蛾の性フェロモン生合成と人のストレス・食欲制御の類似性 フェロモン生合成を司る物質が結合する受容体の部位を特定

蛾の雌が交配のため性フェロモンを利用して、雄を誘き寄せていることは広く知られています。雌の蛾の体内では、頭部にある神経細胞からフェロモン生合成活性化神経ペプチド(pheromone biosynthesis-activating neuropeptide, PBAN)と呼ばれる33個のアミノ酸らなる神経ペプチドが分泌され、腹部末端のフェロモン腺にあるPBAN受容体にPBANが結合することで、初めて性フェロモンが作られます。しかし、PBAN とPBAN受容体の結合様式やPBAN受容体の機能に重要なアミノ酸残基は未解明のままでした。

© 2014 田之倉 優、永田 宏次
PBAN受容体の点変異体解析により明らかとなった (a) PBANとの結合に重要な残基と (b) 情報伝達(PBAN結合による細胞質内Ca2+濃度上昇)に重要な残基。(c) コンピュータシミュレーションにより得られたPBAN C末端活性部位(C5; F-S-P-R-L-NH2)とPBAN受容体複合体の構造モデル。PBAN C末端活性部位(C5)を緑の球体で示す。PBAN受容体は7本の細胞膜貫通へリックスを有しており、N末端から順にTM1-TM7と呼ばれる((c)中に図示)。
東京大学大学院農学生命科学研究科の田之倉優教授、永田宏次准教授らの研究グループは、PBAN受容体の①細胞膜への移行、②PBANへの結合、③PBANとの結合を細胞内に伝える情報伝達、という3つの機能に重要なアミノ酸残基をPBAN受容体の点変異体解析により明らかにしました。また、コンピュータシュミレーションによって上記の解析データをうまく説明できるPBANとPBAN受容体が結合した複合体の立体構造モデルを構築しました。同時に、PBANと活性部位のアミノ酸配列が類似しているヒトの神経ペプチド、ニューロメジンU(NMU)とその受容体の複合体の立体構造モデルも構築し、PBANとNMUの活性部位が類似の様式で各受容体に結合することを提唱しました。
本研究により同定されたPBAN受容体の機能に重要なアミノ酸残基の位置は、既に結晶構造が明らかになっている低分子化合物を認識するGタンパク質共役受容体(GPCR、アデノシン受容体やβアドレナリン受容体)の重要アミノ酸残基の位置とよく対応していましたが、一方でPBAN受容体とNMU受容体に特徴的な重要残基も見出されました。この成果は、PBANとPBAN受容体の結合を阻害する害虫防除剤の開発に役立つだけでなく、ヒトの摂食抑制作用、ストレス反応の調節、痛みの制御などに関わっているNMUの受容体認識機構についても新たな情報を提供するものです。
論文情報
Identification of Functionally Important Residues of the Silkmoth Pheromone Biosynthesis-activating Neuropeptide Receptor, an Insect Ortholog of the Vertebrate Neuromedin U Receptor", The Journal of Biological Chemistry 289 (2014): 19150-19163, doi:10.1074/jbc.M113.488999.
論文へのリンク(掲載誌、UTokyo Repository)