東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

鳥と戯れる軍人の写真

書籍名

光文社新書 動物たちがみた戦争 戦中写真が伝える

著者名

渡邉 英徳、 貴志 俊彦、中島 みゆき

判型など

288ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2025年7月30日

ISBN コード

9784334106942

出版社

光文社

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動物たちがみた戦争

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戦争の歴史を学ぶとき、私たちは誰の視点から物事を見ているでしょうか。兵士や政治家、あるいは銃後の市民たち。しかし、そこにはもう一つの、これまで光が当てられてこなかった視点がありました。それは、言葉で経験を語ることのない、動物たちの視点です。
 
写真集『戦中写真が伝える 動物たちがみた戦争』は、終戦80年の節目に、この「声なき存在」の目線から戦争を捉え直す試みです。毎日新聞社に残された約6万点もの膨大な戦時写真アーカイブの中から、軍馬、軍犬、軍鳩、さらには戦地で利用されたラクダやゾウまで、人間と共に生きた動物たちの姿を精選し、一冊にまとめました。
 
本書の最大の特徴は、最先端のAI技術と緻密な歴史考証によって、モノクロームの写真に色彩を蘇らせた点にあります。AIが自動で着彩したものを下敷きに、当時の資料や専門家の知見と突き合わせながら、人の手で丁寧に色調を補正していく。この「AIと人間の協働」作業により、写真はまるで昨日のことのように生々しい現実感を帯び、動物たちの息遣いや眼差しまでもが伝わってきます。
 
この「リアルさ」には、私たちが思考を巡らせるべき重要な論点が潜んでいます。例えば、AIは表紙に添えられた同じ写真のプルメリアの花を、ある時はピンクに、またある時は黄色に着彩します。どちらも「本物らしく」見えますが、本当の色は誰にも分かりません。このように、AIによるカラー化は史実への「可視化的介入」であると同時に、ある種の「虚構 (フェイク)」を生成する行為でもあります。そしてこの構造は、動物を「勇ましい軍馬」といったイメージで国威発揚に利用した戦時プロパガンダや、現代社会に溢れるフェイクニュースの問題とも地続きといえます。本書では、あえてモノクロの原版写真とカラー化写真を並置することで、読者一人ひとりに「真実とは何か」を問いかけます。
 
各章には、アジア史の専門家である貴志俊彦教授 (本学大学院情報学環客員教授・京都大学名誉教授・ノートルダム清心女子大学教授) の解説が加えられ、動物たちが動員された歴史的背景を深く読み解いています。また、戦中写真のデータベース構築には、中島みゆき (本学大学院情報学環客員研究員・毎日新聞記者) が中心となって取り組み、研究と編集の基盤を整えました。さらに本書の企画・制作には、渡邉英徳研究室の学生たちも主体的に参加しています。巻末の座談会では、世代の異なる学生たちが写真と向き合った率直な思いが語られます。さらに付録のQRコードからは、静止画から生成された動画などの拡張コンテンツへアクセスでき、紙の本を超えた立体的な学びの体験を提供します。
 
人間中心の歴史観から一歩離れ、動物たちの視点を得ることで、戦争が生態系や生活基盤そのものに与える影響を実感的に捉えることができるでしょう。歴史学、情報学、メディア研究、アニマルスタディーズが交差する本書からは、多くの示唆を得られるはずです。動物たちがみた戦争を眺めながら、彼らの声なき声に耳を澄ませてみてください。
 

(紹介文執筆者: 情報学環 教授 渡邉 英徳 / 2025)

本の目次

はじめに(渡邉英徳)
【写真】移動
コラム(1)(貴志俊彦)
【写真】建設
【写真】通信
【写真】警備
【写真】癒し
コラム(2)(渡邉英徳)
【写真】食
【写真】死
コラム(3)(貴志俊彦)
戦中写真プロジェクト座談会
おわりに(中島みゆき)
 

関連情報

書評:
岡美穂子 (歴史学者・東京大准教授) 評 (『読売新聞』 2025年8月22日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/reviews/20250818-OYT8T50115/
 
書籍紹介:
「動物もプロパガンダに利用」──AI×人力でカラー化した「動物写真」が示す「戦争」とは【戦後80年】 (TECH INSIDER 2025年8月14日)
https://www.businessinsider.jp/article/2508-ww2-animal-photo-ai-colorization/
 
(北海道新聞 2025年8月10日)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1197217/
 
メディア出演:
GLOBAL OPEN INNOVATION: ミライの平和活動展 (J-WAVE『INNOVATION WORLD』 2025年8月15日)
https://radiko.jp/share/?sid=FMJ&t=20250815200000&noreload=1
 
【林家木久扇が語る戦争体験】戦争の記憶と記録を引き継ぐ意義 林家木久扇×渡邉 英徳×楢原泰一 2025/08/15放送<前編> (BSフジ プライムニュース | YouTube 2025年8月15日放送)
https://www.youtube.com/watch?v=iU7NdVYUUGM
 
最新AI技術で伝える“戦争” (フジテレビ『週刊フジテレビ批評』 2025年8月16日)
 
関連記事:
戦中写真を読む/ 51 ミライ世代へ 個としての戦争 多様な「普通の人」描く / 東京 (『毎日新聞』 2025年8月19日)
https://mainichi.jp/articles/20250819/ddl/k13/040/012000c
 
戦後80年、カラーでよみがえる“戦時中の動物たち”の姿とは? AIと人力で戦争写真を着彩、第一人者が語る思い (ITmedia AI+ 2025年8月15日)
https://www.itmedia.co.jp/aiplus/articles/2508/15/news021.html
 
戦争の記憶、生成AIで動画化。「まるで本物」東大教授が感じた「恐怖」と「可能性」【戦後80年】 (Business Insider Japan 2025年8月15日)
https://www.businessinsider.jp/article/2508-ww2-photo-colorization-generative-ai-short-movie/
 
戦中写真を読む / 49 ミライ世代へ 動物たちがみた戦争 カラー化で新たな視点 / 東京 (『毎日新聞』 2025年7月15日)
https://mainichi.jp/articles/20250715/ddl/k13/040/024000c
 
イベント:
戦争と原爆の記憶をつなぐ ─ 光文社新書『動物たちがみた戦争』『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』トークイベント ─ (東京大学大学院情報学環・渡邉英徳研究室,光文社,毎日新聞社 2025年8月15日)
https://war2025peace.peatix.com/
 
岩合光昭さんの語る「動物と平和」~『動物たちがみた戦争』刊行記念イベント~ (東京大学大学院情報学環・渡邉英徳研究室、毎日新聞社、光文社 2025年7月27日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/events/z0115_00084.html

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