東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙にパレスチナの街の写真

書籍名

サピエンティア 71 パレスチナ戦争 入植者植民地主義と抵抗の百年史

著者名

ラシード・ハーリディー (著)、 鈴木 啓之、 山本 健介、金城 美幸 (訳)

判型など

406ページ、四六判、上製

言語

日本語

発行年月日

2023年12月

ISBN コード

978-4-588-60371-6

出版社

法政大学出版局

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パレスチナ戦争

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歴史家ラシード・ハーリディーは、1982年、イスラエル軍が迫るレバノンの首都ベイルートにいた。爆発音のなか車を飛ばし、彼が最初に向かったのは幼稚園だった。娘2人の「お迎え」を済ませたハーリディーは、家で妻の帰りを待った。長い封鎖下の生活が始まろうとしていた……。
 
これは、本書『パレスチナ戦争』のなかに書かれている一幕に過ぎない。実際のところ、ハーリディーの名を有名にした著作Under Siege (封鎖下で 日本語訳なし) こそ、このレバノン侵攻の一部始終を書いた名著であった。私がハーリディーについて知っていたのも、このUnder Siegeを通してである。そんな、彼がパレスチナ問題の通史を書いたという。どんな内容になっているのか、興味を抱いた。いち早くこの書籍に注目していた静岡県立大学の山本健介さん、そして名古屋学院大学の金城美幸さんと、「3人4脚」 (?) の翻訳作業が始まった。
 
1917年、世界史のなかでも有名な約束がイギリス政府によって行われた。外務大臣アーサー・バルフォアがユダヤ人の富豪ロスチャイルド男爵に宛てた書簡、いわゆる「バルフォア宣言」である。イギリスから遠いパレスチナの土地にユダヤ人の民族的郷土 (ナショナル・ホーム) が建設されることに好意的な意見を示したもので、第一次世界大戦中のイギリスによる多重外交の一幕としてあまりに有名である。パレスチナにユダヤ人の故郷を建設しようとする思想・運動であるシオニズムに導かれたユダヤ人が、さらにパレスチナを目指すようになった。シオニズムの提唱者であるヘルツルに、抗議文を送っていたパレスチナのアラブ人がいた。ハーリディーの曾祖父の叔父、ユースフ・ディヤー・ハーリディーである。ハーリディー家の家族の記憶が、パレスチナ問題の百年に重なっていく。
 
何よりも特徴的なのは、1967年の第三次中東戦争からは、ハーリディー自身が歴史の現場に臨場し、当時の内実が細やかに、しかし百年史という大きな流れを損なわずに描かれていることだろう。第三次中東戦争の停戦決議が国連の議場で議論されている時、そして1991年のマドリード中東和平会議まで、ハーリディーは現場にいた。そして1993年のオスロ合意を経てパレスチナ暫定自治が始まった頃、ヤースィル・アラファートやマフムード・アッバースがどういった態度――いまから考えれば、あまりに楽観的な態度――をとっていたことも、遠慮なく描かれている。
 
2023年10月7日のハマースによるイスラエルへの奇襲攻撃や、その後のイスラエル軍によるガザ地区への苛烈な攻撃は、本書に直接書かれてはない。しかし、なぜガザ地区で過去最悪の人道危機が起きるに至ったのか、その長い導火線は本書のなかに描かれている。アメリカの大学では、ガザ地区での人道状況を憂い、抗議の声をあげる学生らの姿が見られた。SNSに流れてくる多くの映像のなかには、現場で学生らに呼び掛けるハーリディーの姿もあった。ぜひ本書を通して、彼の呼びかけに耳を傾けてほしい。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 特任准教授 鈴木 啓之 / 2025)

本の目次

序  章
第1章 最初の宣戦布告 1917~1939年
第2章 第二の宣戦布告 1947~1948年
第3章 第三の宣戦布告 1967年
第4章 第四の宣戦布告 1982年
第5章 第五の宣戦布告 1987~1995年
第6章 第六の宣戦布告 2000~2014年
終  章 パレスチナ戦争の1世紀
訳者あとがき
索引
 

関連情報

著者インタビュー:
ナクバとパレスチナ―「ナクバ」とは何か(鈴木啓之さんインタビュー・前編) (Dialogue for People 2025年6月9日)
https://d4p.world/31937/
 
