多くの人にとって、日本や世界の経済の動きは大きな関心事である。近年の動きをみても、新型コロナウイルスの感染症拡大に伴う経済の落ち込みやその後の景気回復、資源価格の高騰に端を発するインフレの加速など、経済は大きく変動している。今後の日本の経済成長率はどうなるのか、低迷を続けてきた賃金と物価の上昇率は持続的に高まるのかなど、経済動向の先行きを見通すうえでは、経済理論に加えて、統計データを利用して定量的に分析を行う必要がある。その際には、経済統計に関する基礎的な知識や特性に関する実践的な知見が不可欠である。
本書は、初めて「経済統計」を利用する方々を対象に、現実の経済を分析するために必要となる経済統計に関する基礎知識の習得を目的としている。具体的には、以下の2点を目標として意識した。
第1は経済統計の作成方法に関する基本的な知識を習得することである。経済統計は様々な方法で作成されており、その作成方法に起因する統計の性質や留意点を踏まえたうえで利用する必要がある。例えば、物価指数やGDPなど加工統計を使いこなす際には、その作成方法をしっかりと理解し、誤差や「くせ」を把握することが不可欠である。
第2は目的に叶った経済統計を選び、適切に読み解けるようにデータ・リテラシーを向上させることである。経済統計の利用目的には様々なものがあるが、本書では世の中で最も利用ニーズが高い経済変動の分析―景気の分析―に焦点をあてて、経済統計に関するデータ・リテラシーを教授する。本書をマスターすることで、読者は経済統計を独力で利用するうえでの基礎的な知識を修得することが可能となる。
類似のテキストとの比較を念頭に本書の特徴を著者なりに示すと、個別統計の概要や作成方法の説明にとどまることなく、各統計がもつ様々な特性、とりわけ、経済変動を把握する際に留意すべき統計の誤差や「くせ」について踏み込んだ説明を行っていることである。さらに、そうした理解を共有しながら、様々な統計をどのように利用するべきか、実践的なノウハウを提示している。日本の経済統計に関する作成環境を眺めると、厳しさを増しており、そのことが正確な経済動向を把握する精度面にも影響をもたらしている。第1に、サービス化、デジタル化、グローバル化に代表される経済の構造変化が持続的に進展している。従来の統計作成手法では経済全体を把握するうえで不十分になっている。第2に、社会的な変化やプライバシー保護など企業や家計など報告者の統計への協力度合いは低下する方向にある。また、政府など統計作成部署では、厳しいリソース制約にも直面している。そうした状況のもとでも、実務家をはじめとする関係者は統計の精度向上に向け懸命に取り組んでいるが、現状、成果は十分なものとはなっていない。
本書は、テキストブックであると同時に、実践書でもある。統計を利用するうえでは、統計に関する広い実践的知識を十分に持っていないと経済変動を的確に把握するのは容易ではなく、誤った判断を行う可能性すらある。本書は、統計ユーザーが統計の「迷い道」に入り込まないようにできる限りの配慮を行っている。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 肥後 雅博 / 2025)
本の目次
第1章 統計とは何か
1.1 統計の役割
1.2 統計の活用事例
1.3 統計の作成方法による分類:調査統計・業務統計・加工統計
1.4 統計の作成主体による分類:公的統計・民間統計
1.5 統計対象の状態による分類:構造統計・動態統計
コラム 日本の公的統計の作成体制
練習問題
第2章 調査統計の作成方法
2.1 調査統計の作成方法:全数調査と標本調査
2.2 世帯に関する全数調査:「国勢調査」
2.3 事業所・企業に関する全数調査:「経済センサス」
2.4 標本調査(1):単純無作為抽出と標本誤差
2.5 標本調査(2):標本設計の実際・標本抽出方法の選択
2.6 標本調査(3):継続標本を活用した標本調査
2.7 裾切り調査とその他の有意抽出調査
コラム 標本調査において無作為抽出はなぜ重要か
練習問題
第3章 調査統計が持つ誤差/業務統計の作成方法
3.1 調査統計が持つ誤差:標本誤差
3.2 標本誤差に関する情報の活用方法
3.3 調査統計が持つ誤差:非標本誤差
