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障害者の困りごとを人工知能で「見える化」 ダイバーシティ&インクルージョン研究 02

掲載日:2021年10月14日

このシリーズでは、様々な観点からダイバーシティ&インクルージョンに関連する研究を行っている東京大学の研究者を紹介していきます。

ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任教授 長井志江

―― 現在、発達障害に関連した研究をされているとのことですが、元々の研究と、今の研究にシフトされていった経緯などを教えていただけますか。

研究の最初のモチベーションは、賢いロボットを作りたいという純粋な気持ちでした。しかし、いくら頑張っても人工知能は人の3歳児にも及ばない。最近の人工知能は、特定の課題において人の能力を凌駕するものもありますが、逆に子供がするような、他者とのコミュニケーションや言葉を使ってしゃべるなどの非常に基本的な能力ができていない現状があります。そのうちに、人はどうやって賢くなるのかという点に興味がシフトしていきました。

1999 年頃、大阪大学の浅田稔教授や東大の國吉康夫先生(情報理工学系研究科教授)が中心となって、認知発達ロボティクスという新しい研究分野が立ち上がりました。人のように学習し発達するロボットを創ることを通して、神経科学で得られた仮説を検証し、さらにそれをフィードバックして人の理解を深める分野です。私はそれにすごく魅力を感じて、博士課程で阪大に行きました。

2012 年ごろ出会ったのが、先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授と、自閉スペクトラム症(ASD)の当事者でもある綾屋紗月特任講師です。障害や病気の当事者として自分自身を研究する「当事者研究」をされています。それをきっかけに、なぜ学習や発達がうまくいかないのかに視野を広げていきました。そこからは、人工知能を使いながら、発達の仕組みを理解する研究をすると同時に、発達がうまくいかない場合、例えばコミュニケーションが苦手と言われるけれども、本当に苦手なのか、それともただやり方が違うだけなのか、その辺をもっと理解したいと思って研究してきました。

―― 具体的にどのように研究を進めていますか。

一つは、画像処理や音声認識で使われている深層ニューラルネットワークなどを使って、人の脳を真似たモデルを作り、そのモデルに実際に子供が獲得する模倣やお絵描き能力を学習させ、その学習はどんな条件であればうまくいくかを実験しています。人の脳を操作してある機能を働かなくさせることは倫理的にできません。我々はニューラルネットワークモデルを使って、そのモデルの中に、障害に相当する、コネクションを遮断したりノイズを乗せたりといった操作をすることで、学習がどのようにうまくいかないのかを理解しようとしています。

もう一つは、ヘッドマウントディスプレイ型シミュレータで、ASDの方の視覚過敏を再現して、当事者や周囲の人に体験してもらう研究です。ASDの方はコミュニケーションや相手の気持ちを読むのが苦手といわれますが、それ以前に自分の中で何が起こっているか、また自分の感情の状態についてわからない方が多いそうです。自分のことが分からないがゆえに他の人との対応もわからない。なのでまず、自分自身の中で何が起こっているかを「見える化」することが重要であると考えました。

統合失調症やASDの方の幻覚や視覚過敏などの体験を、映像で再現したりVR装置として実装したものはいくつかありますが、多くは経験談に基づいた定性的な再現です。我々は、当事者の方の体験について定量的なデータを集めた上で、それが脳、目、耳などの感覚器の機能としてどんな原因で起こりうるのかを、知っている限りの科学的な根拠に基づいて仮説を立てています。

例えば、人の脳は「自発発火」(自発的な電気信号のやり取り)をしています。目を閉じて耳をふさいで何も感覚信号は入ってこない状態でも脳は常に自分から活動していて、その活動は人によって個人差がある。ASDの方は、その活動が強く起きすぎているらしいことも研究で分かってきました。それが視覚上に点々のようなノイズとして現れたり、色が消えて見えたり、何かぼやけて見えたりするのではないか、と。そういう一個一個の現象を、科学的な根拠をもとに説明をしていくことで、今までの再現映像とは違った展開ができると思い、熊谷先生たちと一緒に研究を進めています。

自閉スペクトラム症知覚体験のイメージ図。 これまで60回以上、一般の人たちを対象にした講演と体験会を行ってきた(写真提供:長井志江先生)

―― 個人差が大きいんですよね?

