・ボッカッチョ (著)、 日向 太郎 (翻訳、訳注、解説)

判型など

746ページ、新書版

言語

日本語、ラテン語

発行年月日

2024年2月25日

ISBN コード

9784862854018

出版社

知泉書館

出版社URL

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学内図書館貸出状況(OPAC)

名婦伝

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ボッカッチョ (1313-75年) は、ダンテ、ペトラルカとともに、近代イタリア語の基礎を創った偉大な文人と言ってよい。この作家の最高傑作として評価されているのは、もちろんイタリア語 (トスカーナ語) 作品の『デカメロン』である。十四世紀の半ばに、黒死病がヨーロッパの広い範囲で猛威を振るった。多くの人々が犠牲となるなか、そのような地獄図とは隔離された美しい場所で、十日にわたって十人の男女が交互に物語を披露した。『デカメロン』は、このような状況設定に基づく俗語の物語集である。
 
しかし、ボッカッチョの功績は俗語文学という領域のみには留まらない。この作家は、交友関係をもっていたペトラルカとともに、文芸復興(ルネサンス)の先駆的存在となった。つまり、長いあいだヨーロッパの多くの人々に忘れられてきた文化的遺産、古代ギリシア語やラテン語の著作を再発見し、その紹介にも努めた。『デカメロン』執筆後、学術の言語であるラテン語で数々の書物を著わした。『名婦伝』もその一つである。
 
『デカメロン』が物語集であるように、『名婦伝』も過去の百六人の女性たちを選び、個々の生涯や挿話を簡潔に紹介した伝記集である。その表向きの目的は、女性読者に同性の優れた行為 (ときには逆に恥ずべき行為) を教え、人の道を説くことである。女性たちの大半は、ギリシア・ローマ神話や古代世界に属している。キリスト教世界の殉教者や聖女は扱われない。記述の典拠となった文献の多くは、古代ローマのラテン語の著作であり、典拠の検証はボッカッチョの人文主義者としての活動を跡付けることに他ならない。なかでも、ネロ帝の母アグリッピナ、妻ポッパエアなどの女性の伝記は、十四世紀にはほとんど知られていなかったタキトゥスの『年代記』や『歴史』に基づく記述を含んでおり、興味深い。
 
『デカメロン』の各挿話が、当時支配的だった価値観や道徳観からしばしば自由であり、いきいきとした叙述によって成り立つのに比べると、『名婦伝』で作者は保守的な女性観や結婚観に縛られ、女性は男性に知力体力の点で劣ると断ずる (にもかかわらず、取り上げた女性の並外れた様々な能力に驚嘆するのだが)。そして、個々の伝記は、ある種の型によって組み立てられているように思われるだろう。各人の出生地、父祖についての考証によって始まり、場合によっては、兄弟姉妹、夫や子の名前が挙げられることもある。扱われている女性の多くは、高貴な生まれで抜群の美貌の持ち主である。そしていかなる功績(あるいは悪行、愚行)を示したかが述べられる。ときに、作者自身のコメントが付け加えられる。
 
『名婦伝』は、娯楽を否定はしないが、叙述の面白さよりもむしろ特定の人物についての情報提供を優先している。その意味では、百科事典や便覧の役目を果たしている。作者は、読者がこの書物から具体的な事例を引用し、読者が自身の著述や弁論に役立てることを期待したのだろう。ここにも、『名婦伝』の教養教育的な性格が認められる。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 日向 太郎 / 2024)

