強磁性を保ったまま金属から絶縁体に相転移するしくみを解明 電子のスピンが関らないパイエルス転移
2009年、東京大学物性研究所の上田寛教授らは、ホランダイト型酸化物K2Cr8O16が強磁性を保ったまま金属から絶縁体に相転移することを発見しました。強磁性金属から強磁性絶縁体への転移はこれまで観測例がなく、その転移の起源や仕組みは謎でした。
物質が強磁性を示すには、物質内の電子スピンの向きがそろうことが必要です。また電子スピンの向きをそろえる相互作用は、電子が自由に動く金属性という性質と密接な関係があることが知られています。そのため、電子が自由に原子間を飛び移れない絶縁体の状態になっても強磁性が保たれる理由が分からなかったのです。
今回、上田教授らは、K2Cr8O16結晶の格子構造が、低温でゆがみ、電子の動きが制限されて絶縁体に相転移することを突き止めました。さらに、スピンの向きが保たれたままである仕組みも解明しました。
観測された格子のゆがみは、4本のCr-O-Cr鎖よりなる一次元格子において、Cr-O距離が交互に短、長となるもので(格子の2量体化)、よく知られたパイエルス転移の特徴を持っていました。通常、パイエルス転移では、格子のゆがみによって原子がペアを作ると、電子の新たな軌道が形成され、2つの電子がスピンの向きを反対にしてその軌道を占め、磁性を持たない状態となります。ところが、K2Cr8O16の場合は、4つのクロム原子(クロム四量体)がひとつの電子を共有して弱く閉じ込めているため、スピンの向きが揃った状態(強磁性)が保たれていました。
この相転移のしくみは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)グループとのフォトンファクトリーを用いた精密な結晶構造観察と、それに基づく千葉大学グループとの理論計算によって明らかになりました。これは、スピンが関らないパイエルス転移という未知の現象を、実験と理論の両面から解明した世界で初めての成果です。
(広報室 南崎 梓,ユアン・マッカイ)
論文情報
T. Toriyama, A. Nakao, Y. Yamaki, H. Nakao, Y. Murakami, K. Hasegawa, M. Isobe, Y. Ueda, A. V. Ushakov, D. I. Khomskii, S. V. Streltsov, T. Konishi, Y. Ohta
“Peierls Mechanism of the Metal-Insulator Transition in Ferromagnetic Hollandite”
Phys. Rev. Lett. 107(26) (2011) [5 pages], doi:10.1103/PhysRevLett.107.266402
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