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紫色の表紙

書籍名

西洋美術の歴史 5 ルネサンスII 北方の覚醒、自意識と自然表現

著者名

秋山 聰、 小佐野 重利、北澤 洋子、小池 寿子、小林 典子

判型など

680ページ、B6判

言語

日本語

発行年月日

2017年4月30日

ISBN コード

978-4-12-403595-7

出版社

中央公論新社

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西洋美術の歴史5 ルネサンスII

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西洋美術の中で、我が国でとりわけ人気があるのは、フランス近代美術やイタリア・ルネサンス美術、そしてバロック美術あたりだろうか。それに対して、ドイツの中近世美術や初期ネーデルランド美術は、歴史的意義は理解されても、展覧会が催される度合いが低いこともあって、あまり興味を持たれない。本書は、中央公論新社の創業130周年記念事業の一環として刊行された8巻本シリーズ『西洋美術の歴史』中の一冊で、まさにこの中世末期から近世にかけてのアルプス以北諸地域の美術を扱っている。高度成長期には、西洋美術の全集や概説書がいくつも刊行されたが、1990年代半ば以降は途絶えていた。本シリーズは、従来の全集や概説書と異なり、大胆 (あるいは無謀) にも「読む美術史」を標榜している。傑作の写真に解説を付した全集や、教科書的な叙述を重視した概説書との大きな相違点は、執筆者がそれぞれ独自の視座から、自由にあるいは偏ることを躊躇わず各論を展開しているところにある。大学の講義に喩えるならば、「概論」ではなく「特殊講義」の集成にあたり、今後とも西洋美術史の通史としては類書が現れることはないだろう。
 
さて、私が担当したのは第1、第6、第7章である。第1章では、カール4世の美術パトロネージが、プラハを神聖都市化するための彼の聖遺物収集活動と密接な関係を有していたことを論じた。また絵画に偏りがちな我が国での西洋美術紹介を意識して、あえて金細工工芸を多く取り上げてみた。また第6章では、ドイツ美術の底流にある美と醜の独特な関係性を、デューラーの審美観を探りながら、浮かび上がらせようと試みた。また、アルプス以北では美術の歴史的展開に宮廷が大きな役割を果たしていることから、ネーデルラント、フランス、ドイツ、ボヘミアの宮廷における美術家の活動の諸相を、宝物目録等の史料と現存作品を突き合わせながら、紹介してみた。第1章の冒頭と第7章の末尾で共にプラハを論じることになったのは、半ば偶然ではあるが、ともすると西欧中心で語られがちなルネサンス期の美術にとって、存外ボヘミアが重要であることが提示できたのは、新機軸の一つと言えるかもしれない。ちなみに最後の図版は、奈良の甲冑師の手になる甲冑2領なのだが、これは徳川家康がルドルフ2世に贈ったという伝承があるもので、1600年前後の美術のグローバルなありようを象徴してもいる (もっとも、プラハの目録上には「インドの」ものと記載されているのだけれども)。
 
というわけで、本書 (ないし本シリーズ) は、西洋美術史の通史を学びたいという人にはあるいは不向きかもしれない。しかし、いま美術史の研究者が、造形物を前にして実に様々な考察を展開している、ということを知ることはできるだろう。人文学の領域で視覚的対象をどのように扱うかを学び、自らの研究方法の彫琢に役立てたいという人にはお薦めできるような気がする。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 秋山 聰 / 2017)

本の目次

第1章  カール四世とボヘミアの美術
第2章  パリの写本工房
第3章  レアリスムに向けて
第4章  人間と自然
第5章  南北交流
第6章  デューラーの悩み―ドイツ美術にとっての美と醜
第7章  アルプス以北一六世紀の宮廷と美術
 

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