大腸がんの新たな治療法の創出に向けて 大腸がん細胞の生存に重要なシグナル伝達機構を同定
東京大学大学院医学系研究科の江幡正悟特任准教授と宮園浩平教授らの研究グループは、大腸がん細胞はBMP-4というタンパク質による細胞内シグナル伝達を活性化し、アポトーシスとよばれる細胞死を回避していることを突き止めました。さらに、このシグナル伝達を阻害することで、大腸がんの進展が抑制されることを明らかにしました。この結果から、大腸がんの治療においてBMPシグナル伝達阻害剤が有用であることを示しました。
大腸がんは、がんの中では、罹患率が世界で3番目に高く、疾患者の死亡数も4位と多いがんです。しかし、早期大腸がんは手術などにより、治療成績が良好です。進行大腸がんには化学療法や分子標的治療薬も使用されますが、特にがんが転移している患者の5年生存率は、芳しくありません。最近は大腸がんの進展の分子メカニズムが明らかにされ、例えばAPCというがん抑制遺伝子が、多くの大腸がんの症例で早期から異常を起こすことが知られています。APCの変異の結果、Wnt/β-cateninという細胞内シグナル伝達系が活性化され、大腸がんが進展します。こうした大腸がんの進展に関わる分子を標的とした治療戦略をとることが重要だと考えられています。
そこで研究グループは、様々な生理活性を有するサイトカイン(細胞から分泌される生理活性物質)群であるBMPによるシグナル伝達が大腸がんの進展に関与していないか検討しました。手術検体や細胞株を用いた解析から、大腸がん細胞では恒常的に活性化したWnt/β-cateninシグナルによりBMP-4の発現が亢進し、自己分泌的にBMPシグナルが伝達していることが判明しました。また、大腸がん細胞のBMP-4発現を抑制(ノックダウン)するとがん細胞にアポトーシスが誘導され、BMPシグナルががん細胞の生存に重要であることが示唆されました。BMP-4が治療標的分子となることが期待されたため、BMPシグナル伝達阻害剤であるLDN-193189の抗腫瘍効果を検証しましたが、この化合物はBMP-4のノックダウンと同様に、大腸がん細胞のアポトーシスを誘導しました。さらにヒト大腸がん細胞を移植したマウスにLDN-193189を投与すると、がん細胞の腫瘍形成が抑制されました。
これらの検証から、大腸がん細胞で活性化されているBMP-4を介したシグナルは新規治療標的のひとつであることが示唆されました。特にLDN-193189をはじめとしたBMP阻害剤を使用することが、新たな治療手段になりえると考えられました。
この成果に基づいた研究が展開することで、より効果的な治療法が創出され、治療の選択肢が増えることが期待されます。
「BMPのがんの進展に対する作用は複雑だが、大腸がんでのBMP-4発現亢進はほぼすべての症例で観察されたことは大変驚いた」と江幡特任准教授は話します。また「BMP阻害剤の使用は将来効果的な治療の実現につながるかもしれない」と宮園教授は期待を寄せます。
論文情報
Autocrine BMP-4 signaling is a therapeutic target in colorectal cancer", Cancer Research Online Edition: 2017/08/01 (Japan time), doi:10.1158/0008-5472.CAN-17-0112.
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