本の目次

はじめに
●翻訳
献呈の辞
序言
1 原初の母エヴァ
2 アッシュリア人の女王セミラミス
3 サトゥルヌスの妻,オプス
4 王国の女神,ユノー
5 穀物の女神,シチリアの女王ケレス
6 ミネルウァ
7 キプロスの女王ウェヌス
8 エジプト人の女王にして女神であるイシス
9 クレタの女王エウロパ
10 リビュアの女王リビュア
11,12 アマゾネスの女王,マルペシアおよびランペド
13 バビロニアの乙女ティスベ
14 アルゴスの女王にしてユノーの神官,ヒュペルメストラ
15 テバイの女王,ニオベ
16 レムノスの女王ヒュプシピュレ
17 コルキスの女王メデア
18 コロポンの女アラクネ
19,20 アマゾネスの女王,オリュティアとアンティオペ
21 シビュッラである,エリュトラエアもしくはエリピュラ
22 ポルコスの娘,メドゥサ
23 アイトリア王の娘イオレ
24 ヘラクレスの妻,デイアネイラ
25 テバイの女王,イオカステ
26 シビュラのアルマテアもしくはデイペベ
27 イオニオスの王の娘,ニュコストラタもしくはカルメンタ
28 ケパロスの妻プロクリス
29 ポリュネイケスの妻にしてアドラストス王の娘,アルギア
30 テイレシアスの娘マント
31 ミニュアイ (ミニュアスの末裔) の妻たち
32 アマゾネスの女王ペンテシレア
33 プリアモスの娘ポリュクセナ
34 トロイアの女王ヘカベ
35 トロイアの王,プリアモスの娘カッサンドラ
36 ミュケナイの女王,クリュタイメストラ
37 メネラオス王の妻ヘレネ
38 太陽の娘キルケ
39 ウォルスキ人の女王カミッラ
40 オデュッセウスの妻,ペネロペ
41 ラウレントゥムの女王,ラウィニア
42 カルタゴの女王ディードないしはエリッサ
43 エティオピアの女王ニカウラ
44 プラテアの娘パンピレ
45 ウェスタの乙女レア・イリア
46 タルクイニウス・プリスクス王の妻,ガイア・キュリッラ
47 レスボス島の乙女にして詩人サッポー
48 コッラティヌスの妻,ルクレティア
49 スキュタイの女王タミリス
50 娼婦レアイナ
51 エルサレムの女王アタルヤ
52 ローマの乙女,クロエリア
53 ギリシアの女性,ヒッポ
54 メグリア・ドタータ
55 ローマの婦人ウェトゥリア
56 ミコンの娘タマリス
57 カリアの女王アルテミシア
58 ウィルギニウスの娘,乙女ウィルギネア
59 クラティノスの娘イレネ
60 レウンティウム
61 マケドニアの女王,オリュンピアス
62 ウェスタの処女クラウディア
63 ルキウス・ウォルプニウスの妻ウィルギネア
64 遊女フローラ,花々の女神,西風(ゼピュロス)の妻
65 ローマのとある若い女
66 ウアッロの娘マルティア
67 フルウィウス・フラックスの妻スルピティア
68 シチリアのゲローの娘ハルモニア
69 アプリアの女,カヌシウム(カノーザ)のブサ
70 ヌミディアの女王,ソポニスバ
71 ヘロディコス公の娘,テオセナ(テオクセナ)
72 カッパドキアの女王ベロニケ(ベレニケ)
73 ガラティア人オルギアゴの妻
74 初代アフリカヌスの妻,テルティア・アエミリア
75 ラオディケアの女王,ドリペトルア
76 グラックスの娘センプロニア
77 ローマの婦人,クラウディア・クインタ
78 ポントスの王妃,ヒュプシクラテア
79 ローマ人女性センプロニア
80 キンブリ人の妻たち
81 独裁官ガイウス・カエサルの娘,ユリア
82 ウティカのカトの娘,ポルティア
83 クイントゥス・ルクレティウスの妻,クリア
84 クイントゥス・ホルテンシウスの娘,ホルテンシア
85 トルスケッリオの妻,スルピティア
86 詩人コルニフィキア
87 ユダヤの女王マリアンネス(マリアンメ)
88 エジプトの女王クレオパトラ
89 アントニウスの娘,アントニア
90 ゲルマニクスの妻,アグリッピナ
91 ローマの女性,パウリナ
92 ネロ皇帝の母,アグリッピナ
93 解放奴隷エピカリス
94 セネカの妻,ポンペイア・パウリナ
95 サビーナ・ポッパエア,ネロの妻
96 ルキウス・ウィテッリウスの妻,トリアリア
97 アデルポスの妻,プロバ
98 ファウスティナ・アウグスタ
99 メッサの女,セミラミラ(シュミアミラ)
100 パルミラの女王,ゼノビア
101 イングランドの女にして教皇,ヨハンナ
102 コンスタンティノポリスの皇妃,(エ)イレネ
103 フィレンツェの乙女,[エン]グルドラダ
104 ローマ帝国の皇妃,シチリアの女王,コスタンツァ
105 シエーナの未亡人,カミオーラ
106 エルサレムとシチリアの女王,ジョヴァンナ
結び
●De mulieribus Claris ラテン語原文
ラテン語原文について
ラテン語原文
解説
あとがき
索引
 

関連情報

著者インタビュー:
文学部の窓 | 文学部のひと vol.41 日向太郎教授 (西洋古典学研究室)
https://www.l.u-tokyo.ac.jp/apersonage/14684.html

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