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総長メッセージ ー「未来構想ビヨンド2020」の策定に向けてー

掲載日:2020年9月14日

「未来構想ビヨンド2020」の策定に向けて


 ご存じのように、現在、東京大学は長期債券を発行する準備を進めており、債券の購入を検討している投資家やこれまで支援を頂いている寄付者など、社会に拡がる多様なステークホルダーの方々に対し、債券発行の目的と意義を説明しているところです。この説明は学内の構成員の皆さんとも共有すべきものであり、またこれから東京大学が作成する「未来構想ビヨンド2020」のとりまとめとも深く関わっています。そこで、いま私の考えをお伝えしておくことにしました。これからまとめる「未来構想ビヨンド2020」の主要な柱としては、「グローバルな公共性を豊かにする大学の機能の拡張」「社会の変革を駆動する人材育成と卓越した研究」及び「場としての大学の充実と拡張」の3つを立てる方向を考えています。具体的な構想の策定は、近く決定する次期総長予定者とともに、全学の皆さんとの議論をふまえて行っていく予定です。

 



 大学による長期債券の発行は東京大学だけでなく、日本の社会が未来への新しい第一歩を踏み出す契機になると感じています。債券発行に際し今、東京大学はいかなる未来を目指すべきなのでしょうか。この提案は、長期債券発行によって得られる償還期限の2060年までの時間を活用し、未来の大学と社会の変革の望ましい方向性をともに考え、新たな行動計画を協創し共有するためのものです。
 振りかえれば私が総長に就任してからのこの5年余りの間、われわれはさまざまな局面で予測していなかった大きな変化を経験しました。世界では国際紛争の複雑化、資源問題・環境問題の深刻化、格差や不平等の拡大、さらには国民や世界の分断等の進行が日々語られるなど、人類の理想に逆行する動きに満ちています。さらにCOVID-19の拡大は、人と人との触れあいや対面的なコミュニケーションそれ自体にまで制限を及ぼすような状況を強いています。大学もその苛烈な影響を受け、キャンパス内外での活動を規制せざるをえない事態に直面しています。しかし、こうした苦境は、既存のシステムの危機であると同時に、そこに潜む問題点を自覚し、より良い形での解決を探り、乗りこえていく変革のチャンスでもあります。
 私は総長就任に際し、「変革を駆動する大学」という理念を中心に据え、「東京大学ビジョン2020」を行動指針に掲げました。このビジョンの実現には、まず大学が主体的能動的に社会に働きかける、自立した経営体とならなければなりません。そのための改革を進め、「知の協創の世界拠点」の構築と「知のプロフェッショナルの育成」に取り組んできました。今回の東京大学FSI債と名付けた債券の発行は、この取り組みを一層充実させていくための手段であると同時に、東京大学の未来に向けた決意表明でもあります。
 そこで、「自立」と「経営」が大学において持つべき真の意味について、対外的にも学内的にも今あらためて再確認し、明確に定義しておく必要があると感じています。というのも、ここでいう自立も経営も、既存の営利法人や公共団体を前提とした市場メカニズムの理解によって、かなり狭められていると感じるからです。そのことばの持つ本来の可能性がうまく伝わらず、大学に固有の課題を明確に指し示すものとなっていないのです。まさに、この基本において、「ビヨンド 2020」に向けたパラダイムシフトが必要なのです。


