ノーベル平和賞が問いかける紛争鉱物と日本の関係 コンゴの人権危機と日本の消費者とのつながりを研究する
今年のノーベル平和賞は、紛争下の性暴力の問題に果敢に取り組んできたヤジディ教徒のナディア・ムラドさんと、コンゴ民主共和国(以下、コンゴ)のデニ・ムクウェゲ医師に授与されることが決まりました。
紛争に悩まされるイラクやコンゴから何千キロも離れた日本のメディアも、日本人がノーベル賞を受賞した時の盛り上がりと比べると控えめではあるものの、このニュースを大きく取り上げました。
しかし、このニュースを受けて、日本の一般市民は何か具体的な行動を起こしたでしょうか?国連の職員が『世界のレイプの中心地』と呼んだコンゴの人権危機について、一般市民が自分たちの生活と関わっているかもしれないことを意識し、危機の終結もしくは緩和に向けて動くためにはどうすればよいでしょうか?
東京大学政策ビジョン研究センターの華井和代講師は常にこのような問題意識を持ってきました。華井先生はコンゴの鉱物取引、特にタンタル、スズ、タングステン、金の取引に関与する数多くのステークホルダー間のつながりについて研究しています。これらの鉱物はコンゴ国内の武装勢力や軍による紛争や鉱山地域に住む人々への暴力と関係しています。
特に、携帯電話などの電子機器からロケットやミサイルまで、ありとあらゆる機械の部品に使われるレアメタルであるタンタルの全世界の埋蔵量の多くはコンゴにあると言われています。 華井先生は任意団体「コンゴの性暴力と紛争を考える会」(ASVCC)の副代表も務めており、ムクウェゲ医師の2016年の来日の実現にも尽力しました。ムクウェゲ医師はその際、東大などで講演しています。
当時、すでにノーベル平和賞の有力候補としてメディアの注目を集めていたムクウェゲ医師は力強い口調で、コンゴの性暴力は武装勢力間の争いや、天然資源をめぐる暴力的な覇権争いと密接に関連していると訴えました。
「戦争の武器」としての性暴力
1999年のパンジ病院設立から約20年にわたって、ムクウェゲ医師は性暴力を受けた女性、少女や時には乳児に対して何万という手術を行ってきました。性暴力は、被害者の体を物理的に大きく傷つけて被害者本人に恐怖を植え付けるだけでなく、彼女らの家族やコミュニティを破壊するための「戦争の武器」として使われている、と2016年10月の伊藤謝恩ホールで行われた講演でムクウェゲ医師は話しました。
「世界経済は天然資源を必要としていますが、それらの資源は最貧国から来ています。資源の開発は性暴力と組織的に結びついています。性暴力は性的な欲求から来るものではありません。テロリズムの一種なのです」。
華井先生はその時のムクウェゲ医師のスピーチに深く感銘を受けたと振り返ります。
「彼の芯のゆるがない強さに心打たれました。被害者たちはあまりにも残虐なことをされ、そのあとムクウェゲさんのところに運ばれて行って手術やケアを受けています。被害者たちの体験を聞いていると、人間に絶望してしまうような話が出てくる。でもそのまっただ中にいて、この状況を変えられると信じている。その強さはどこから来るのか、と思いました」。
実は、コンゴの鉱物取引をめぐる状況は2010年以降、大きく変化しています。同年、経済開発協力機構(OECD)は鉱物調達の際に紛争に関わった鉱物を排除するよう企業に求めました。しかし、企業に本当の変化を促したのは同年米国で成立した金融規制改革法(通称ドッド・フランク法)1502条でした。この法律によって米国上場企業は自らのサプライチェーンを調査し、紛争の資金源にならないよう努力していることを米国証券取引委員会に報告するよう義務付けられました。
現在、武装勢力や軍などの関与がない、児童や妊婦の労働を伴わない、など、ある程度の基準を満たすコンゴの鉱石は認証を受け、「紛争フリー」というタグが付けられています。 日本には紛争鉱物に関する法規制はありませんが、米国の上場企業と取引する日本企業は米国法に対応する必要があります。
しかし、このことによって、日本では、産業界がコンプライアンス上の要件や社会的責任について非常に敏感になった一方、サプライチェーンの最下流にいる一般消費者はコンゴの状況や自らが間接的にせよコンゴの紛争にどのように関与しているかについて全く知らない、という状況を生み出した、と華井先生は話します。日本のメディアも同じで欧米のメディアに比べるとコンゴの報道は極めて少ない、と危機感を募らせます。
「一般市民の認識という点で、日本は世界の10周、周回遅れだと感じます」と華井先生。「グローバル社会に必死について行こうとしているのは企業だけで、消費者とメディアは完全に取り残されています」。
取引規制後も続く問題
国際的なモニタリングが始まり、今では武装勢力はコンゴのスズ、タンタル、タングステンの鉱山の80パーセント以上から撤退しました。そのこと自体は大きな改善だと華井先生は評価しています。
それにもかかわらず、市民に対する性暴力は今でも頻発していると専門家は指摘します。国連人口基金によると、コンゴの紛争地域における性暴力の件数は2016年の2593件から2017年の5783件に急増しました。その要因については専門家でも意見が分かれていますが、2015年以降、武装勢力の数はむしろ増えていると話す華井先生。鉱山から閉め出され資金源を失った武装勢力が細分化したことで増えました。現在は道路を石でブロックして車から通行税を取るという形で日銭を稼いでいると先生は話します。
さらに、加害者は武装勢力のメンバーだけではなく、警察や国軍のメンバーにも広がっているとのこと。
「武装勢力の兵士は政府に降伏したあと、国を守る側に回れ、ということで再教育を受け、国軍に統合されました。しかし、この再教育プログラムは徹底されていないので、彼らの行動は変わっていないのです」。
さらに、住民の生活が悪化していることも大きな問題です。鉱山に近いある村では、鉱物取引の規制が始まった後に乳幼児の死亡率が1.4倍に増えたという調査結果があります。原因として、先生は地元住民の生計手段の欠如を挙げます。「鉱物取引が透明化されたのはよいことですが、どうやって地元の住民が生計を立てられるかを考えなければいけない段階に来ています」。
コンゴの鉱物取引と紛争との関係を研究するのに加え、市民団体の活動も続けたいと話す華井先生。まもなく日本でも基金を立ち上げ、市民がムクウェゲ医師の活動を直接支援できるようにしていきたい、と語ります。
「コンゴの状況を日本から変えようとするのは非常に難しい。でも、ムクウェゲさんがいるお陰で、私たちも問題解決に向けた支援ができる。そういう意味でもムクウェゲさんの存在はとても大きいのです」。
取材・文:小竹朝子