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救急医療の現場にDXを起こし、「医療データで命を救う」 Entrepreneurs 21

掲載日:2023年10月27日

このシリーズでは、東京大学の起業支援プログラムや学術成果を活用する起業家たちを紹介していきます。東京大学は日本のイノベーションエコシステムの拡大を担っています。

東大起業家シリーズ21

TXP Medical 株式会社(本社:東京都千代田区)は、救急、集中治療や救急隊向けの医療データシステムを展開する医療IT系ベンチャーです。その原点は、救急の現場で働く一人の医師が抱いた「非効率な医療情報管理システムを変えて、より質の高い医療を届けたい」という強い思いでした。同社を率いる園生智弘・代表取締役は、東京大学医学部を2010年に卒業。救急科専門医を目指して研修を始めましたが、そこで目の当たりにしたのは、あまりにも非効率な医療情報管理体制でした。ほとんどの患者が初診で、一刻を争う多忙な現場では、医療情報を蓄積し、将来の医療に役立てる症例データベースを構築する余裕などなかったからです。

この問題意識をもとに、園生さんは2017年8月に同社を設立しました。今では大学病院を含め、約70の大病院が同社の製品を急性期医療データの統合やデータベースの構築に利用しています。今後の目標は、全国の大病院への導入を促進し、医療データの全国プラットフォームを構築すること、そして製薬会社への統計解析データ提供を通じて医療データビジネスモデルを構築することです。その目標に向けて「現場感覚を持ち続け、いち早くニーズを摑んで製品開発につなげたい」と、園生さんは現在でも臨床医として週1-2日、現場に立ち続けています。

「個人ではどうにもならない」という気づきが起業のきっかけ

NEXT Stage ER
TXP Medicalで提供しているNEXT Stage ER

園生さんは、東大病院での救急後期研修中に「救急外来で1日に数十人の患者を診ているのに、症例のデータベースがないのはおかしい」と、臨床業務と並行して症例のデータベース作成を開始しました。データベース管理ソフトを使って、独学でIT技術の習得と研究を本格的に開始したのもこの時期です。

その後、日立総合病院(茨城県日立市)で救急、集中治療や臨床研究に携わる一方、データベースの開発を継続しました。しかし、臨床のかたわら集積したデータをもとに学会などで研究結果を発表するだけでは「世界の医療のプラクティス(慣行)を変えることは永遠にできない」と痛感し、向かったのが米国でした。見学や短期研修先で目の当たりにしたのは、医療データの収集やデータベース構築は研究助手が行い、医師は医療に集中するという米国のスタンスでした。数億円の研究資金があるからこそデータベース構築ができるのです。

「日本の状況とはまったく違うなと思いました。それなら、自己資金を使ってでもデータベースを構築し、小さなモデルから、日本中に広げるしかない」と、自身で改めて一から開発した救急システムの営業を病院向けに開始しました。しかし、ここでも壁に突き当たります。「これいいね」と現場の医師たちの評価を受けても、メンテナンス性の課題や個人情報保護・病院のシステムポリシーとの整合性の問題など、さまざまな指摘を受けたのです。「このやり方では永遠に目標達成はかなわない、だったら会社を作るしかない」と、園生さんはTXP Medical社を設立します。

画期的な救急医療の全国プラットフォーム構築へ

創業当初は、代表取締役の自己資金のみで経営する個人事業に近い業態だったTXP Medical社でしたが、2018年に転機を迎えます。内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム」の研究開発課題「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」に採択され、年間6,000万円の研究費を5年間獲得したのです。2020年7月には、東京大学エッジキャピタルパートナーズ株式会社(UTEC)から2.5億円の資金調達を行い、2022年4月にはUTECと伊藤忠商事から15億円を調達。経営陣を固めたほか、現在は社員の雇用を65人にまで増やし、その他に、医師などの研究員や非常勤アドバイザーも複数参画しています。