ナクバとパレスチナ―国際規範に反する虐殺を止めるために(鈴木啓之さんインタビュー・後編) (Dialogue for People 2025年6月9日)
https://d4p.world/31939/
 
書評:
新井京 (同志社大学教授) 評「【連載:百川学海】第2回 国際法学者の新井京さんに聞く―後編 学生に勧めたい書籍」 (日本・イスラエル・パレスチナ学生会議(JIPSC) | note 2025年5月11日)
https://note.com/jipsc_since2003/n/n317f78c11f22

今村真央 評 (『みすず書房 読書アンケート 2024:識者が選んだ、この一年の本』 2025年2月17日)
https://www.msz.co.jp/book/detail/09842/
 
藤原辰史 (京都大学准教授) 評「犠牲が支える歴史 癒えない傷直視し、広い視野を」 (『朝日新聞』 2024年8月10日)
https://book.asahi.com/article/15386980
 
早尾貴紀 評 (『世界史の眼』53号 2024年8月1日)
https://riwh.jp/2024/08/01/%e6%9b%b8%e8%a9%95%e3%80%80%e3%83%a9%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%83%89%e3%83%bb%e3%83%8f%e3%83%bc%e3%83%aa%e3%83%87%e3%82%a3%e3%83%bc%e8%91%97%e3%80%8e%e3%83%91%e3%83%ac%e3%82%b9%e3%83%81%e3%83%8a%e6%88%a6/
 
藤原辰史 評「2024年上半期読書アンケート」 (『図書新聞』3649号 2024年7月27日号)
https://toshoshimbun.com/product__detail?item=1721276810756x991515863562059800

浜中新吾 評 (『図書新聞』3632号 2024年3月23日)
https://toshoshimbun.com/product__detail?item=1710389272863x270114964803682300

読書・観賞日記 読んで、観て、聴いて: 酒井啓子 (千葉大学) 評 (『世界』2024年4月号 2024年3月8日)
https://www.iwanami.co.jp/book/b643675.html
 
川上泰徳 評 (『週刊読書人』 2024年2月9日号)
https://dokushojin.net/news/380/
 
本よみうり堂: 遠藤乾 (国際政治学者・東京大教授) 評「自治区の不条理 冷徹に」 (『読売新聞』オンライン 2024年2月9日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/reviews/20240205-OYT8T50015/
 
前田健太郎 (東京大学教授・行政学) 評「「パレスチナ戦争」書評 追放された者の視点で描く通史」 (『朝日新聞』 2024年2月3日)
https://book.asahi.com/article/15144638
 
(『外交』83号 2024年1月31日)
http://www.gaiko-web.jp/archives/5192

岡 真理【イスラエル・パレスチナを知る】すべての命が等しく尊重されるために (『SPUR』 2024年1月24日)
https://spur.hpplus.jp/sdgs/watashitsuzukeru/2024-01-23-uGqXcQ/

シンポジウム:
関西パレスチナ研究会 公開シンポジウム「パレスチナの危機を読む」 (関西パレスチナ研究会、科学研究費補助金基盤研究B「ポスト・オスロ合意期におけるパレスチナ人の新しいネットワークと解放構想の形成過程」 2024年3月27日)
https://park.itc.u-tokyo.ac.jp/UTCMES/2024/03/12/symposium-3/
 
公開シンポジウム「パレスチナの歴史と現在:入植者植民地主義と抵抗の100年を考察する」 (科研費学術変革領域研究(A)「イスラーム的コネクティビティにみる信頼構築:世界の分断をのりこえる戦略知の創造」(イスラーム信頼学)「紛争影響地域における信頼・平和構築」(研究代表者:石井正子(立教大学)課題番号:20H05829)、科研費学術変革領域研究(A)「イスラーム的コネクティビティにみる信頼構築:世界の分断をのりこえる戦略知の創造」(イスラーム信頼学)「移民・難民とコミュニティ形成」 (研究代表者:黒木英充(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)課題番号:20H05826 2023年12月21日)
https://www.rikkyo.ac.jp/events/2023/12/mknpps000002do60.html
 

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