公平な海の生物多様性の保全と持続的な利用を確保するために 新しい国際協定の交渉の現場から見えてきた不平等
東京大学大学院農学生命科学研究科のロバート・ブラジアック博士らの研究グループは、どの国家の主権も及ばない海域(公海)における海洋生物の多様性(国家管轄権外区域の生物多様性;biodiversity beyond areas of national jurisdiction: BBNJ)の保全と持続的な利用を議論する、現在進行中の国際交渉の現場において、参加国間に不均衡が生じていることを定量的に明らかにしました。このような実態の解明は、国際交渉に携わる全ての国に平等な発言力や代表権を保障する必要性を示唆し、平等性を担保した議論や交渉結果を得るための基礎的な知見になると期待されます。
国際連合総会は2015年に国連総会決議69/292を可決し、BBNJの保全と持続可能な利用を目指して、新しい法的な協定を策定する交渉の場や仕組みを設けました。この協定の内容が及ぶ範囲は、未だに知られておらず、神秘的な部分が残る国家の主権が及ばない遠隔の海域で、地球の表面の約40%にも広がります。そして、ここには多種の生物が生息し、さまざまな生態系が存在します。このような海域も、近年、人間にとって栄養の供給元として、大気にとってその調整役として、そして将来的に創薬や技術革新の鍵を握る遺伝的な資源の宝庫として認識されつつあるにも関わらず、人的な活動の範囲が急速に広がっています。以上のような背景の中、ニューヨークの国際連合の本部では、BBNJの管理に関する懸念などが各国から表明され、議論されています。しかし、たとえ各国の代表団が分け隔てなく交渉のテーブルに着けた場合であっても、交渉の場において各国の間に不平等が存在するか否かは、これまであまり知られていませんでした。
今回研究グループは、このような交渉の場における各国の置かれている立場や発言力には明確な不均衡があることを明らかにしました。たとえば、国連において後発開発途上国と小さな島からなる開発途上国(小島嶼開発途上国)と分類されている国々は、経済協力開発機構(OECD)加盟国のような先進工業国と比べると、十分に各国の意見が代表されていませんでした(図表参照)。また、交渉の場に上がる議題は高度な科学的な知識が要求されるものであり、それらに関わる科学文献・出版物の70%以上が参加国中のわずか5ヵ国において生産されているものであることがわかりました。これはつまり参加国における科学的・技術的な知識や能力に不均衡が生じていることを示唆します。加えて、第1回のBBNJ交渉時における代表団の声明を分析した結果からは、各国の主要な関心事が大きく異なることも明らかになりました。
本成果は、現在進められている国際的な交渉の現場における参加国間の発言力や代表権の不均衡を定量的に明らかにすることによって、国際交渉の現場における全ての参加国の代表団に平等な科学的・技術的な支援を提供し、交渉の場への継続した参加を確実なものとするための措置を取る契機になる可能性があります。また、このような措置が取られれば、国際交渉の公平な結果と、これから新しく制定される国際協定への各国の遵守を促すものになると期待されます。
「海はこの地球上全ての国、全ての人の生活に何かしらの恩恵を与えてくれています」とブラジアック博士は話します。また、「将来の世代も同様の恩恵が受け続けられるかどうかは、国際社会の今後の努力にかかっていると言えるでしょう」と続けます。
論文情報
Negotiating the Use of Biodiversity in Marine Areas beyond National Jurisdiction", Frontiers in Marine Science Online Edition: 2016/11/11 (Japan time), doi:10.3389/fmars.2016.00224.
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