東京大学におけるスタートアップ支援 Entrepreneurs 26
2021年からスタートした東大起業家シリーズでは、これまで25社の多様な本学関連スタートアップとその起業家をご紹介してきました。今回は、スタートアップを創出する仕組みを構築・運用してきた産学協創推進本部スタートアップ推進部ディレクターの菅原岳人先生が、東京大学におけるスタートアップ支援について概要を解説します。学内の研究者や学生の皆様はもちろんのこと、これから東京大学に入ろうとする方々にも知っていただければ幸いです。
スタートアップとは
――そもそもスタートアップとは何でしょうか?
起業から短期間で急速に大きく成長する新規企業を言います。近年、スタートアップという言葉が一般にも広まるにつれてさまざまな意味合いで使われるようになっているので、広くは新規企業全般を指すこともあります。
類似の言葉としてベンチャーがあります。ベンチャーも元来はハイリスク・ハイリターン型の特別な新規企業を指す言葉でしたが、一般に広まるにつれて新規企業全般の意味合いで使われることが多くなりました。スタートアップは、広い意味になってしまったベンチャーと区別するために使われるようになった表現ですが、一般化するにつれてベンチャーと同様の用法の変遷をたどっていると言えるかもしれません。
東京大学のスタートアップ支援
――東京大学のスタートアップ支援はいつごろから始まったのですか
東京大学で組織的な大学発スタートアップ支援が開始されたのは、国立大学が法人化された2004年のことです。法人化と同時に設立された産学連携本部(現・産学協創推進本部)が中心となり、20年の間、後述するようなさまざまなスタートアップ支援策や関係機関との連携が整備され、これまでに577社※1の東京大学関連スタートアップが創出されました。
――東京大学からはどのような支援プログラムが提供されているのでしょうか。
まず、起業前から起業初期(最初の資金調達前くらいまで)の本学卒業生・研究者向けには、東京大学FoundXという起業支援プログラムがあります。年に複数回の募集があり、採択されたチームには、起業初期に必要なノウハウやリソース、起業家コミュニティへのアクセスと本郷キャンパス近くのワークスペースを無償で提供しています。起業全般ではなくスタートアップが対象ですが、プログラム期間中にアイデアを変えていくことができ、必ずしも本学の研究成果を活用していなくても、卒業生であれば参加可能ですので、在学中の方はぜひ覚えておいてください。
最初の資金調達が決まりFoundXを卒業するくらいのステージにある本学関連スタートアップ向けには、より広いオフィス・ラボスペースを利用できるインキュベーション施設を用意しています※2。産学協創推進本部では、本郷・駒場・柏の各キャンパスに4箇所の施設を運営しており、手頃な値段の個室やコワーキングスペースのほか、大学が契約した顧問弁護士や公認会計士への無料相談、共用バックオフィス・サービスや共用会議室などが提供されます。
バイオ実験を行っているなど、キャンパス内に拠点を持つ必要性が高い本学関連スタートアップが入居対象となり、会社として一定規模になるか上場や買収された際には卒業する必要があります。なお、FoundXではウェット実験ができません。創業前または創業初期でウェット実験が必要なスタートアップには、複数のスタートアップが実験室と実験機器を共用するシェアラボを用意しているので、お問い合わせください。また、FoundXやインキュベーション施設に入居していなくても、本学関連スタートアップまたは在籍者であれば起業相談や既存企業とのコネクションサービスなどには申し込むことができます。
※1 2024/3/31時点。産学協創推進本部の調査によって把握できた範囲の社数。
※2 インキュベーションは孵化を意味し、スタートアップの世界では、特に創業初期の企業に対して必要なリソースを少ない負担で集中的に提供し、自力で成長できるまでを支える支援活動のことを言います。
東京大学のインキュベーション施設
――資金面ではどのような支援が受けられるのでしょうか。
スタートアップによる大きな社会的・経済的インパクトを実現する上で、東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)や東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)といった投資事業会社による活動は欠かせません。出資による事業資金の提供というだけでなく、両社とも起業前の段階から事業化の相談に乗り、最終的に投資に至らない場合でもアドバイスをもらえるので、本学の研究者の方々は、まだ十分な事業計画はないという段階でもお問い合わせください。これまで東大起業家シリーズに登場した会社も、半数以上がいずれかの社から投資を受けています。また1stRoundといった投資事業会社側での起業支援プログラムもあります。
