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アンドレア・マンテーニャによる絵画、《パラナッソス山》(1497年)

書籍名

ルネサンス原典シリーズ 原典 イタリア・ルネサンス芸術論【下巻】

著者名

池上 俊一 (監修)

判型など

506ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2021年6月15日

ISBN コード

978-4-8158-1027-6

出版社

名古屋大学出版会

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原典 イタリア・ルネサンス芸術論【下巻】

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本書は、本学の池上俊一名誉教授が監修した翻訳資料集である。本書の類書『原典イタリア・ルネサンス人文主義 Capolavori dell'umanesimo italiano』、『原典ルネサンス自然学 Essential scientific writings in Renaissance Europe』も同じ名古屋大学出版会から刊行されている。池上氏が解説文を執筆し、15世紀から17世紀前半にかけて主にイタリアで活躍したさまざまな文人や芸術家たちが著わした論文計30点を選定し、各論文の翻訳・解題担当者を選んだ。上下二巻全30章から成るが、今回紹介するのは、紹介者が担当した章 (第26章) を含む下巻 (第17章から第30章) である。
 
芸術の究極的な目的が美の実現だとすれば、それはいかにして達成されるべきか。本書に収録された多くの論に通底するのは、このような問いかけである。美が表現される場においては、観客、聴衆、鑑賞者、読者などの存在を前提とするから、作品の受け手である彼らの感覚を問題にすることになる。
 
たとえば、三次元の空間や物を眼に映ずるがままに平面に描く方法 (遠近法) は、ルネサンス期に徹底的に研究され理論化された。そのような絵画技法を築くための手がかりとなったのは、幾何学である (第20章)。また、人体を秩序に支えられ構造的均衡・比例を実現した存在としてその運動の機能や原理を探究するには、筋肉を解剖学的に解明する必要がある (第21章)。音楽においても、音響の比例と調和を発見し、それらについて思弁し、体系化する試みは算術に依拠している (第27章)。これらの章を読むと、ルネサンスの芸術実践が自然科学の知を基礎としていることを、改めて実感できるだろう。
 
美の実現について方法論が提唱されると、当然ながら方法論をめぐる議論が活発化し、論争が生まれる。ルネサンスは、論争と競合の時代だった。とりわけ16世紀の芸術論に影響を及ぼしたのは、諸学問の祖とされてきたアリストテレスであり、なかでも彼の著書『詩学』である (第24章、25章、26章)。『詩学』は韻文作品、演劇作品創作の権威だったが、この権威に挑戦する議論も現れる。紹介者の担当した第26章は、16世紀のイタリア文学を代表する詩人アリオストとタッソの優劣論争をめぐり、舌鋒鋭くアリストテレスを批判し、さらにはアリストテレスが重んじたホメロス叙事詩にまで攻撃を及ぼすことになる。もちろん批判精神や武器となるレトリックは、第26章のみならず、本書の各章に横溢している。
 
では、こうしたレトリックの実現に必要なものは何かと問えば、それは自らの用いる言葉についての省察である。それは、まず第一に長いあいだ広くヨーロッパ文化を支えて来たラテン語に、つづいて日常語としてまたダンテ、ペトラルカ、ボッカッチョなどが文学に用いたイタリア語 (トスカーナ語) に向かうことになる (第22章、第23章)。
 
このように、本書は芸術論が戦わされる現場に密着し、イタリア・ルネサンスとはどのような文化運動であったのかという問いに俯瞰的な展望を与える絶好の著である。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 日向 太郎 / 2022)

本の目次

17 コレクション論 マルカントニオ・ミキエル / 芳野 明 (訳)
  「美術品消息」
18 図像論 ガブリエーレ・パレオッティ / 高橋健一 (訳)
  「聖俗画像論」
19 インプレーサ論 パオロ・ジョーヴィオ / 村瀬有司 (訳)
  「戦いと愛のインプレーサについての対話」
20 遠近法論 ピエロ・デッラ・フランチェスカ / 伊藤拓真 (訳)
  「遠近法論 (第一書)」
21 比例論 ヴィンチェンツォ・ダンティ / 森 雅彦 (訳)
  「完全比例論」
22 俗語論 ピエトロ・ベンボ / 深草真由子 (訳)
  「俗語論 (第一書)」
23 修辞論 ロレンツォ・ヴァッラ / 榎本武文 (訳)
  「ラテン語の典雅 (序文)」
24 悲喜劇論 ジャンバッティスタ・ジラルディ・チンツィオ / 宮坂真紀 (訳)
  悲劇と喜劇の創作をめぐる談話あるいは書簡
25 抒情詩論 ポンポニオ・トレッリ / 澤井繁男 (訳)
  「抒情詩論 (第七講)」
26 叙事詩論 フランチェスコ・パトリーツィ / 日向太郎 (訳)
  「ルドヴィーコ・アリオスト擁護」
27 音楽論 ジョゼッフォ・ザルリーノ / 大愛崇晴 (訳)
  「ハルモニア教程」
28 音楽論 ヴィンチェンツォ・ガリレイ / 上尾信也 (訳)
  「古代と当代の音楽についての対話」
29 演劇論 スーズダリのアヴラアミイ / 青山忠申・杉山博昭 (訳)
  「スーズダリのアヴラアミイの出立」
30 反芸術論 ジローラモ・ベニヴィエーニ / 三森のぞみ (訳)
  「カンツォーネ「来たれ、主がおられる」についての註解」

関連情報

書評:
清野真惟 評 (『史学雑誌』第131編第6号  2022年6月)
http://www.shigakukai.or.jp/journal/index/vol131-2022/
 
根占献一 評「ルネサンス芸術・文化の精髄翻訳選」 (『日伊文化研究』第60号 2022年3月)
加藤哲弘 評「言葉が伝えるルネサンスの芸術世界」 (『日伊文化研究』第60号 2022年3月)
https://www.aigtokyo.or.jp/?p=52530
 
関連書籍:
『原典 イタリア・ルネサンス芸術論【上巻】』 (名古屋大学出版会)
https://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-1026-9.html

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