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アバターを使って現実世界の自分を編集する

掲載日:2023年9月14日

授業や会議に出席したり、ライブを楽しんだり、睡眠を取ったり――私たちの日常生活で活用が広がるVR(仮想現実)。今年に入り、米Meta・Appleなどが相次いでインターネット上の仮想空間に入る装着型デバイスを発表するなど、VR技術の発展に注目が集まっています。VR技術が持つ可能性について、VR・AR(拡張現実)を研究する情報理工学系研究科の鳴海拓志准教授に話を聞きました。
 

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「分身ロボットカフェDAWN ver.β」において、アルパカや青い髪の毛の男性など、思い思いのアバターを使って接客し、会話する従業員たち。

アバターで潜在能力を引き出す

VRの世界で自らの分身となって行動するアバター。実際の自分より身長を高くしたり、性別を変えたり、あるいは人間ではない生き物にしてみたりと、アバターの外見は自由自在に設定できます。この「新しい身体」を獲得することにより、自身の身体能力や認知能力も変化すると話す情報理工学系研究科の鳴海拓志准教授。

   
鳴海先生
アバターの体形の違いが“重さの感じ方”にどのように影響するのかについて調べる実験。筋肉質のアバターでダンベルを持ち上げるととても軽く感じ、細身のアバターだと重く感じます。

例えば、アバターの体形について。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を頭部に装着しVR空間に入ったとき、筋肉質のアバターでダンベルを持ち上げると軽く感じ、細身のアバターだと重く感じます。アバターの体形を変えることによって、無意識にユーザー自身の筋肉の使い方が変わり、それにつれて重さの感じ方も変化するためなのだ、と鳴海先生は説明します。また先生の別の研究では、生身の人間には備わっていない能力も引き出せることが分かりました。例えば、VR空間における飛行は、人間のアバターではコントロールが難しいのですが、ドラゴンのアバターを使うと、空間の把握能力などが向上し、指示通り正確なルートを飛ぶことができます。そして、高所に立った時の生理的な恐怖反応も軽くなるそうです。他にも、物理学者のアインシュタインを模したアバターで認知テストの成績が向上したり、背が高いアバターを使うことにより、積極的にコミュニケーションを取るようになるといった海外の研究もあるそうです。

人は自分自身に対するイメージに縛られて、発揮する能力にリミッターをかけている、と話す鳴海先生。「私たちは自分に対する認識のあり方によって、無意識に振る舞いを変えたりしているんです。自分自身とは外見が異なるアバターを使うことによって、その枷を外し、さらなる能力を引き出せることが分かってきています」

鳴海先生
ドラゴンのアバターを使ってVR空間で空を飛ぶ実験。センサーがついた手を動かすことにより、VR空間を飛行することができます。

鳴海先生が「ゴーストエンジニアリング」と名付けるこの研究。東大では2022年にメタバース工学部が開講し、ユーザー同士の交流プラットフォーム「VRChat」の利用者も増加するなど、日常生活でVRを活用する場が拡がっています。こうした状況において、ユーザーがその都度「高めたい能力」に応じてアバターを使い分けるようになれば、面白いことになる可能性があるのではと話します。例えば会議ではクリエイティブな発想ができるアバターを、パーティーのときははじけることができるアバターを使うことで、これまで「変えることはできない」と思っていた部分を変え、見せたい自分を使い分けながら生きていけるような時代がくるかもしれません。さらに、VRでの経験によって新しい視点で物事を見ることができるようになったり、人間関係が改善されたりするなど現実世界での変化にもつながるのではとのことです。

「結局は“人の心を楽にしたい”ということです。いろんな人が相互に認め合いながら、それぞれの能力を最大限発揮していけるような社会を作りたいと思っています」

 

 

VRを通して人間の仕組みを知る

鳴海先生がVRの研究へと進んだ理由の一つが「人間の仕組みを知りたい」という思いです。そこには自閉症の弟と育った経験があるそうです。弟と経験を共有してきた先生にとっては何ら問題のないコミュニケーションが、他の人には難しいというギャップ。「なぜ僕は分かるのに他の人には分からないのかということを考えていったときに、人間の仕組みにすごく興味がでてきたわけです。それを教科書から学ぶのではなく、経験することで理解できるものを作りたいと思いました」

そこで「五感を表現するVR」を研究していた、情報理工学系研究科の廣瀬通孝教授(現在は先端科学技術研究センター 名誉教授)の研究室に入りました。研究室のプロジェクトに取り組むうちに、VRは人間の仕組みを知るためのとても良いツールだということに気づき、研究にのめり込んでいったと言います。