3.4 業務統計の作成方法
コラム 調査統計における精度の限界:都市別のぎょうざ購入額
練習問題
第4章 加工統計の作成方法:指数を中心に
4.1 指数とは何か
4.2 指数の作成方法:価格指数
4.3 指数の作成方法:数量指数/価格指数と数量指数との関係
4.4 指数の経済理論
4.5 指数作成の実際
コラム 連鎖指数の上方バイアス:ドリフト現象
練習問題
第5章 統計の利用方法:景気分析を中心に
5.1 経済政策と景気判断
5.2 景気判断の実際
5.3 統計データの見方:前月比と前年同月比の使い分け
5.4 景気判断における統計データの問題点と対処方法
コラム 潜在GDP・需給ギャップ・潜在成長率の不確実性
練習問題
第2部 経済統計の利用方法:各論
第6章 企業に関する統計(1):生産と収益
6.1 生産に関する統計:鉱工業指数
6.2 収益に関する統計:法人企業統計調査
6.3 企業マインドに関する統計:短観
コラム 鉱工業指数の品質バイアスと速報性とのトレードオフ
練習問題
第7章 企業に関する統計(2):設備投資
7.1 設備投資の特徴とその把握方法
7.2 設備投資の「計画」を把握する統計:短観
7.3 設備投資の先行指標:機械受注と建築着工
7.4 設備投資の一致指標:資本財総供給と建設工事出来高
コラム 建設総合統計:建設工事出来高(民間)のどの系列を利用すべきか
練習問題
第8章 労働に関する統計:雇用・賃金
8.1 雇用・賃金の特徴とその把握方法
8.2 雇用を把握する統計:労働力調査
8.3 求人・求職を把握する統計:職業安定業務統計
8.4 賃金を把握する統計:毎月勤労統計調査
コラム 毎月勤労統計調査における「共通事業所」系列の有効性
練習問題
第9章 家計に関する統計:家計消費
9.1 家計消費の特徴とその把握方法
9.2 家計の消費構造を把握する統計:家計調査
9.3 家計消費の基調判断指標:消費活動指数
9.4 家計消費の詳細な分析に役立つ各種の統計
9.5 消費者マインド統計:消費者態度指数/景気ウォッチャー調査
コラム 家計調査:2018年の大幅見直しによる段差の影響
練習問題
第10章 物価に関する統計
10.1 物価変動の特徴とその把握方法
10.2 消費者物価指数
10.3 企業物価指数と企業向けサービス価格指数
10.4 地価と不動産価格指数
コラム 消費者物価指数:直面する作成上の課題と精度への影響
練習問題
第11章 対外バランスに関する統計
11.1 対外バランスの特徴とその把握方法
11.2 貿易統計・実質輸出入の動向
11.3 国際収支統計
コラム 国際収支統計・その他サービスにおける2014年の段差
練習問題
第12章 財政と金融に関する統計
12.1 財政・金融の特徴とその把握方法
12.2 公共投資を捕捉する統計:公共工事請負金額/公共工事出来高
12.3 資金循環統計
12.4 その他の金融に関する統計
コラム 公共投資の真の姿(確定値)を早期に把握するには
練習問題
第13章 国民経済計算(1):GDPの概念と推計方法
13.1 国民経済計算(SNA)の概要
13.2 GDPとは何か
13.3 GDPの三面等価と産業連関表
13.4 GDPの実質化
13.5 GDPの推計方法[1]:年次推計
13.6 GDPの推計方法[2]:QE推計
コラム QE推計における供給側推計への依存度の高まり
練習問題
第14章 国民経済計算(2):利用方法と利用上の注意点
14.1 四半期別GDP速報(QE)の利用方法
14.2 年次推計の利用方法
14.3 四半期別GDP速報(QE)の事後改訂
14.4 基準改定に伴うGDP年次推計値の上方改訂
コラム GDPのカバレッジ拡大に向けた税務情報の活用
練習問題
経済統計のより深い理解に役立つ参考図書・文献/本書で引用した文献
索引
関連情報
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https://www.nippyo.co.jp/shop/magazine/9506.html

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