人間の心を持った人工知能を実現する ロボットとシミュレーションから、人間らしい振る舞いの根源に迫った
「実現は無理と言われ、だからこそ絶対にやってやると思った」。情報理工学系研究科の國吉康夫教授は静かにこう語ります。しかしその鋭い眼光は「真に賢く、人間のためになる人工知能」という壮大な目標をずっととらえています。
AIは人と同じように「考えている」わけではない
現在、音声認識機能や、自動運転機能といった人工知能(AI)は人と遜色のない振る舞いを見せます(図1)。ですが、音声認識機能がチェスをできず、将棋AIが車を運転できないように、今のAIにはその製作者が意図しなかった動作はできません。人とは「考える方法」が違うので、あらかじめ準備できていない状況には対処できないのです。これに対し、真に賢く適応力の高いAIを達成するには、人と同じことを「同じような方法で」考え、できる必要があります。そのためには、「人の知能とはどんなもので、人の振る舞いを生み出す大本の原理とは何なのか理解せねば」と國吉教授は説明します。
「高度な制御」でなく「人らしい身体性」が人間らしい動作を生み出す
では、「人らしい振る舞い」はどう生み出されるのでしょう。その原理を探索すべく、國吉教授らは2000年代に、動物の筋骨格系を再現したロボットを作製し、床から椅子に飛び乗ったり、人型ロボットを作製し、寝ている状態から足を振り勢いをつけて起き上がらせる実験に成功しました。ここで注目すべきは、動作の最初から最後までを細かく制御することなく達成できた点です。起き上がり動作では、人の動作の分析から、運動の軌道にはばらつきがあるけれど、特定の瞬間に確実に通過しなければいけない、「ツボ」のような点があることをつきとめました。ツボさえ押さえておけばその前後の軌道は多少ぶれても成功するのです。だからロボットの運動もツボを外さなければ、最初から最後まで細かく制御する必要はないのです。これらの研究から、「脳神経系による制御よりも、身体的な特性と環境の方が人の振る舞いに関して根源的なのではないか」と結論付けました (動画2, 3)。
筋骨格系と環境から人間らしい自然な振る舞いが生み出された
人の身体によく似せたロボットで狙った動作が再現できたことを踏まえ、國吉教授は近年、人の知能の根源的な原理を探るべく「胎児」に注目しています。400本ほどの筋肉と骨格を持ったヒト胎児の身体と、羊水で満たされた子宮に見立てた環境をコンピューター上に再現しシミュレーションを行います。この胎児には「生得的行動」、つまり、特定の動きを発生させる仕組みを作りこんでいません。それなのに、いくつかの筋肉を脊髄からの神経信号でバラバラに振動させると、骨格を介したり、羊水や子宮壁の圧力が自身にかえってきたりすることで、体中の筋肉とそれらを駆動する脊髄の神経回路が連動して実際の子宮の中の胎児と同じような振る舞いが創発され(現れ)ました(動画4)。
最近では、受胎後32週頃の身体と、大脳の神経回路を持たせた胎児のシミュレーションによって、触覚や体性感覚を通じて大脳が感覚情報を受け取り、神経回路が自分の身体について学習する様子が確認できました。加えて、子宮の外でなく子宮内で学習させた場合の方が、より神経回路が発達していました。こうした自分の身体に関する認知を基盤として、徐々に外界の認識や社会性といった人間的な認知や振る舞いが創発されていくと考えています。
研究はつらい方が面白い!
このような研究の先に、「本当の意味で自分の経験や身体感覚に根差してちゃんと人の言うことの意味が分かり、人と人らしく対話でき、真に人のためになるロボット」があると國吉教授は語りますが、研究の道のりは決して平坦ではありませんでした。「学生時代からずっと、自分と着眼点を共にする研究はほとんどなく、心細かった」と語ります。しかし、「AIの研究をしようと思い始めた学部生の頃、図書館にあるAIや認知科学に関する本と学術論文を端から端まで全部読んだ。博士課程時代には人の行為を認識して模倣するロボットを作るために、視覚心理学の学術論文から哲学の本まで手当たり次第に読んだ。学会発表で「壮大だが、無謀」といわれても歯を食いしばって頑張った。すごく大変だったけれど、やがて、周りが「無理だ」というテーマの方が、誰も研究していないから挑戦しがいがあると分かった」と続けます。奥に強い闘志をたたえた鋭い眼は、「真に賢い、人間らしいロボット」を学生時代から30年間、見据えて離していません。
取材・文:水谷丈洋