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日米の起業家が提供する、AIの迷走を防ぐ「砦」 Entrepreneurs 15

掲載日:2022年10月14日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

株式会社Citadel AI(東京都渋谷区)は、品質が容易に劣化しがちな人工知能(AI)の異常を瞬時に自動検知し防御するシステムを開発、提供しています。AIが誤認識・誤判断すると、ビジネス上のダメージを受けたり、コンプライアンスやセキュリティの問題が浮上したりしかねません。欧州連合(EU)で包括規制案の検討が進むなど、こうしたAIの信頼性に関わる問題は、国内外で今まさに注目されつつある分野です。

この「ブルーオーシャン」(未開拓の市場)に挑むのは、同社を共同設立した小林裕宜最高経営責任者(CEO)とケニー・ソン最高技術責任者(CTO)です。世代やバックグラウンド、国籍も違う二人が共通の知人を通して出会ったのは、オンラインでした。数々の「偶然」が積み重なり、リアルで初めて顔を合わせてからわずか数ヶ月後の2020年12月、同社を共同で立ち上げました。すでに1億円のシードラウンドの資金調達を実施し、優秀な多国籍の人材を確保。サントリーホールディングス株式会社をはじめ、数社と事業を開始しています。設立当初から社内公用語を英語とし、世界市場を照準にした事業展開を目指します。
 

「老練なビジネスマン」×「新進気鋭のAI技術者」

小林さんは東京大学工学部電子工学科を1986年に卒業後、大手総合商社に入社し、日本法人や米国法人のトップを歴任した国際的なビジネスマンです。在職中に米国の情報産業系スタートアップ企業への出資に関わった経験から、「いつかは自分も起業家になりたい。やるならAIが面白い」と考えていました。そんな折、小林さんが米国駐在時に紹介されたのがソンさんでした。

ソンさんは当時、米国Google本社が持つAIの中枢的な研究開発機関Google Brainのプロダクトマネジャーとして開発チームを率いていました。その経験の中で、誤認識などAIの運用上の課題解決の必要性を痛感していました。また、高校時代にプログラミングを習得してから常に起業を意識していたほか、知人が暮らす日本に生活の場を移すことを希望していたので、小林さんとの出会いは絶妙のタイミングでした。まずは2020年3月、東京大学大学院情報理工学系研究科の研究生として来日しました。

小林さんが、コロナ感染症の大流行で揺れる米国から、5年にわたった3度目の駐在を終えて帰国したのは2020年6月。9月末には総合商社を退職し、会社設立に向けて邁進しました。
 

FoundXの起業仲間に刺激を受ける

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小林さんとソンさんは、東大のスタートアップ支援プログラム「FoundX」に2020年10月から1年間在籍し、無償の個室提供や各種の起業支援を受けました。

同プログラムには、複数のスタートアップのチームが参加しており、週2回、会議で互いの進捗状況を発表していました。小林さんは、「あのチームはそこまで進んでいるのかと、良い意味でのプレッシャーになり、大変刺激を受けました」と振り返ります。また、「起業家は一人ですべてを抱え込むと孤独になりがちで、モチベーションの維持が難しい。だからこそ、このような支援は必須だ」とも説きます。

さらに、東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大IPC:東大の100%出資子会社)の起業支援プログラム「1stRound」にも採択され、資金調達できる環境を整えました。2021年、東大IPCとベンチャーキャピタルのANRI がそれぞれ運営するファンドから合計1億円の資金調達を実施し、この増資をベースにエンジニアリングチームを拡充しました。
 

AIの判断基準を可視化し、異常をリアルタイムで自動検知

現在、Citadel AI社が手がけるシステムは、1)AIの弱点を瞬時にテストして点数化する「人間ドック」のような機能を果たす「Citadel Lens」、そして 2)運用中のAIを常に見守り防御する「ボディガード」のような働きをする「Citadel Radar」のふたつです。

PoC(概念実証)加速化と品質改善高速化を実現するCitadel AI社のシステム

AIの開発・運用には、「モデル(入力データから自動的に学習し、結果を出力する仕組み)の開発」「モデルの学習」「モデルの運用」の3段階があるそうです。ソンさんは、「我々はAIの品質テストと運用モニタリングに注力しています。モデルの開発自体より高度な技術を要し、競合も少ないので、大きな商機があると考えています」と説明してくれました。

AIは偏ったデータを学習すると誤認識や誤判断をしがちですが、異常な部分は人間には検知しづらいという特徴があります。従来のAIの品質保守では、エンジニアがバグのある部分を探し出し、新たなデータを継ぎ足して再学習させる必要があり、莫大な時間と労力がかかります。

一方、Citadel Lens(学習時)やCitadel Radar(運用時)はこの作業を自動化し、AIの判断基準の可視化を通して、再学習のタイミングを検知することや、性能劣化につながる学習の防止などができます。どんなAIモデルフォーマットにも対応できる、日本初の汎用的プラットフォームです。

すでに、サントリーホールディングス株式会社がCitadel AI社に資本参加しており、パレット(商品を載せるための荷役台)の回収予測モデルなど複数のAIシステムにCitadel AI社の製品を採用しています。さらに、AI技術を手軽に活用できるクラウドサービスを展開する株式会社グルーヴノーツとCitadel Lens を連携させ、ユーザー自身がAIの品質をわかりやすく客観的に把握できるようサポートしています。今後の技術面の課題は、「様々な構造化されていないデータに対応する製品を作ること」(ソンさん)だそうです。

小林さんは、「AIは将来、私たちにとって水や空気のような存在になると思います。でも、AIは『万能の神』ではなく、品質保守が必要です。チームもインターナショナルなので、海外進出はすぐにでもしたいと考えています」と、今後の抱負を語ってくれました。

 

株式会社Citadel AI

小林裕宜さんとケニー・ソンさんが2020年12月、「24時間信頼できるAIをあなたに」をビジョンに共同創業したスタートアップ企業。AIモデルのテストや、品質保守の自動化ツールを提供する。サントリーホールディングス株式会社では、グループ横断のAI品質管理プラットフォームとして採用され、株式会社グルーヴノーツとは技術連携を進めている。また、株式会社NTTデータとは、金融系の公開データを用いたCitadel Radarの有効性を確認する等、複数の大手企業と技術検証を実施済み。現在、小林さんが事業開発を担い、ソンさんら4人のエンジニアが技術開発を推進する。多国籍チームは、グローバル展開を前提に、世界で通用する事業構築に日々邁進している。

取材日: 2022年9月2日
取材・文/森由美子
撮影/原光平

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