「VRはあくまで“仮想の”現実なのに、人は区別がつかなくなり、現実に起こっていることだと思ってしまう。では“リアル”とは何か?人間は世界をどうやって認識しているのか?人間の感覚はどのように作られているのか?など、VRを研究することと人間自身を知ることはつながっています」

クッキーの味が、見た目と匂いを変えることで変化することを実証した「メタクッキー」システムや、モニターに映るユーザーの表情が変化することにより、気持ちも左右される「扇情的な鏡」実験、といった人間の五感や体の認識によって変化する感情などをこれまで研究してきました。

「私たちには視覚や触覚などいろんな感覚があり、それらを一つのまとまりにしたものが身体です。五感の感じ方を変えると、身体の感じ方も変わります。そして、身体の感じ方は、さらに高次の感情や認知機能などと結びついているのです」

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「メタクッキー」システムは、香りを出す装置と、異なる種類のクッキーの写真を重畳表示するヘッドマウントディスプレイで構成されています。このシステムを装着してバタークッキーを食べると、香りに応じて、クッキーの味がチョコやイチゴなどに変わります。五感情報が脳内で相互に影響し合う「クロスモーダル」手法を使うことで、ユーザーは実際に感じる味覚とは異なる味を錯覚するそうです。

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「扇情的な鏡」。三面鏡の中央がモニターになっており、ユーザーの顔が笑顔に変わると気持ちがポジティブに、悲しい顔になるとネガティブになるという研究です。2013年度のグッドデザイン賞を受賞しています。

VRでの経験を人生に組み込む

これまでの五感や感情の研究の延長線上にある研究として、ゴーストエンジニアリングに取り組む鳴海先生。VR空間においては、どんなアバターにもなることができ、それに応じた能力も引き出すことができるということは分かってきました。しかし、その技術を日常的に使うことには心理的な抵抗感を持つ人が多いようです。

鳴海先生が授業でゴーストエンジニアリングを紹介した後、学生にレポートを提出してもらったところ、その多くはこの技術を使うことに対して否定的な意見でした。レポート内容を分析して見えてきたのは、アバターを使うことでものごとを上手くこなせたり、社会に受け入れられたりすることに、「人を騙している」といった罪悪感が伴うということ。背景には「本当の自分」との乖離や、性格や能力は、自身が努力して獲得することにこそ意味がある、との考えがあると説明します。

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情報理工学系研究科の鳴海拓志准教授

そこで、どのようにすればアバターによって変わる自分を認められるのか?という点をテーマとして先生が取り組んでいるのが「分身ロボットカフェDAWN ver.β」で働く人たちの心理の変化についての調査です。このカフェでは、さまざまな理由によって外出が困難な状況にある従業員たちが、分身ロボット「OriHime」を自宅から遠隔操作して接客します。誰が使っても同じように見えるロボットを介して他者と関わる場面では、障害が前面に現れることがなくなって心が楽になり、フラットな関係が生まれ、新しい気づきもあると説明する鳴海先生。この「没個性」ともいえる経験をした人々に、スクリーン上のアバターとして接客してもらう実験も行なっています。現実世界そのままの姿・あるいは動物のアルパカなど、それぞれの希望に沿って作ったアバターの姿はさまざまです。自己表現のためのアバターを使った社会参加によって、人々の気持ちや、アバターを使って表現したい自己のあり方がどのように変化していくのかなどについて、長い期間調べていきます。こうした調査から、アバターの利用が深い自己理解を得たりより良い人生を築いたりするきっかけとして機能するようになるための条件などについて探りたい、と鳴海先生は考えています。

今後は、アバターにより一時的に自分が変わる経験が、どのように人生に組み込まれていくのか、ということについても知りたいと話します。アバターによって「ミニマルセルフ(最小自己)」と呼ばれる、ある瞬間の自分をどのように捉えるかを「編集」できることは分かってきました。しかし過去の記憶や自己認識などを含むロングスパンの自己である「ナラティブセルフ(物語的自己)」についてはどうなのか。「ミニマルセルフとナラティブセルフがどのような関係にあるのか?そしてミニマルセルフに影響を与えられるVRを使えば、ナラティブセルフをも編集できるのか?ということついて強い興味があります。望むアイデンティティを持つことができたり、死ぬときに『いい人生だったな』と思えるようになったり。そんな技術を作れたらすごいな、と思っています」

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