種間交雑が促す生物の爆発的な多様化 適応放散を引き起こす雑種形成の役割をシミュレーションで解明
スイス水圏科学技術研究所の香川幸太郎博士と東京大学農学生命科学研究科の瀧本岳准教授が、雑種の形成が爆発的な適応放散の引き金となることをコンピューター・シミュレーションによって明らかにしました。
地球上の様々な地域で、単一系統の生物が多様な生態をもつ多数の種へと急速に分岐する「適応放散」が多く観察されています。この適応放散を促進する要因として雑種形成が注目されてきました。例えば、アフリカのヴィクトリア湖周辺の湖沼で700以上の種へと適応放散したシクリッド科魚類では、それまで別々の川に棲んでいた二種の祖先種が出会い雑種を形成したことによって、祖先種の遺伝的多様性が増加し適応放散が進んだと言われています。しかし、雑種形成による適応放散の促進仮説には二つの問題点があります。一つは、雑種形成が種の融合や絶滅を介して種数を減少させた事例も多く、どんな状況の時に雑種形成が種数の増加をもたらすのかは分かっていないということです。もう一つは、雑種形成による遺伝的多様性の増大が、突然変異による遺伝的多様性の増大などと比べて、どの程度、適応放散にとって重要なのかも分かっていません。
今回の研究では、コンピューター上に仮想生物を構築し、それらの雑種形成と進化をシミュレーションすることで、雑種形成が適応放散に果たす役割が調べられました。環境条件や雑種形成に至る歴史のシナリオを様々に変化させた約1万6千回のシミュレーションの結果、雑種形成が適応放散を促進するのは、二種の親種の間の遺伝的分化が小さすぎも大きすぎもせず、中程度のときであることが分かりました。これは、親種間の遺伝的分化が小さすぎると雑種の遺伝的多様性も低くなり、遺伝的分化が大きすぎると雑種集団の適応度が下がり絶滅してしまうためでした。さらに、新環境への侵入に際して全く新しい形質が進化する適応放散が起きるには、雑種形成が創り出す遺伝的多様性の増大が不可欠となる場合があることも分かりました。これらの結果は、過去の適応放散が起きるうえで、雑種形成が極めて重要な役割を果たしていた可能性を指摘するものです。
また現在は、気候変動や人間活動がもたらす生物の分布域の変化によって、地球上のあらゆる地域で雑種形成の機会が増えていくかもしれません。本成果は、急速に変化しつつある世界での生物多様性の未来を予測するための基礎理論ともなるものです。
「急速な適応放散が数多く起きる理由には既存の理論モデルでは説明できない部分が多いが、雑種形成が生み出す遺伝的多様性の増大は、その謎を解くカギになると考えています」と香川博士は話します。「雑種を介した進化にはまだ謎が多く、今後も研究を続けていきたい」と続けます。
論文情報
Hybridization can promote adaptive radiation by means of transgressive segregation", Ecology Letters 2017/12/14: Online Edition (Japan time), doi:10.1111/ele.12891.
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