アントレプレナーシップ教育
――授業の中でアントレプレナーシップを学ぶことはできますか。
東京大学ではさまざまな部局がアントレプレナーシップに関連する講座を開講しており、50以上の講座がリストアップされています。その全てを紹介することはできませんが、産学協創推進本部が主催するプログラムだけでも下記のようなバラエティがあり、全学には更に多様な講座があるので、在学生の方々はぜひリストから検索して受講してみてください。
今期で20期目となるのがアントレプレナー道場で、最も歴史の長い典型的な広義のアントレプレナーシップ教育プログラムです(広義/狭義のアントレプレナーシップについては後述)。起業家をゲスト講師に招く回が複数あることから狭義の起業家教育のようにも見えますが、将来どのようなキャリアに進んでも役に立つ知識やスキルを学ぶための導入講座です。
アントレプレナー道場
起業やスタートアップについて初歩から体系的に学ぶ一連のプログラムです。
東京大学に在籍する学生・ポスドクであれば学部・学科・研究科を問わず参加資格があり(履修登録は学部後期以降の在学生が可能)、参加時点で具体的な起業アイデアを保持している必要もありません。本プログラムの一つの目的は、起業など別世界の出来事だと考えている方々に起業を身近に感じていただき、キャリアの選択肢を広げてもらうことです。やりたいことが見つからない人、起業のアイデアが無い人の参加も歓迎します。
研究者向けにはスタートアップ・エコシステム形成支援事業GTIEプログラム(東大GTIE)というプログラムがあり、実際の研究成果(技術)を使って具体的な事業化検討活動を行う内容となっています。
東大GTIE (Greater Tokyo Innovation Ecosystem)
世界を変える大学発スタートアップを育てるために、大学院生や教員が持ち前の研究成果を持ち寄って事業化検討を行うプログラムです。参加した研究者同士で研究成果の活かし方を相互に議論しながらビジネスプランの質を高めていく双方向勉強会型活動と、海外市場開拓を目指すチームに向けたギャップファンド連動型活動を提供しています。
ビジネスや起業を題材としないプログラムとしては、春・夏休みに全国から100名の大学生がオンラインで集まり、全員100時間のプロダクト開発を行う100 Programがあります。開発費も支給され、学習意欲があればものづくり未経験でも参加することができます。
100 Program
「何かつくってみたいけど、アイデア・技術・チームの3要素のいずれか(または全て)が無い」という学生を支援する完全オンラインのプログラムです。全国の大学から集まった100名の参加者は春・夏休み中の7週間で、アイデアを出し、チームを組んで、100時間のものづくりプロジェクトに取り組みます。つくるものはソフトウェアでもハードウェアでも歓迎です。ウェブやモバイルアプリ、デバイスやロボット、ゲームなど、技術が使われていれば何でもかまいません。
またアイデアも技術力もあるチームならば、同じ春・夏休みにSFP(Spring/Summer Founders Program)という技術支援プロジェクトに参加できます。こちらは100 Programより上級者向けのプログラムで、本郷テックガレージという東大生限定の技術プロジェクト拠点にある開発環境と、30万円までの開発支援金が提供されます。
Spring/Summer Founders Program
春・夏休みに開催される、技術プロジェクトや製品開発への支援を行うプログラムです。プログラムの支援のもとで、失敗を通じて実際のプロダクト開発を学ぶことができます。ただ作りたいものを作るのではなく、技術的な挑戦をしながら、自分たちのプロダクトを世の中に出して社会に問うてみることを目的とします。
近年、新規ビジネスの起業に必要な知識やスキル習得を目的とする狭義の「起業家教育」と、起業家に限らずさまざまな仕事や生活の場面において創造性を発揮するための知識やスキル、考え方の習得を目的とする広義の「アントレプレナーシップ教育」とを分けて考えるべきとの認識が、専門家の間では広まっています。大学のアントレプレナーシップ教育と聞くと、大学生に起業ノウハウを仕込んで起業家に育成するようなイメージを持たれるかもしれませんが、実際には狭義の起業に限らない広範な教育を提供していることを知っていただきたいと思います。
