固体中の電子が生み出す多彩な世界を切り開く | UTOKYO VOICES 033
物性研究所 量子物質研究グループ/新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授 中辻 知
固体中の電子が生み出す多彩な世界を切り開く
「非常識を常識にする、かな」
研究への姿勢を一言で表すと? と中辻にたずねてみたところ、そんな答えが返ってきた。中辻は、新しい量子現象(原子や電子などのさまざまな振る舞い)を示す物質の開発で注目を集める気鋭の研究者だ。パソコンなどの電子技術は、金属やセラミックといった無機素材の磁気や電気的性質を利用することによって成り立っている。磁気を持つ「磁性」や、一定の温度以下に冷やすと電気抵抗がゼロになる「超伝導」といった物質の現象は、固体中の電子の量子性によってもたらされたものだが、現在理解されているものはごく一部だ。
中辻は物理の法則というコンパスを片手に、常識では思いもよらない量子現象を掘り当て、実験によって実証していく。その成果の一つが、「巨大異常ホール効果」の観測だ。
異常ホール効果とは、磁場のない状況下で縦方向に電流を流すと横方向に電圧が流れる現象で、この仕組みを用いれば磁気メモリを効率よく動作できる。異常ホール効果は19世紀後半に発見されてからこれまで、磁石に吸い付く物質である「強磁性体」でしか観測されなかった。だが中辻は、室温以上の環境下でありながら、物質内で磁気が打ち消し合い、外部に磁気的性質を示さない「反強磁性体」に、より強力な巨大異常ホール効果を見出したのだ。反強磁性体なら磁気干渉によって誤作動するトラブルもなく、強磁性体よりも格段に速く動作するという。次世代磁気メモリの開発につながる、夢の発見だった。
「世界の誰もが見たことのない新しい物質と量子現象を発見するのは、新しい概念をゼロから生み出すようなもの。それには創意や独創性が欠かせません」
京都の郊外で生まれ育った中辻は、毎日のように近くの川や田んぼに行き、魚や昆虫を採って遊ぶような少年だった。一方でプラモデルや電気回路などの工作も得意。自然科学に興味を抱いていたが、高校時代に出会った物理の先生の授業に心を奪われた。
「物理の法則はどれも理にかなっていて、いろんなことが説明できる。法則は法則、結果は結果、と万人が理解できる形ではっきり出てくるところに魅力を感じました」
そんな中辻が大学で専攻したのは工学部の金属系学科。社会に役立つ製品作りに近い半導体分野で研究開発に携わりたいと思ったからだ。しかし、金属に関する勉強を重ねるにつれ、高校時代に興味を持った物理を深く学びたいという意欲が高まり、大学院では物理学に方向転換した。
「回り道でしたが、結果的には物理だけをやっていたら気づかなかった視点や技術を身に付けることができました」
中辻が開発した新素材や、新しい量子現象の発見が即座に産業に結びつくわけではない。しかし、それらがテクノロジーを飛躍的に進化させる礎となり、映画や小説の中でしか垣間見ることのできない近未来の技術が現実のものとなるかもしれない。
「まだまだ分からないことだらけの固体中の電子の世界。それは、常識を超えた発見の宝庫です。そして、その発見は必ず将来何かの役に立ちます」と中辻。
「人が注目する前に着目してゼロをイチにするのが僕らの役割。そこからさらに発展させていく過程では、世界中の全く異なる視点・技術を持った人と協働する。知識を占有するのではなく、創造する喜びを共有し、切磋琢磨し、協力しあう。そういう研究スタイルを大切にしています」
取材・文/吉川明子、撮影/今村拓馬
中辻が開発した新素材の数々。反強磁性体で巨大異常ホール効果を示す「マンガン化合物」(写真左奥)は、低電力・高集積化を可能にする磁気メモリ材料として期待される。宝石のように緑に輝く材料は新しい磁性「量子スピン液体」を実現する
「独創性」と「創意」で迷い、後者を選択。「一人の独創性も大事だけど、共同研究が欠かせないので、創意の方がしっくりきますね。努力や執念もとても大切です」
中辻 知(なかつじ・さとる)
1996年京都大学工学部金属系学科卒業、2001年京都大学大学院理学研究所物理学専攻博士課程修了。2001年米国国立高磁場研究所にて日本学術振興会特別研究員、2003年京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻講師を経て、2006年東京大学物性研究所准教授。2016年より同研究所教授(現職)。2014年に第11回日本学士院学術奨励賞を受賞。
取材日: 2018年02月19日