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多様な意見やアイデアを可視化するAIツール開発

掲載日:2025年7月14日

アドビイメージ画像
©Adobe Stock


日常生活やビジネスなど様々な場面で、急速に活用が広がる人工知能(AI)。そのAIと人間の協働をテーマに掲げて研究しているのが、総合文化研究科の馬場雪乃先生です。集団の意見の中から信頼できるものを見つけたり、バイアスがない公平な評価の仕方を教示したりといった意思決定を支援するAIツールの開発に取り組んできました。「根底には、世の中の意思決定をもっと効率化したいという思いがあります」と話す馬場先生。2022年に東大に着任し、翌年の2023年には東京大学卓越研究員に選ばれたコンピューターサイエンスの専門家です。 

今年1月には、集団の意見を分類してくれるウェブアプリのベータ版を公開しました (https://illumidea.ai/ja)。アイデアをイルミネート(輝かせる)するという意味を込めて「Illumidea(イルミディア)」と名付けられたこのアプリには、裏側でChatGPTが使われていて、匿名で集めた意見を自動的に分類し、カテゴリー別に分かりやすく表示してくれます。会議や話し合いなどで発言できなかったり、うまく説明できなかったりといった理由から見逃されてしまう重要な意見や豊かな発想などを可視化します。多数派や声が大きい人の意見に引っ張られてしまいがちな議論の流れを変えてくれるツールです。

「社会にいる全員が社会をより良くしていく活動に参画できるようにしたいなと思っています。そのためには、いろいろな人の意見やアイデアを全体で共有できるようにすることが必要ですが、人間が大量な情報の把握することは難しい。そこでAIを活用できればと思っています」

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2025年1月に公開した、意見を分類してくれる「Illumidea」アプリの入力フォーム。匿名で意見を入力することができます。
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意見が集まった後、「募集を締め切る」ボタンを押すと分類がスタート。数十秒で完了します
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観点ごとに意見が分類され、さらに似た意見は一つにまとめられます。AIによる自動分類は完璧ではないので、人間が修正する機能も提供されています。
 

小学生からプログラミング

馬場先生が初めてパソコンに触れたのは小学校3、4年生の時。ソフトウェアエンジニアだった父親が、ホームコンピュータ「MSX」を子供部屋に置いていて、図書館で借りた「BASIC」というプログラミング言語の入門書を参照しながら、MSXでプログラミングを行い、ゲームを作って遊んでいました。その後Windows95が発売され、インターネットが広く普及した中高生時代にはホームページを作成したり、掲示板を通じて顔が見えない相手とコミュニケーションをとったり……。 学校で同級生とうまく付き合うことができなかったこともあり、ネットの世界にのめり込んでいったと当時を振り返ります。

AIの研究を始めたのは、東京理科大学の電気工学科を卒業した後に進学した東京大学の情報理工学系研究科時代。 「当時はインターネットが急速に発達して、皆がいろいろな情報をネットに書き込むようになっていった時代です。ネット上の膨大なデータから、世の中の人は今どういうことに興味があるのか 、といった情報を獲得する『ウェブマイニング』という技術が登場し、AIに関心を持っていきました」

大学院ではFlickrという写真共有サイトを対象に、ウェブマイニングを研究。投稿された写真に付けられたタグと撮影された位置情報を使って、人間が無意識のうちに持っている知識や情報を推論したり、画像の特徴とタグを関連付けていくといった研究を行いました。博士号取得後は、クラウドソーシングに関連するAI技術などを開発しました。その一つが信頼できる評価者を推定する技術。例えばレストランの良し悪しを大勢の人に評価してもらう時、なかには適当な評価をつける人がいる可能性もあります。そこを、誰が信頼できる評価者なのか推定してくれます。

また、Illumideaアプリにつながった、重要な意見を見つけるAIツールも開発しました。話し合いなどの場で、参加者全員が匿名で意見を記入。集まった意見に対して匿名で投票を行い、その結果をもとに重要だと思われる意見をAIがピックアップしてくれるというもの。

「単純に得票数が高い意見を重要だとしないで、少数派の価値観に重みを付け、その中から重要な意見を選んでくれるツールです。投票行動の数理モデルに基づいて、投票の背後にある各自の価値観を数理的に推定してくれます」

高校一年生を対象とした実証実験で、グループワークに積極的に取り組まない人がいる、という問題について話し合ってもらったところ、AIを使用しないグループでは熱心に取り組んでいる人ばかりが発言し、多数派の意見だけで議論が進んでいきました。一方で、このツールを使ったグループでは、少数派の意見が可視化されたことで議論の方向ががらりと変わり、多様な立場を考慮した話し合いが行われることが確認できたと話します。

 

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高校一年生の実験では、AIを使用しないグループの話し合いでは、一方の言い分だけが反映されました。
 
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AIを使用したグループでは、少数派の意見が可視化されたことで、双方の言い分が反映された話し合いになりました。
 

科学者のパートナーAI

馬場先生
総合文化研究科の馬場雪乃准教授
 

現在馬場先生が取り組んでいる研究の一つが、研究者をサポートするAIの開発です。想定しているのは、仮説や読むべき論文を提案してくれたり、実験や論文執筆もサポートしてくれるパートナーAI。科学技術振興機構が推進する「ムーンショット型研究開発事業」の共同プロジェクトの一つで、2050年までの実現を目指しています。

馬場先生の研究チームが担当するのは、研究者だったら当然知っている専門知識をAIに入れていくこと。現在、化学分野の研究者たちと協力しながら研究を進めていますが、研究者の「感性」を取り込むことが難しいと話します。

「化学の先生たちによると、ある化合物が『薬になる見込みがある』と感じることがあるそうです。だけどそれを言語化できない。無理やり言葉にすると、実際に感じた感覚とはズレてしまうそうです。そこは言語に頼るのではなく、視線など他の情報を使わなくてはならないのではと考えています」

今後はコミュニケーションを支援するAIも開発したいという馬場先生。例えば、会話する相手を模倣したAIと壁打ちをし、相手がどう思うかをシミュレーションできるようなツールなど、様々なものが考えられると話します。

「世の中のもめごとの多くは、人間関係の摩擦によるものだと思います。お互い悪気がないのに摩擦が生じてしまうようなことってありますよね。そこを、AIがコミュニケーションを支援することで、本心とは違うように受け止められてしまうといった悲しい出来事を減らしていければと思っています」

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