本書は、「ウクライナという国家はどのようにできたのか」という問いに、20世紀初頭――ウクライナと名のついた政治体が最初に形成された時代――の史料に基づいて答えた、歴史学の研究書である。
歴史学の研究では、「既に知られていたこと」を整理したうえで、「新たにわかったこと」を提示することが肝となる。本書では、「既に知られていたこと」として、ロシア帝国統治下にあった19世紀ウクライナにおける民族主義の誕生と発展、またロシア革命期のウクライナ国家の成立から「独立戦争」を経て消滅にいたるまでの「ウクライナ革命」という、ウクライナにおける内在的な発展については先行研究で論じられていることを確認した。そのうえで、新たに提示したのが、ウクライナ民族運動とロシア中央の自由主義運動との相互関係の重要性である。本書は、ロシア国家を解体せず、ウクライナ民族が居住する地域に政治的自治を導入することを求める「民族領域自治」の構想を鍵概念とし、その形成、それについての論争、そしてその実践のいずれにおいても、ロシア中央の知識人が積極的に関与していたことを示した。「ウクライナ」という政治体は、ロシアからの一方的な遠心的分離の過程ではなく、第一次世界大戦とロシア革命という政治的変動を背景に、ウクライナとロシアの知識人の交差のなかから生まれ出たのである。
歴史学の研究で、あることが「新たにわかった」と主張するためには、史料的裏付けが欠かせない。本書では、ウクライナ民族主義者とロシア自由主義者、革命期以降についてはウクライナ政府とロシア政府の関連史料を分析した (詳しくは本書の序章と巻末参考文献を参照してほしい)。歴史家は文書館でしか読めない未刊行史料の使用を最重要視しがちで、私も基本的には同じだが、本書の強みだと思っているのは、むしろ刊行史料と呼ばれる同時代の新聞や雑誌の分析である。ここでは特にこだわりのある史料を三つ紹介したい。
1. 『ラーダ』(Рада): ロシア帝国内ウクライナ民族運動主流派の日刊紙で、ウクライナ語新聞のなかで最大の発行部数を誇った。新聞を読むのは時間がかかるが、幸い『ラーダ』はデジタル化されている。大学のPCルームに通って1905-07年の『ラーダ』を隅から隅まで読んだことで、当時のウクライナ運動とロシアの自由主義運動の深い結びつきについて確信したのだった。
2. 『ウクライナの生活』(Украинская жизнь): 帝政末期にモスクワで刊行されたロシア語雑誌。ロシアの公衆にウクライナ問題を広めることを目標としていたが、実際には、ウクライナとロシアの知識人が交流するフォーラムとして機能していた。
3. 『ウクライナ通報』(Ukrainische Nachrichten): 一次大戦中にロシア帝国からの亡命者が組織した「ウクライナ解放同盟」の機関紙で、ドイツ語で出版された。紙面からは、大戦による帝国秩序の変動が「独立ウクライナ国家の建設」という政治目標を突如として現実的なものとし、「同盟」指導者たちがその目標を独墺の利益と結びつけようと苦心した過程が見えてくる。
2022年以降大量に出版されたウクライナ (史) 関連書のうち、専門的な学術書として書かれたものは実はそれほど多くない。本書を通じ、一つの民族国家が構想され、実際に形成されるまでの複雑なプロセスに触れてもらえれば幸いである。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 准教授 村田 優樹 / 2026)
本の目次
第一章 一九〇五年革命とウクライナ民族領域自治構想の登場
第二章 ロシア帝国国家ドゥーマと自治論争
第三章 帝政末期ロシア社会と「ウクライナ問題」論争、一九〇七-一九一四
第四章 第一次世界大戦と「ウクライナ問題」の国際化
第五章 一九一七年二月革命とウクライナ民族領域自治の実践
第六章 ウクライナ運動の分化――領域自治派と主権共和国派
第七章 自治なきあとの独立論と連邦論――一九一八─一九年のウクライナにおける国制構想と外交の相互関係
第八章 過ぎ去った自治と来るべき自治――フルシェフスキーとノリデの国制論と政治的実践
終章 近代ウクライナ国家のゆくえ
関連情報
交差の歴史が生んだウクライナ 村田優樹・東大准教授が描く対ロシア関係 (『朝日新聞』 2026年4月7日)
https://www.asahi.com/articles/DA3S16439090.html
書評:
読書日記/コラム/対談・鼎談: 沼野充義 (東京大学名誉教授) 評「1世紀以上前、共存の道へ議論があった」 (『ALL REVIEWS』 2026年3月8日)
https://allreviews.jp/column/7692
今週の本棚: 沼野充義 評 (『毎日新聞』 2026年2月28日)
https://mainichi.jp/articles/20260228/ddm/015/070/026000c
中澤達哉 書評委員の「今年の3点」 (『朝日新聞』 2025年12月27日)
https://www.asahi.com/articles/DA3S16372232.html
沼野 充義「2025年 この3冊」毎日新聞|<1>押川 典昭『プラムディヤ・アナンタ・トゥールとその時代』上・下(めこん) <2>細川 瑠璃『フロレンスキイ論』(水声社) <3>村田 優樹『ウクライナの形成 革命期ロシアの民族と自治』(東京大学出版会) (『ALL REVIEWS』 2025年12月27日)
https://allreviews.jp/column/7622
中澤達哉 (早稲田大学教授) 評「言語文化集団が政治化した来歴」 (『朝日新聞』 2025年12月13日)
https://book.asahi.com/article/16220462

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