興味深いことに、アントレプレナー道場の参加者はほとんどが既存企業に就職し、在学中または卒業・修了後すぐにスタートアップを起業する人は少数です。しかし、卒業・修了から5~10年の長さで見ると累計で100名以上が起業しており、創業者でなくてもスタートアップで働いている人は更に多くなっています。また、ビジネスや起業と縁遠いはずの100 ProgramやSFPの参加者から、地球規模の課題解決に挑むスタートアップの起業家が多数出ており、アントレプレナーシップ教育の奥深さを示しています。
なぜ大学発スタートアップが注目されているのか
民間のスタートアップ・データベースINITIALに登録されている企業数はおよそ2.4万社で、そのうちベンチャー・キャピタルや事業会社などからの外部資金調達をしている会社がおよそ9,500社となっています。令和3年経済センサス活動調査によれば日本の会社企業数がおよそ178万社※3であることを考えると、スタートアップは企業として稀な存在であると言えます。
また2024年度版中小企業白書によれば2016~2021年の日本における年平均会社開業数はおよそ9.5万社であるのに対し、INITIALのデータでは同期間に起業して外部資金調達をしたスタートアップ数は年平均およそ600社となっています※4。つまり起業のおよそ99%はスタートアップではないのであり、起業という側面から見てもスタートアップは特殊な存在なのです。そして、大学の研究成果を事業化する大学発スタートアップは更に希少です。
※3 2021/6/1時点。会社以外の法人および個人経営も含んだ場合の企業総数はおよそ368万社。
※4 個人経営も含んだ場合(個人企業+会社企業)の年平均開業数はおよそ14.4万社。同期間におけるINITIALに登録されている全企業(外部資金調達の有無を問わない)の年平均開業数はおよそ1,200社。
――なぜ企業としても起業としても稀な存在であるスタートアップが、それも大学発スタートアップが、現在注目されているのでしょうか。
さまざまな背景はありますが、一つ目の大きな理由は、大学発スタートアップが実現する社会的インパクトです。COVID-19によるパンデミックの際に、Moderna社やBioNTech社といった大学の研究成果を活用したスタートアップが、その収束に多大な貢献をしたことは記憶に新しいと思います。こうした人類規模の危機や地球規模の課題をはじめ、現代社会が直面しているさまざまな問題解決のキーパーツとして大学の研究成果や技術が求められる場面が増えており、それをいち早く社会実装するための主体として大学発スタートアップが期待されているのです。
二つ目の大きな理由は、スタートアップがもたらす経済的インパクトです。世界の企業価値(時価総額)ランキングを見ると、上位にはハイテク・スタートアップから巨大企業になった創業50年にも満たない会社が多数並んでいます。そしてAlphabet(Google)社やMeta Platforms(Facebook)社などは大学のキャンパスから生まれたことがよく知られています。産業全体から見れば少数のこれらスタートアップに端を発する企業が、多くの雇用や富を創出し、人々の生活に影響を与え、世界経済を牽引する存在になっているため、各国もスタートアップの創出と成長を支援しているのです。
今後の東京大学のスタートアップ支援の展望
――東京大学のスタートアップ支援の今後の抱負をお聞かせください
スタートアップ支援もアントレプレナーシップ教育も20年間さまざまな試行錯誤をしてきましたが、まだまだ不足している点や改善点があります。学知の社会的価値化という大学の新たな使命を果たすため、より一層スタートアップに挑む方々を支援するとともに、支援環境自体も共により良くしていきたいと考えています。
東京大学産学協創推進本部
東京大学産学協創推進本部は、企業と本学との連携に関する企画立案や共通基盤の整備・提供などを推進する全学組織です。本組織は、本稿で述べたスタートアップ支援やアントレプレナーシップ教育を担う「スタートアップ推進部」の他、知的財産の管理・活用や研究契約全般を担う「知的財産契約・管理部」、各種事業化推進プログラムを推進する「産学イノベーション推進部」、産学間で組織対組織のオープンイノベーションを促進する「国際オープンイノベーション機構マネジメント部門」の四部門で構成され、本部事務組織内の産学連携法務部および産学協創部と一体となって、産学協創の推進と関連実務の遂行を行っています。
文/東京大学産学協創推進本部
撮影/東京大学本部広報課