国際シンポジウム「グローバル競争の中での自立した大学のあり方 社会との連携とガバナンス・コンプライアンス」開催報告

実施日: 2015年01月28日 |
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![]() 文:東京大学政策ビジョン研究センター副センター長・教授 渡部俊也(本シンポジウム オーガナイザー) 東京大学政策ビジョン研究センターと政策シンクネット主催で、「社会と連携する大学のあり方」について議論をすることを目的とした国際シンポジウム「グローバル競争の中での自立した大学のあり方:社会との連携とガバナンス・コンプライアンス」が開催されました。世界9ヶ国の大学から15人のゲストを招いて「産学連携」「機微技術と大学」「研究不正と利益相反」「社会との連携のための人材育成」の4つのパネル討論が行われました。 かねてより産学連携をトピックとした会議は少なからずあったと思いますし、また最近問題が頻出するようになった研究不正や大学の研究にまつわる利益相反を扱う会議も増えてきています。しかしこれらの議論は、今までは異なるトピックスとして別々に行われてきたのではないかと思います。どうやって大学の技術をイノベーションに効果的に生かしていくかという、産学連携や技術移転推進施策はポジティブな話題であり、総合科学技術イノベーション政策で取り組まれてきた中核的な課題です。科学技術政策の推進に伴って国税を投じた研究費も増加しており、研究面での大学と政府との関係もより深まっています。 ![]()
一方で、日本では最近STAP細胞問題に象徴される研究不正にまつわる事件が増加しています。こちらは科学への信頼の失墜につながりかねない深刻な課題として取り上げられています。かつては研究不正の問題というのは一部専門家だけが関心を寄せる課題でしたが、ここに来て一般社会が懸念を抱く問題になっています。同時に比較的最近、研究成果の不適切な利用の可能性という問題も生じてきました。その例としては日本の研究者が参加したバイオ関係の研究論文発表が、テロに利用される可能性があるとして、米国政府機関によって公開制限を受けるというケースが生じました。過去にも原子力やミサイル技術に転用できる制御技術など、いわいるDual Use(規模技術) と呼ばれる技術情報の取り扱いについては、輸出管理面から法的規制が加えられてきましたが、これらの技術ではそれなりの設備が必要であるなどの技術開発上の制約から管理は比較的容易であったといえます。しかし、この事例のようなバイオ合成技術においては、知識そのものが悪用されることによって大きなリスクとなることから、基礎研究成果の公表の是非という問題が発生しているものです(Paul Keim博士)。最近日本でも防衛研究に産学連携が活用されるなど科学技術研究の軍事転用の問題にも世間の注目が集まるようになってきています。いずれも大学や公的研究機関の活動と社会との接点において生まれた新たな課題であると考えてよいと思います。 ![]()
また各国の科学技術政策の推進に伴い、優れた研究成果を求める競争環境の激化が研究不正の原因になることが分かっています。同時に最近は科学技術政策の目的がイノベーション促進としての性格を強めていることもあり、大学や研究機関は組織として、または研究者個人も、益々複雑な金銭的あるいは責務を含むさまざまな利害関係を構築するようになりました。研究不正や利益相反の疑いによって、大学や研究機関が社会からの期待が裏切られれば、それはその組織だけでなく、そこで研究に従事する研究者にとっても大きな損失であり、そのことは研究活動や産学連携の減退にもつながります。そういう意味でこの会議で扱ったポジティブ、ネガティブと称した2つの現象は、コインの表裏であり、科学技術イノベーション政策の側面から見れば車の両輪であるともいえます。この2つの現象に対して科学技術イノベーション政策はどのように扱い、どのように導いていけば、望ましい姿に近づけるのでしょうか。 ![]()
今回の会議では、Research Integrityという概念は、1980年以降、社会との連携を急速に進めた米国の大学が、その存在価値を維持するために生み出した、あるいは生み出さざるを得なかった概念であるのではないかという意見も示されました(上山隆大教授)。調べてみるとこのResearch Integrityという言葉も、やはりバイ・ドール法が施行された1980年代以降に盛んに使われるようになっています。今回のゲストであるハーバード大学のコンプライアンスオフィサーであるAra Tahmassian博士は、発表資料の中でこのResearch Integrityを「研究者と社会との契約である」“Research Integrity is a contract between researchers and the society."と称しています。つまりはコインの表裏ともに、そこでなすべきことはすべて社会との契約の一側面であるということになります。そして、「そしてそれは強制することはできず、関係者が自ら実践すべきことである。」“It cannot be enforced, it must be practiced by all involved."とも述べていることは重要だと思います。 我々は社会との連携を深める大学とそこで遭遇する問題について、たとえば「産学連携の推進」と「利益相反の防止」という別々の施策で捉えてきたものと思われます。産学連携の促進と研究不正の防止は別々の組織が担当して、これらを大学経営の問題として捉えることは少なかったのではないかと思われます。しかしこの2つの事象は別々なものではなく、社会との連携を深める大学が「Integrityを確立する」ことであるという意味で、社会と連携する大学のあり方そのものとして考えるべきなのではないでしょうか。 ![]()
今回の国際会議は、議論の対象は国立大学だけでなく、広く世界の大学や研究機関を対象としたものですが、「Integrityを確立することによって社会との連携をよりいっそう深めることが可能となる大学の将来像」を見出すことができたのではないか、という意味において国立か私立か、大学か研究機関かという領域を超えて、2013年の会議を引き継ぐ位置づけでもあったということもできると思います。 そうであれば今後10年、そして次期科学技術イノベーション政策においては、社会との連携を深める大学と公的研究機関のIntegrityの確立のための諸政策が盛り込まれる必要があるということに帰結します。企業とは異なる大学の特徴を自立的に発展させた形でのIntegrity をより高める産学連携のあり方と制度、利益相反の対策や研究不正の防止を目的とするのではなくIntegrityを確立する大学や研究機関の取り組みと、これを支援する諸施策など、このような考え方のもとに具体的な政策を検討することが必要と思われます。 本会議を契機としてこのような政策の検討をさらに具体的に進展させるために、引き続き「大学と社会」の研究をさらに深めていきたいと思います。 ![]() photos: Ryoma. K
開催概要国際シンポジウム「グローバル競争の中での自立した大学のあり方:社会との連携とガバナンス・コンプライアンス イベント詳細(配布資料・発表資料掲載)
参考リンク
関連URL:http://pari.u-tokyo.ac.jp/event/smp150128_rep.html ![]() 国際シンポジウム「グローバル競争の中での自立した大学のあり方」にて
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