そうですね。実はASD の診断を受けている人の中でも、半分未満しか視覚過敏は体験していません。一方、聴覚過敏や触覚過敏が非常に多いとの報告があります。人間の脳は視覚野、聴覚野など、役割分担がある程度分かれているのですが、基本的に領野に限らず同じ信号処理が行われています。例えば、渋谷の大きな交差点の映像を見てもらって、この場面で過去にどんな体験をしたかを再現してもらう。すると、ASD の方の聴覚過敏や視覚過敏は、うるさいところ、物がたくさんあるところに行くと出やすいことが分かりました。視覚上でノイズが現れているのが見える時と、砂嵐のザーっていう音が聞こえる時の環境要因が近かったのです。脳の中での自発発火が発生しやすい条件が、環境要因の中にあることがそこから推測できる。

これまでの発達障害の方の支援や治療は、その人の中に全ての障害が帰属されて、その人を変えたり治療したりしようとしてきたけれども、我々は環境との相互作用で初めて障害が起きる、と定義し、環境を変えることによって、その人のつらさをなくしてあげることができるのではないかと考えています。これは(法律で義務づけられている)「合理的配慮」に沿った設計にもつながると思います。

―― 自閉症は、2013 年に自閉スペクトラム症に呼称が変更されました。病気にも幅、スペクトラムがあり、個人の個性の一つだと示していけるようになるのでしょうか。

実験で使われているロボットiCub(アイカブ)と長井先生。神経回路モデルを実装し、人間のように学習し発達する 

まさにそれを目指してきました。これまで、(障害のない)定型発達の人がスペクトラムの片方にいて、もう片方に発達障害や自閉症の人がいると区分けされてきました。我々は実は、定型発達がスペクトラムの真ん中にいて、その両端にいわゆる発達障害とラベルをつけられてきた人がいるのではないかと見ています。

ニューラルネットワークモデルを使った実験で、あるパラメータに変化を加えると、両極端に変化させることができるんです。いわゆる中庸なパラメータを与えると学習はうまくいくけれども、そのパラメータをものすごく小さくしたり大きくしたりすると、違う困難さが出てくる。なので、そもそも ASD は同じ原因で起こっているわけではなくて、まったく違う両極端の原因から生じているものを一括りにまとめていたのではと考えられます。

もうひとつは、そこに境界を決める必要がないこと。例えば100人から一人一人のASD特性のスコアを集めると、はっきりと 2 つのグループに分かれているわけではないんです。分かれていないものを、研究者が、ここを境界にします、って無理やり分断させているだけなんです。そもそも分かれていないんだからその連続的な変化というものを素直に見ればいいんじゃないか、と思っています。

―― これからどんな社会を作っていきたいですか。

これまで、企業や学校で60数回講演活動をやってきました。医療少年院にも行ったんですが、医療少年院には発達障害を抱えているお子さんが多いんです。障害があるがゆえにうまく社会に溶け込めずに何かしら悪いことをしてしまう、もしくは悪いかどうかの判断ができず、誰かに頼まれてできると嬉しくて(詐欺集団の)受け子などをやってしまう。そうしたお子さんや医療少年院で働いている先生方向けに、発達障害についての考え方を話したり、シミュレーターを体験したりしてもらっています。

特に発達障害のお子さんをお持ちの親御さんの中には、我々の講演に参加して泣きながらすごく安心される方がいます。こうした体験を通して、少しでも子どもを理解することができたことに喜びを感じてくださっている。科学的な知見から、仮説ではありますが病気を理解するきっかけを提供させていただくことで、社会のお役に立てるのかなと感じています。

取材日: 2021年8月13日
取材・文/小竹朝子
撮影/ロワン・メーラー

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