インドネシア・スンバ島のとんがり屋根の家、モンゴルの大草原を移動する遊牧民のゲル、ブルキナファソのグルンシ族が築く泥の家 ――― 世界には、その土地の自然と文化に見事に寄り添った住まいがある。本書は、そんなヴァナキュラー建築を、美しい写真やイラストとともに紹介する大図鑑である。
ヴァナキュラー建築とは、地域の気候や風土、人びとの暮らしに合わせて生まれた「建築家なしの建築」。限られた資源をやりくりし、自然と折り合いながら、何世紀もの時間のなかで育まれてきた知恵の結晶だ。本書は、それを単に古き良きものとして懐かしむのでも、異国への憧れの対象とするのでもなく、むしろ地域社会が未来を生き抜くための教訓として読み解いている。
章立てはケッペンの気候区分に沿って、熱帯・乾燥帯・温帯・大陸性・極地に分かれる。似た気候は、似た「手に入る建材」と「対処すべき環境条件」を与え、結果として似た建築を生み出す。熱帯の森林では草や竹を編んで風を通す家がつくられ、乾燥帯の砂漠では泥や石の厚い壁が昼夜の寒暖差をやわらげてきた。気候帯は緯線に沿っておおむね「水平」に広がり、ユーラシアからアフリカ、アメリカ、オーストラリアへと連なるから、遠く離れた地域に似た建築が現れる。生き別れた双子のような住まいが大陸を超えて再会する、不思議な章構成になっているのだ。
こうした「風土論」が本書の基調にある一方で、読み進めると、風土論だけでは説明できない現象にも気づくだろう。環境応答はじつに多様だ。とくに民族が入り混じる地域では、同じ気候でもしばしば異なる様式の住まいが並び建つ。そこには交流や対立を通じた文化の相互作用が映し出されている。この「似ているのに違う」世界の奥深さを一望できるのも、本書の大きな魅力である。
本書は、世界中の専門家が執筆し、サンドラ・ピシクが編集したHabitat: Vernacular Architecture for a Changing Climateの全訳版である。監訳は筆者 (本間) と前田昌弘、編集委員に小林広英・清水郁郎・那須聖を迎え、この5名を含む計37名で翻訳を行った。その過程で、地域ごとに呼び名が違っていても、実は同じ建材や建築部位を指すことが少なくないと分かってきた。そこで表記をそろえるために英日対照表をまとめたところ、最終的に3500語以上にふくらむ大仕事となったのだが、この作業そのものが、ヴァナキュラー建築に宿る同一性と多様性を実感させる体験でもあった。
現在、都市化や開発、気候変動によって、伝統的な居住文化は急速に失われつつある。けれど本書はそれを嘆くだけでなく、むしろ新しい可能性に目を向ける。伝統様式を近代技術で再現した建物、地域の素材と職人技を活かしたモダンデザイン、地域の廃棄物を再利用した住まい ――― そうした、変化に適応して進化する「現代のヴァナキュラー建築」も多く紹介されている。資源の枯渇や気候変動に直面する人新世の時代に、人と自然の共生を考えるヒントが詰まった一冊である。ページをめくれば、未来へとつながる世界の住まいを旅することができるだろう。
(紹介文執筆者: 生産技術研究所 准教授 本間 健太郎 / 2025)
本の目次
気候が建築の材料とデザインに与える影響
ケッペンの気候分類地図
ヴァナキュラー建築に使われる土の地質学的分類
構築環境に使われる植物
人類学からみたヴァナキュラー建築
「ヴァナキュラー」の価値
熱帯
熱帯の豊かさと多様性
チャトルハウスと木造建築/カリブ海地域
クレオール・パリクル族・カボクロ・ブラジル系カリブ族の住居/フランス領ギアナとブラジル
先住民建築と植民地建築/ベネズエラ
ワオラニ族の伝統住居/エクアドルのアマゾン流域
ワイアピ族およびシングー川上流の住居/ブラジル
ヤノマミ族の住居/ブラジルのアマゾン流域
先住民住居マロカ/アマゾン流域
都市周縁のファヴェーラ/ブラジル
グアラニー族の「大きな家」/パラグアイ
先住民建築と植民地建築/シエラレオネ・リベリア・ギニア・ギニアビサウ
グルンシ族の泥の家/ブルキナファソとガーナ
土着の集落/コートジボワール・ガーナ・トーゴ・ベナン・カメルーン
ハウサ族・ヨルバ族・イグボ族の住まい/ナイジェリア
スーロ/カメルーン北部
円錐屋根の家とヤシの木の家/コンゴ民主共和国と南スーダン
ドーム型の家/ルワンダ・ブルンジ・南スーダン・ケニア
木造宮殿/マダガスカル
