日本の近世史について、最先端の研究に従事している専門家たちによる寄稿を得た、シリーズ企画 (全7巻) の、第3巻である。このシリーズの第1巻は17世紀の歴史、第2巻は18世紀を扱っているが、本巻では19世紀段階の日本史をとりあげて、議論している。
本書ではまず、政治史と国際関係の歴史とを有機的に結合させた理解を示すことをねらいとしている。当たり前のように思われるかもしれないが、近世の日本につき、かつては孤立した「鎖国」の体制として理解されてきたということがあった。現在では、近世日本と東アジア地域との恒常的な関係が強調されており、アジアのなかの日本列島の歴史が追究されている。本書でも、北方の蝦夷地、九州の対馬島と港市長崎、また薩摩藩領と琉球王国という、おおよそ四つの地域を介した広域的で国際的な関係を重視して、19世紀史を記述している。さらに幕末期には欧米列強諸国との外交関係が新たに創出されており、総じて日本史の理解をひろく世界史的な動向との関係において位置づけることが、非常に重要である。
また本書では、寛政期 (18世紀末期) から19世紀中葉での米国艦隊来航という事件までを、ひと続きの時代として理解する見地に立っている。江戸幕府の寛政改革 (第1章) から、「大御所時代」とよばれる長い期間を経て、幕末に至るまでの半世紀ということになるが、この時期に特定の政策体系が推進されたことにより、国家体制における矛盾が蓄積されていったものと考えられる。第2章~第5章および第7章では、こうした問題を扱っている。第2章は幕府と天皇・朝廷との関係、第3章では幕府と諸藩との関係を扱い、第5章では蝦夷地・北方の境界地域をめぐる諸問題を、また第7章では広く環太平洋をめぐる国際関係史を視野に入れて論じているものである。第4章は、1840年代~50年代の幕政史を俎上に載せ、幕末政治史の直接の前提をなした諸条件を解明している。
19世紀に日本国家が迎えた体制的な危機とは、「内憂外患」の語で知られているように、対外的な紛争の局面と国内での民衆騒擾の発生とが、同時にあらわれつつ、それらが相互に促進し合うような事態をなしたことを指していうものである。第6章では、幕末期のローカルな民衆運動を素材としつつ、民衆による異議申し立ての動向が幕藩権力を掣肘していた実態を論じている。
本書は論文集の体裁をとっていないが、収録した内容は高度に学術的であり、ただの教科書的な概説ではなく、最新の学説を平易に解説することをめざしたものである。本シリーズ『日本近世史を見通す』の全巻を併読することにより、歴史研究におけるこの分野独自のおもしろさと、その豊かな可能性にふれていただきたい。
(紹介文執筆者: 史料編纂所 准教授 小野 将 / 2024)
本の目次
第1章 寛政改革から「大御所時代」へ…清水光明
1 一八世紀末の社会へ――初世中村仲蔵の視点から
2 政治改革の始動
3 政治改革の展開
4 政治改革の終焉とその後
第2章 一九世紀前半の天皇・朝廷と幕府…佐藤雄介
1 大御所時代の朝幕関係
2 朝廷財政からみた大御所時代
3 大御所時代後、ペリー来航までの朝幕関係
4 鷹司政通の台頭
第3章 「大御所時代」の幕藩関係…山本英貴
1 「大御所時代」の武家官位
2 大名の内願と御三卿
3 相馬大作事件と御三卿
4 官位をめぐる評議と家斉の意向
第4章 天保・弘化期の幕政…荒木裕行
1 天保の改革
2 阿部正弘政権
3 溝口直諒の幕政参画行動
第5章 一九世紀の蝦夷地と北方地域…谷本晃久
1 “長期の一九世紀”のなかの「蝦夷地」――秩序と特質
2 「異国境」と「国境」
3 在地社会の変容
コラムI 幕藩体制下の「異国」…福元啓介
第6章 民衆運動からみる幕末社会…野尻泰弘
1 越前国内の所領構成と福井藩札問題
2 鯖江藩村替えと反対運動の始まり
3 繰り返される幕領一三村の村替え反対運動
4 村替え中止と反対運動の内実
コラムII 貿易都市長崎再建の試み…吉岡誠也
第7章 幕末の日本、一九世紀の世界…小野 将
1 環太平洋からみる近世の日本
2 環太平洋からみる幕末の日本
3 大規模内戦の一九世紀
関連情報
豊かで多様な〈近世〉のすがた!『日本近世史を見通す』全7巻完結!
https://www.yoshikawa-k.co.jp/news/n53409.html
編者解説:
日本近世史を見通したい! 小野 将 (吉川弘文館『本郷』Web編集部 | note 2024年4月9日)
https://note.com/yoshikawa_k/n/nf7e210f28cf2
一九世紀の近世日本を取り巻く外圧と軍事技術革新 荒木裕行 (吉川弘文館『本郷』Web編集部 | note 2024年5月31日)
https://note.com/yoshikawa_k/n/n1e93fe0575ca?magazine_key=m06745aed2c7e
書評:
加藤陽子 評「今週の本棚2024年「この3冊」/上(その1)」 (毎日新聞 2024年12月14日)
https://mainichi.jp/articles/20241214/ddm/015/070/014000c
書籍紹介
書籍出版のお知らせ (学習院大学文学部史学科ホームページ 2024年1月31日)
https://www.gakushuin.ac.jp/univ/let/hist/info2024/info2024-0131-2.html
本よみうり堂: 日本近世史を捉え直す 吉川弘文館が新シリーズ刊行開始 (讀賣新聞オンライン 2023年11月27日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/articles/20231127-OYT1T50064/