 「未来構想ビヨンド2020」では、東京大学を支える「自立」と「経営」の真の意味を、再定義する必要があります。大学が、知識にせよ技術にせよ、無の状態から有を生みだすイノベーティブな場であり、その創造を支える組織であるという本質は変わりません。この原点を確認した上で、あるべき方向性を構想する必要があります。
 第1に、すでに述べたような現代社会と地球環境の大きな変動への対処には、過去の教材には書かれていない、新しい知恵が必要です。その知恵の協創を力強く担う知のプロフェッショナルの育成こそが、大学が担うべき公共財としての本分であり、ますます重要になっています。
 この大きな変動の背後には、資本集約型社会から知識集約型社会への転換があり、同時に資源・エネルギーの大量消費を前提とした産業社会から、持続可能な開発目標(SDGs)を意識した新しい社会への転轍があります。また地域間の格差や孤立を看過することで中央集権が強まっていく傾向は、国内的にもグローバルにも克服されなければなりません。そうした変革を、市場原理に依存した経済メカニズムの見えざる調整や、開発独裁のような強権的なトップダウンに委ねるのは、危うい選択です。その危険を座視することは、「世界の公共性への奉仕」と「大学と社会の双方向的な連携」を憲章に掲げる大学の、自立した行動ではありません。物理空間とサイバー空間が高度に融合するなかで、地球規模のエコシステムを作りあげてコモンズを守り育て、国籍・民族・出自・地域・宗教・職業・ジェンダー・年齢・財産・障碍等による差別のない、多様性と包摂性とを尊重する社会をいかに生み出すか。そうした難しい問題に対して、大学自らが行動し、提案していくことが求められているのです。
 第2に、国立大学法人に求められることになった「経営」に関しても、現代にふさわしい意味を創り出していく必要があります。既存の企業でも、知識集約型社会における経営とは何かについて真剣な議論が始まっています。知を創出する大学は、時代や国を超えて幅広い「公共」を担う責務を負っており、その責任に見合う主張をしていく必要があります。
 国から毎年与えられる運営費交付金等の資金を消費するだけの受動的な「運営」からの脱却はもちろんですが、目指すべき「経営」は、知識や技術をただ商品にして稼ぐことではありません。予測不能な変動の時代で、短期・長期の時間枠それ自体も揺らぐなかで、大学の研究が有する多様で多元的な時間軸の活用は重要で、その価値を最大化する経営でなければなりません。それは疲弊した現行の貨幣システムでは表すことが困難な価値なのです。環境や生命や権利や知的資産などの社会的価値を測るための新たなモデルの構築や、次世代の人的資本の創出にむけた未来投資への評価が必要です。こうした経営の再定義それ自体が、先行事例が存在しない、目標の大きな変革です。その一方で、この能動的な「経営」を支える価値の源泉は、大学の輝かしき伝統である知的好奇心や自由な発想そのものなのです。
 一方で、新たな経営においては、大学が保有する多様な資産を総合的に活用する必要があります。既存の資源配分は、長年の伝統を引き継いだ結果であり、大学の機能を拡張するために修正が必要な点が多々存在します。大学債が開いた未来投資への可能性を活用し、不適切なところを修正し、組織と人材をより良い未来への駆動力として活性化させる、新たな理念と仕組みとを作りださなければなりません。
 第3に、今回の債券発行に至るさまざまな努力の中で、大学が有する変革の駆動力への期待が大きく拡がってきています。この拡大する多様なステークホルダーと、ソーシャルボンドとしての新たな価値を共有することが一層重要になってきています。閉塞感が拡がる現在の経済システムを変革する新しい資金循環は、公共財を生み出す活動を担うすべての機関を取り込むシステムへの駆動力です。もちろんステークホルダーの含意にも拡張が必要でしょう。その拡がりは、より良い未来社会づくりに向けて、大学を起点に資金を動かし循環させる仕組みづくりにつながるとともに、大学の機能拡張を支える財政基盤を強化し、柔軟で力強い経営を実現するうえで不可欠となるでしょう。
 「大学債」は、その実行の第一歩です。大学が構築すべき自立は、かつての政府施策の「民営化」や「法人化」の想定とはまったく異なるものです。過去や現在の観点に縛られた合理化ではなく、大学が本来どうあるべきかの望ましさから測られるべきものでなければなりません。そのために、まず大学の未来構想を明確化する必要があるのです。


 この構想をめぐる熟議が、大学が真に自立した経営体となる道筋を明示するとともに、研究教育の多様性と卓越性を担う本学各部局に新たな活動の自由をひらき、東京大学の未来を照らす指針となりうることを期待しています。
 


東京大学総長
五神 真
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