展開する製品は、「NEXT Stage ER」 と「NSER mobile」がメインです。NEXT Stage ERは大病院救急外来に特化した部門システムで、患者情報の記録はもとより、スタッフ間の情報の共有や研究用データの蓄積も可能にする画期的なものです。また、セルフ問診、トリアージ、ドクターカーアプリ、ICU業務支援機能などをオプションとして搭載可能で、大病院の救急外来部門で求められるすべての機能を網羅できます。すでに約70の大病院が同社のシステムを採用しており、今後は、全国に200~300ある大病院へ活用を拡大し、救急医療データの全国プラットフォームの構築を目指します。一方、NSER mobileは、音声入力や、お薬手帳などの画像データからテキスト情報を抽出するOCR技術を搭載し、救急搬送の現場で手が離せない救急隊員がリアルタイムに患者情報を入力できるプラットフォームです。こちらも、札幌市や藤沢市での有償採用をはじめとして、全国20程度の自治体での業務利用の実績を積んできました。

「ツーウェイ・プレーヤー」でありつづけながら、創薬向け医療データの提供を目指す

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さらに、現在注力するのは、製薬会社への急性期治験の支援や、医療リアルワールドデータ解析サービスです。脳卒中や心筋梗塞など急性期疾患の治験では、時間的制約があり、同意取得が困難であるため、症例の蓄積が難しいという課題があります。NEXT Stage ERを使えば、迅速に治験候補になる患者を通知、タイムリーな同意説明・治験エントリーにつなぐことができます。創薬のプロセスも短縮され、日本人の死因のそれぞれ第2位、第3位を占める心疾患、脳血管疾患の患者の救命に有効な薬の開発に資することになります。また、NEXT Stage ERを通じて構築した医療データは、臨床実態を正確に反映したリアルワールドデータそのものであり、こちらのデータの統計解析サービスも提供しています。

「これまでの医療データのほとんどがDPC*1/レセプト*2等からのデータであり、患者の実態や医師の戦略・課題についてはわかりませんでした。製薬会社にとって価値が高い、より深度のあるこれまでにない医療データベース事業は、我々の確固たるビジネスモデルにもなる」と、園生さんは将来の医療への貢献を見据えます。また、救急医療データプラットフォームの海外展開も目指しており、インドネシアやマレーシアですでにパイロット事業を開始しています。

園生さんは、現在も週末は救急外来で働く「ツーウェイ・プレーヤー」。救急医療の最前線に身をおいて、自身の経験から現場のニーズを吸い上げることを最優先にしています。また、GPT(Open AI社により開発された生成AI)をはじめとするLLM(大規模言語モデル)など、AI技術の応用にも取り組みます。「急性期医療を支えるシステムを作り、急性期医療を適切に提供することを日本や世界で当たり前にして、質の高い救急医療を世界のどこでも受けられる状態にしたい」と、インタビューを結んでくれました。

*1:急性期入院医療を対象とした診療報酬の包括評価制度。病名や治療内容に応じた分類ごとに1日あたりの定額報酬を算定する。
*2:医療機関が保険者に対して医療費を請求するために発行する月ごとの診療報酬明細書。

TXP Medical 株式会社のメンバー
 

TXP Medical 株式会社

救急医の園生智弘氏が2017年、創業。2020年8月に東大の産学協創推進本部が運営するインキュベーション施設「アントレプレナーラボ」に入居。Next Stage ERやNSER mobileのほか、ICU患者用の「NEXT Stage ICU」や、がん診療データベースシステム「Next Stage Oncology」なども開発する。デジタル・トランスフォーメーション(DX)による医療現場の負担を軽減と、データベース構築の共存で、より良い医療の提供や、効率的な創薬を促し、「医療データで命を救う」ことをミッションとする。2022年の第三者割当増資の引受先の一つ、伊藤忠商事は、医薬品開発業務委託機関大手のエイツーヘルスケア株式会社などを傘下に置いており、今後の事業シナジー効果が期待される。

取材日: 2023年9月14日
取材・文/森由美子
撮影/東京大学本部広報課

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