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キャンパス散歩/広嶋卓也所長の生態水文学研究所案内|広報誌「淡青」34号より

掲載日:2017年8月10日

キャンパス散歩
森林・水・人間の相互作用を研究・教育する 生態 水文学 すいもんがく 研究所

 
広嶋卓也 広嶋卓也

農学生命科学研究科附属演習林
生態水文学研究所 所長
http://www.uf.a.u-tokyo.ac.jp/eri/
 

 生態水文学研究所は、大学院農学生命科学研究科の附属演習林に属する地方演習林のひとつで、森林・水・人間の相互作用に関する基礎・応用研究と大学生・大学院生の教育を目的として、2011年に愛知演習林を改称し発足しました。

 生態水文学研究所は、古くから日本の陶器生産の中心地であった愛知県尾張東部丘陵に位置しています。この地域では、多くの森林が製陶用の薪を得るために根株まで伐採されて、無立木地や無植生地、いわゆるハゲ山となりました。さらに地質が、風化した花崗岩や砂礫層であることも相まって、ハゲ山に由来する河川への土砂流出や下流域の水害も増えたことから、愛知県はハゲ山の復旧工事の設計を当時の東京帝国大学に依頼しました。そうした背景のもと1922年に東京帝国大学はこの地域の約1,300ヘクタールの御料林(現在の国有林)を取得し、農学部附属愛知県演習林と名付けました。当初の演習林の設置目的は、ハゲ山を森林に再生し、同時にその過程を長期にわたり観測し、科学的なデータを残すこととされ、その精神は生態水文学研究所へと受け継がれ、創設以来94年が経過するに至りました。

 現在、生態水文学研究所は主に、愛知県瀬戸市に位置する五位塚事務所・研究室(1ヘクタール)、赤津研究林(745ヘクタール)、穴の宮試験地(77ヘクタール)および犬山市に位置する犬山研究林(443ヘクタール)より構成されています。

 五位塚事務所・研究室(写真1)は瀬戸市の中心部に位置するメインオフィスで、住宅街に隣接する小高い丘の上にありますが、住宅地に近いがゆえ、敷地内の樹木の管理(倒木や病虫害等)にはとても気を遣います。

 
五位塚事務所
(写真1)五位塚事務所
赤津宿泊施設
(写真2)赤津宿泊施設
白坂気象観測露場
(写真3)白坂気象観測露場
 

 赤津研究林は名鉄瀬戸線尾張瀬戸駅から車で10分ほどでアクセスできる都市近郊林です。赤津宿泊施設(写真2)は最大30名が宿泊可能で、講義室も備えた、生態水文学研究所の宿泊・利用拠点です。赤津宿泊施設の前には白坂気象観測露場(写真3)があり、1929年より降水量、気温、地温、湿度、風速等の観測を続けています。さらに露場の南隣には白坂量水堰(写真4)があり、ここでも1929年の設置以来、継続的に流出水量が観測されています。この量水堰は、標高690メートルの猿投山北麓に広がる89ヘクタールの集水域から流出する川の水量を観測しており、先の気象データと合わせて、降水、流出、損失(蒸発散量や地下への流出量)水量の長期データを得ています。赤津研究林の天然林には、樹木相の遷り変わりを調べる長期生態系プロット(写真5)が設置され、10メートル四方に区切られた多数のプロット内で、樹木の個体識別、幹直径の測定、落下種子の採取等が定期的に行われています。現在の赤津研究林は全域的に森林で覆われていますが、かつてのハゲ山の名残(写真6)が見られる場所もあります。また室町時代に山中で使用されていた陶器窯跡(写真7)も残されており、国の史跡に指定されています。

 

(写真4)白坂量水堰
白坂長期生態系プロット
(写真5)白坂長期生態系プロット
風化した花崗岩が露出した尾根
(写真6)風化した花崗岩が露出した尾根
 

 五位塚事務所から車で10分ほどでアクセスできる穴の宮試験地には生態水文学研究所で最も古い量水堰(写真8)があり、こちらでは1925年より流出水量が観測されています。犬山研究林は五位塚事務所から車で約1時間でアクセスできる都市近郊林です。犬山研究林では、ハゲ山からの森林再生のために、昭和初期から様々な砂防工事と緑化工事が行われてきました。 砂防工事の代表的なものとして、土堰堤(どえんてい)(写真9)があります。

 
小長曽陶器窯跡
(写真7)小長曽陶器窯跡
穴の宮量水堰
(写真8)穴の宮量水堰
土堰堤(放水路がコンクリート製)
(写真9)土堰堤(放水路がコンクリート製)
 

 写真のコンクリート放水路付き土堰堤は、東京帝国大学の諸戸北郎博士の設計により1929年頃に作られた歴史的価値の高いものです。より近代的なものでは1978年に愛知県が治山工事で設置したコンクリート堰堤(写真10)や鉄鋼自在枠堰堤(写真11)などもあります。

 
コンクリート堰堤
(写真10)コンクリート堰堤
鉄鋼自在枠堰堤
(写真11)鉄鋼自在枠堰堤
玉石空積みによる谷止工
(写真12)玉石空積みによる谷止工
 

 他にも、谷筋の流水や土砂を安定させる「谷止工(たにどめこう)」(写真12)、川岸や川底を安定させる「流路工」(写真13)、「床固工(とこがためこう)」(写真14)といった砂防工事跡が犬山研究林の随所に見られます。また明瞭でありませんが、山腹斜面には「法切工(のりきりこう)」、「筋工(すじこう)」といった当時の緑化工事の跡も見られます。現在の犬山研究林では、赤津研究林と同様に森林が再生され、たとえば植生の違いが水の流れにおよぼす影響を研究するライシメータ(写真15)と呼ばれる実験施設を使うなど、生態水文学に関する様々な研究が行われています。

 
流路工跡
(写真13)流路工跡
鉄線蛇籠による床固工
(写真14)鉄線蛇籠による床固工
ライシメータ
(写真15)ライシメータ
 

(注)※生態水文学研究所の研究林内に見学で立ち入ったり、施設を利用したりするには、事前に保険に加入された上で、所定の書類を提出し許可を得ていただく必要があります。

 
※本記事は広報誌「淡青」34号の記事から抜粋して掲載しています。PDF版は淡青ページをご覧ください。

 


白坂量水堰
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