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希有なゲルの医療展開を目指して Entrepreneurs 18

掲載日:2023年2月6日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

増井公祐氏の写真

ジェリクル株式会社(東京都文京区)は、東京大学大学院工学系研究科が開発した「テトラゲル」の医療への応用を目指すバイオベンチャーです。テトラゲルとは、2つの異なるポリマー(高分子)を混ぜ合わせて、設計した通りの均一な網目構造に形成したものであり、その物理特性が解明されている世界初のゲルです。水分の含有率が高く、生体との適合性が高いほか、あらゆる物性を自在に制御できるため、再生医療向けの応用に期待がかかっています。2018年の創業以来、製薬会社と協業を進める一方、東京大学医学部附属病院の医師とも共同研究を実施し、ベンチャーキャピタル等外部からの資金調達をせずに実績を積んできました。今後は、テトラゲルの薬事承認も視野に入ってきます。

同社を率いるのは増井公祐・代表取締役CEOです。「東京大学の技術を使って起業」と聞くと、手堅い起業との印象を持つ方もあると思いますが、増井さんは「波瀾万丈な人生」を歩み、「過去をリセットすること」を迫られてきたからこそ今がある、と語ります。波瀾に満ちた道のりを歩む中で、変わらなかったのは「ビジネスを追求して、研究結果を社会実装したい」との思いでした。今後は、欧州などの世界市場を見据え、事業を拡大していく予定です。
 

七転八倒の道のりを糧に

増井さんは、金沢大学薬学部を卒業後、東京大学大学院工学系研究科でバイオエンジニアリング専攻に進みました。薬学部から工学部に移るのは珍しいケースですが、「基礎研究より、研究結果を世の中に出したい。それなら成果が社会実装されやすい工学分野がよい」と考えた結果でした。選んだのは、後に共同創業者となる酒井崇匡教授の研究室。当時、酒井先生はテトラゲルの生成に成功したばかりで、研究室ではその基礎研究が行われていました。

2011年に同研究科を修了。その後に就職した会社は1年で辞め、新興のIT企業に転職しました。4年半の在職期間で、事業戦略の立案や新規事業の立ち上げなどを行い、同社のナンバー2まで昇り詰めたそうです。その後には、知人と一緒にITベンチャーを設立しましたが、人間関係の悪化により、起業後1年弱で会社を追われる羽目に。傷心の増井さんは、1年半をかけて世界40カ国をめぐる旅に出ました。旅路では、「起業するなら、ディープテック(革新的な技術や著しい進歩を促す科学的発見に基づく事業)の分野でやりたい」という思いが、ふつふつと湧いてきたそうです。

帰国後にまず連絡を取ったのは、酒井先生でした。すると、「テトラゲルの技術はちょうど商業化の段階に到達している」と、酒井先生から突然の相談がありました。「正直に言うと、最初は、自分がゲルのビジネスをする気持ちはありませんでした。でも、先生とディスカッションを重ねるうちに『テトラゲルの社会実装は自分にしかできない』と思い及ぶようになりました」
 

東大の医学ネットワークを使い、医者のニーズを知る

テトラゲルの写真
 

ゲルの代表的なものはゼリー、こんにゃくです。高分子が互いに絡みあって、網目状の構造を作ります。その構造が均一でないことや、構造や物性の物理的な説明ができないことが、医療面での活用が進まない原因でした。一方、テトラゲルの構造は均一であり、物理特性が明らかになっていることから、ゲルが固まり始める時間や固さなどを自在に調整することができます。すでに株式会社メディコスヒラタ(大阪市西区)と協業し、血液に触れると固まる止血材を開発。2025年の薬事承認を目指しています。そのほか、カイゲンファーマ株式会社(大阪市中央区)とも、テトラゲルの特定医療分野への応用に向けた独占交渉に合意しています。

増井さんはさらに、「現場のニーズを捉え、患者の生活の質(QOL:クオリティ・オブ・ライフ)を向上させることこそが重要」と、東大病院の医師らにヒアリングを行い、共同研究につなげてきました。現在は約20名の医師が、ジェリクル社のアドバイザーとして名を連ねるまでになっています。医療現場とのネットワークを構築できたのは、酒井先生と共同で研究室を主宰する、東大大学院工学系研究科・医学系研究科の鄭雄一教授の存在があったからです。自然と、テトラゲルの応用先も医学系が中心となりました。

現在はテトラゲルを応用し、癒着防止材、下肢静脈瘤、大動脈解離の治療に利用する機器のほか、ゲルを膝に注射するだけで軟骨の摩耗を防ぐデバイスなどを開発中です。今は困難な再生医療への応用も目指します。
 

資金調達をせず、世界を目指す

Message

ジェリクル社の特徴は、外部からの資金調達や助成金なしで、会社を運営している点です。「資金調達の規模が米国の10分の1や、100分の1しかない日本の環境では、株式を上場しても、製品を世の中に送り出す前に事業が行き詰まりかねません。小さく始めていくことが重要なのです」。実際にジェリクル社は、増井さんと酒井先生、技術開発をする鎌田宏幸・CTOの3人だけの体制で事業を進めています。鎌田さんは酒井・鄭研究室での後輩。企業の研究所に勤務していましたが、「新しいことがしたい」と、自身の経験がすぐに活かせるジェリクル社に2020年に参加しました。

今後目指すのは、世界展開です。すでにドイツに出張し、「海外の企業にとっても弊社のゲルがユニークなものだと確認できたので、海外に攻めていきたい」と、手応えを感じている増井さん。2023年には英語が堪能なスタッフを雇い、積極的に海外市場を開拓する予定です。

ジェリクル株式会社メンバーの写真
 

ジェリクル株式会社

2018年8月、増井公祐・代表取締役CEOが、東京大学大学院工学系研究科の恩師、酒井崇匡教授が開発したテトラゲルの技術を使って設立した。その技術を使用するため、東大の発明と企業の橋渡しをする株式会社東京大学TLOの支援を受ける。また、東京大学協創プラットフォーム開発株式会社の起業支援プログラムに採択され、プログラムが終わった現在も、困ったことがあると相談できる存在だという。そのほか、東大の産学協創推進本部から企業の紹介を受けるなど、東大のスタートアップ・エコシステムからハンズオン支援を受けている。ベンチャーキャピタル等外部からの資金調達をせず、地道に事業を進めるのがポリシーで、患者により良いQOLを届けることをミッションとする。今後は医療分野だけではなく、工業製品への応用も見据え、海外に挑む。

取材日: 2022年11月21日
取材・文/森由美子
撮影/原光平

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