カチャ・ブッカ・セミブッカ/インド
先住民建築と植民地建築/スリランカ
土着の伝統/バングラデシュ
農作業小屋/ミャンマー
東南アジアにおけるヴァナキュラー建築の移住とモンスーンへの適応
竹の高床式倉庫/ラオス
伝統文化の地域性/タイ
ケン様式とクメール様式の住まい/カンボジア
各地域における伝統文化の混在/ヴェトナム
多文化建築/マレーシア
先住民建築と植民地建築/シンガポール
熱帯雨林のロングハウス/ブルネイ
クボとバレ/フィリピン
スンバ族のルマ・アダットとマラブ/インドネシア
アボリジニの住まい/熱帯オーストラリア
ロングハウスとコロワイ族のツリーハウス/ニューギニア
バイ・ウリタオの家・ベバイ・カテル・石積みの家/ミクロネシア
ナバラ村とラウ諸島のブレ/フィジー
木とヤシの家/トンガ
ビッグルーフ/クック諸島
ファレとマラエ/フランス領ポリネシア
茅葺きのハレ/ハワイ
乾燥帯
砂漠の極限気候への応答
プエブロとメサの発展/アメリカ南西部とメキシコ
ラ・グアヒーラ県とボヤカ県の住居/コロンビア
トトラ葦とアドベの家/ペルー
キンチャ・アドベ・グアヤキルケイン/チリ
チパヤ族の円錐型の家/ボリビア
アルティプラノのアドベブロック・石・泥/アルゼンチン
アフリカにおけるヴァナキュラー建築の気候・資源・文化への適応
テントと泥レンガの家/モロッコ・チュニジア・エジプト
防衛集落クサール/アルジェリア
ベルベル人の住居タダート/リビア
ハイマと泥レンガの家/モーリタニア
アドベ建築/マリとニジェール
遊牧と定住の構造/チャドからソマリアまでのサヘル地域
多様な風土/アフリカ南部
土とナツメヤシの構造/アラビア半島
ナツメヤシの葉の家/アラビア半島
塔状住居と中庭式住居/イエメン
石と土の建築/レバント地方とイスラエル
王位の村/パレスチナ中央高地
農民の家・都市の家・遊牧民の家/ヨルダン
石の家とサステイナビリティ/レバノン
土のドーム/シリア
洞窟住居と木造住居/トルコ
蜂の小屋/南アナトリア
中庭住居が生む微気候/イラク
マーシュ・アラブの葦の家/イラク
建築の多様性・地域性・西洋化/イラン
ユルト・テラス・カラ/アフガニスタン
土と木と石の家とチャラウ/パキスタン
レンガ造りの家/アゼルバイジャン
夏の部屋と冬の部屋/ウズベキスタン
土の建築物/トルクメニスタン
中庭式住居とユルト/タジキスタンとキルギス
ゲル/内陸アジア・モンゴル
温帯
建材と建築の温帯への適応
チッキー・チャールストンハウス・ショットガンハウス/アメリカ南部
キンチャ・アドベの家・石の家/南米
ヨーロッパ大陸におけるヴァナキュラー建築の気候への適応
コブ・石・粘土・茅葺き・木の建築/イギリス諸島
ヴァナキュラー住居の増改築/ジョージア
多様な風土/ヒマラヤ山脈
塔/シナ・チベット地域
中庭式住居/中国中東部沿岸
アドベと版築の住居/中国北部
トン族の集落と鼓楼/中国
ノワの家とグービーの家/韓国
閩南人の集落/台湾
都市と農村の民家/日本
大陸性
大陸性気候の変化と文化
亜寒帯と北西海岸の先住民住居/北米
芝・木・シェルター構造/ノルウェー
針葉樹と広葉樹の家/スウェーデン
ログハウスとファールン・レッド/フィンランド
木の家/ロシア北部と中部
フェルトの家/カザフスタン
ユルト・竪穴式住居・ファンザ/ロシア東部
木の家/タスマニア
マオリ族の住まい/ニュージーランド
極地
雪・石・木による極地への適応
住居の断熱と工夫/北極圏
スニダ・クビアナウス・クランブラによる芝の建築/アイスランド
サーミ人のゴアティ/スカンディナヴィア北部とコラ半島
付録:現代のヴァナキュラー建築
ウィンド&ウォーター・バー
バンブーコートヤード・ティーハウス
METIハンドメイドスクール
DESIトレーニングセンター
オークランド大学 ファレ・パシフィカ
ヤシ葉のシェルター サブラ
ジェフリーの家
イースト・アングリア大学 エンタープライズセンター
ミュア・クレイグス・コテージ
ジャナマニ・ビジターセンター
華潤大学
ワデシュワルのシヴ寺院
マリア・グラツィア・クトゥリ小学校
ガンド小学校
ガンド小学校の図書館
リュフィスクの女性センター
ゲルミン技術学校
タンバボックス
ブライトン廃棄物ハウス

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