東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

青から黄色のグラデーションがかかった表紙

書籍名

尊厳概念の転移

著者名

小島 毅、 加藤 泰史 (編)

判型など

534ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2024年12月27日

ISBN コード

978-4-588-15141-5

出版社

法政大学出版局

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

尊厳概念の転移

英語版ページ指定

英語ページを見る

この論文集は科学研究費補助金学術変革領域 (A)「尊厳学の確立」のなかのA03班「アジア・イスラムなどの非欧米圏の尊厳概念の構築」の研究成果です。この共同研究は10の班から構成されており、A03班の役割は近代西洋とは異質な世界各地の伝統文明、特にアジアの思想文化を対象にして「尊厳」という概念について調査分析することです。共同研究「尊厳学の確立」はその前身として「尊厳概念のグローバルスタンダードの構築に向けた理論的・概念史的・比較文化論的研究」(基盤研究(S)) を持ち、その研究成果は本書と同じく法政大学出版局から数種の論文集として刊行されました。それらのうち『東アジアの尊厳概念』については、すでにこのUTokyo BiblioPlazaで紹介しています。
 
本書では「人間」の捉え方の文化ごとの異同を明らかにしようと試みています。それをなんという語彙で表現するにせよ、言語を操る主体が人間であるかぎり、「人間」を意味する概念は必ずどの文化にも存在し、したがってどの言語にもそれを表現する語彙が見つかるはずだからです。
 
ただし、それは現代の生物学で認識対象となっている種、ホモ・サピエンスと一致するわけではありません。とはいえ、それらは「われわれがそうである者」を意味する語としては共通しています。それらの諸「人間」概念は、西洋文明との出会いによってそれぞれが近代化されていきます。すなわち近代西洋の「人間 (human)」という概念、個人 (individual)・自由 (liberty, freedom)・ 平等 (equality)・権利 (rights) そして尊厳 (dignity) などの諸概念がその周囲にある新来の概念が移入されます。
 
ところが、一般に思想文化的な語彙は異言語間の翻訳において機械的に対応する全く同義の語彙に置き換えられません。物理学で引力はgravity (英語) でもSchwerkraft (ドイツ語) でも意味するところは一緒でしょうし、化学で化合物はcompound (英語) でもVerbindung (ドイツ語) でも同じものを想定しています。しかし、思想用語はそうはいきません。
 
私たちはこの現象を転移と呼ぶことにしました。転移が、医学用語としては病原体や癌細胞が移動することでもたらす身体組織の変化を、化学用語としては結晶の変化など物質状態の変化を、心理学用語としては以前の学習によってもたらされる後発学習への効果を、それぞれ意味することからこのように思いつきました。
 
本書には専門的な学術論文が並んでいますが、それぞれの執筆者は専門以外の人が読んでも理解できるように意識して書いたつもりです。通読してもらうことで、ものを考えるときに使う概念というものが異文化間でどのように翻訳・伝達・変容していくのかのひとつの例が明らかになるはずです。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 小島 毅 / 2025)

本の目次

編者前書き 比較研究による人間観の再構築に向けて(小島 毅)
 
第I部 文化伝統のなかの人間観
1 日本群島と総合的人間(小倉紀蔵)
2 伝統思想における尊厳概念──十七・十八世紀の日本思想とその方法から(清水正之)
3 「揺れる情(こころ)」の緩和ケア──病棟で本居宣長を考える(土屋宣之)
4 人間と動物の本性は同じか異なるか──朝鮮朱子学の人物性同異論争(金 光来)
5 イスラム教における人間観──カラーマと義務賦課の観点から(菊地達也)
6 イスラームにおける尊厳と尊厳死(消極的安楽死)──ファトワーの分析を中心に(青柳かおる)
 
第II部 尊厳概念の転移(日本)
1 中江兆民思想における尊厳と自由・平等観──フランス共和主義の導入を中心として(エディ・デュフルモン)
2 近代仏教における縁起と尊厳(前川健一)
3 〈弱さ〉の尊厳の提起──日本の「私小説」における日常生活の実相に導かれて(ギブソン松井佳子)
4 和辻哲郎における尊厳概念──人間存在の否定性(犬塚 悠)
5 自由と徳性──丸山眞男の尊厳認識(商 兆琦)
 
第III部 尊厳概念の転移(東アジア)
1 東学の気化的人間観(趙 晟桓)
2 朴鍾鴻哲学の創造的人間観における尊厳の問題(郭 旻錫)
3 唐君毅の「自作主宰」──人格尊厳の根拠として(小島 毅)
4 張君勱の憲法制定活動からみる「人間の尊厳」の思想的基盤(中村元哉)
5 周作人「人間の文学」に見る中国近代知識人の「人間」観(牧角悦子)
6 「科学と人生観」論争とその綻び──一九二〇年代中国における尊厳の位置(石井 剛)
7 日本統治時代の台湾人の尊厳とは?──『台湾民報』系の言論を中心に(陳 文松/原口直希゠訳)
8 戦後台湾における尊厳の概念史(陳 建守/古谷 創゠訳)
9 教育学者張彭春の思想過程とその「世界人権宣言」に対する影響(一九二三~一九四八)(劉 蔚之/胡華喩゠訳)
 
編者後書き 「尊厳学」の中の非欧米圏(加藤泰史)

関連情報

「尊厳学の確立」ホームページ
https://songengaku.jp/
 
関連記事:
《人物評伝》 韓国哲学という未完の夢:朴鍾鴻考 (『アジア・マップ』Vol.03 | 韓国 2025年)
https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol03/korea/essay02/

このページを読んだ人は、こんなページも見ています