暗黒エネルギー 宇宙の二大ミステリー
1999年、二つの研究グループが「約70億年前から宇宙の膨張スピードが加速している」という観測結果を発表しました。ビックバンで始まった宇宙膨張は、物質同士の引力によってやがて勢いを失うはずです。この観測事実の不可解さを、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構の高田昌広教授は「真上に投げたボールが戻ってくるどころか、勢いを増してどんどん空高く飛んで行くような奇妙な現象」と例えます。この加速膨張の原因とされるのが、暗黒エネルギーです。
暗黒エネルギーが理論研究に初めて登場したのは、宇宙が膨張していることすら誰も知らなかった20世紀初頭のことです。アルバート・アインシュタインの重力理論の一般相対性理論では、『宇宙の大きさの進化』は『宇宙にどれだけの物質とエネルギーがあるか』に等しいという方程式(図1)が登場します。宇宙は静的なもの、つまり宇宙の大きさは過去、現在、未来永劫変わらないと考えたアインシュタインは、重力の引力に対抗する斥力を生む宇宙定数という項を加え、静的な宇宙になるよう方程式を変更してしまいました。この項はアインシュタインの宇宙定数と呼ばれ、理論の数学的な美しさを損なうものであり、1929年にエドウィン・ハッブルが宇宙膨張を発見すると、アインシュタインはすぐに宇宙定数を撤回しました。
皮肉なことに、アインシュタインが後に「生涯最大の過ち」と呼んだ宇宙定数が、加速膨張を起こす斥力の源として21世紀に復活しました。この宇宙定数を一般化したものが暗黒エネルギーです。方程式が示すその性質は、宇宙膨張とともに宇宙の空間が広がるほど、その全エネルギーがどんどん増大するという、これまでの物理学の常識では説明のつかないものでした。
現在、観測によって暗黒エネルギーの物理的性質を絞り込もうという計画が、世界中で進んでいます。注目するのは、宇宙の物質の大半を占める暗黒物質です。重力で互いに引き合う性質を持つ暗黒物質は物質を引き離す暗黒エネルギーとは対極の存在です。暗黒物質は空間で積分した質量(エネルギー)が保存するので、宇宙が小さい頃はその密度が大きく、つまり暗黒物質の力が優勢です。宇宙が大きくなるにつれ、暗黒物質の密度は減少し、暗黒エネルギーの力が増してきたと考えられています。「70億年前から加速膨張に転じたということは、この頃に力の逆転があったはずです」と高田教授。暗黒物質と暗黒エネルギーの力比べの歴史を観測により明らかにすることができれば、暗黒エネルギーの性質に迫ることができるのです(図2)。
力比べの様子を知るには、遠方から近傍、過去から現在までの宇宙のスナップショットを撮影して宇宙の地図を作り、物質の分布がどう変化してきたかを調べなければなりません。暗黒物質は目に見えませんが、重力で光の経路が曲がる重力レンズという効果から、その分布を復元できます。重力レンズによる微小な歪みを捉える精密さで、かつ暗黒エネルギーによる膨張の影響が分かる程の夜空の広い領域を、70億年前の遠方の宇宙まで観測するという、壮大な「宇宙の国勢調査」が必要です。
この世界の潮流に先駆け、日本の技術が結集したすばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラHyper Suprime-Cam(HSC)が2014年3月に本格始動しました(図3)。高解像度で広視野と深宇宙を両立できる世界初の観測装置です。「宇宙の国勢調査」のために日本・台湾・米国から集まった約200名の研究者が、今後5年間かけて宇宙の地図を作ります。一方、欧米では10年後に向けてさらに大型の観測計画が進んでおり、これから宇宙の大規模・精密探査時代が始まろうとしています。
HSCの研究チームをリードする高田教授は「暗黒エネルギーの予想外の性質が分かるかもしれません。また、そもそもシナリオの前提になっている一般相対性理論が間違っている、つまり重力の性質の理解が間違っているという可能性もあり得ます。その場合は、予想と違う地図になるでしょう。大変エキサイティングな研究です」と言います。5年後に得られる宇宙の地図には、研究者の想像を越える姿が描かれているかもしれません。宇宙を支配する暗黒エネルギーの研究は、私たちの宇宙観を検証する研究でもあるのです。
取材・文:南崎梓
取材協力
高田昌広教授