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研究成果「人の成体角膜から前駆細胞を発見」研究成果

研究成果「人の成体角膜から前駆細胞を発見」

2005年5月18日
東京大学医学部附属病院
ティッシュ・エンジニアリング部 角膜組織再生医療講座
眼科・視覚矯正科
角膜移植部

東大病院 ティッシュ・エンジニアリング部、眼科学教室、角膜移植部の研究チームが人の成体角膜から前駆細胞を発見

ヒトの成体角膜から前駆細胞が得られることを、東大病院(*1) ティッシュ・エンジニアリング部角膜組織再生医療講座、眼科・視覚矯正科、角膜移植部の研究チームが世界で初めて発見し、眼科専門誌「Investigative Ophthalmology Visual & Science」(5月号)に掲載されました。 角膜では上皮の再生医療は臨床応用されていますが、角膜内皮・角膜実質といったより角膜の深い組織では研究が進んでいませんでした。幹細胞または前駆細胞(*2)を採取する「スフェア法」によって角膜より幹細胞・前駆細胞の採取を試みたところ、角膜の「実質組織」と「内皮組織」より幹細胞とよく似た形態の細胞が得られました。詳しく分析した結果、これは未分化なマーカーなどを発現していますが、最終的に得られた組織の細胞に主として分化する前駆細胞であることが判明しました。 高齢者の角膜からも採取できるため、ES細胞のような倫理的問題が少なく、また細胞の分化を人為的にコントロールする必要がなく、臨床応用に適していると考えられます。この発見により角膜の再生医療に弾みがつくと期待されます。

【背景】 現在、角膜移植を望む患者様は平成15年度のデータで4661人います。それに対して提供があった角膜は1490個であり、移植を望む患者様は2~3年の間、移植を受けることができず待機しなければならない状況です。この期間中、失明状態が原因で本人の生活はもとより、その患者様が一家を支える方であった場合、家族の生活も極めて重大な影響が生じます。 このような状況の中で、角膜移植を補う角膜の「再生医療」の研究が進められており、角膜の上皮組織を再生する「角膜上皮幹細胞移植」(*3)は既に当院をはじめ本邦で行われています。しかし、角膜のより深い実質組織や、角膜の内皮組織で起きた障害に対する角膜移植に代わり得る治療法は幹細胞・前駆細胞そのものの存在が明らかではなく、研究が進んでいませんでした(*4)。

【研究の発端と進展】 眼科・視覚矯正科 内田彩子 博士からの、ヒトの角膜から幹細胞が採取できるのではないかという提案を受け、ティッシュ・エンジニアリング部角膜組織再生医療講座の横尾誠一助手が他の間葉系幹細胞の採取法として知られる「スフェア法」にて採取を試みたところ、前駆細胞と思われる細胞塊がヒトの成体角膜より得られました。これを山上聡 角膜組織再生医療寄附講座 助教授、および天野史郎 角膜移植部 助教授の指導のもと研究を進めたところ、ヒトの角膜から今まで存在が知られていなかった「角膜実質前駆細胞」と「角膜内皮前駆細胞」の二種類の前駆細胞が角膜に存在することが明らかになりました(*2)。 これらは、70歳を過ぎた方から提供された角膜からも採取でき、幹細胞と同じく未分化マーカーや神経細胞への分化を示すマーカーも発現していました。しかし培養を続けると分化の能力は、主として採取された組織の細胞に分化する前駆細胞だったことが判明しました。しかし、現在のところ一つの角膜から得られる前駆細胞の数は多くはなく、移植角膜不足を考慮すると移植に必要な細胞数としては十分ではありません。 今後は、大量に前駆細胞を採取する技術を開発する必要性が求められ、今回の発見で角膜再生の研究に弾みがつくことが期待されます。

【今後の展望】 角膜は他の臓器や組織と比べて他人の組織を移植されても拒絶反応が少なく、角膜への移植に限れば拒絶反応の問題は比較的解決しやすい状況です。 また今回発見した前駆細胞は、ES細胞とは違い分化のコントロールをする必要がなく、また倫理的な問題も少ないことから、臨床応用がしやすいと考えられます。今後、前駆細胞の大量採取法と大量培養法を確立し、動物を使った前駆細胞の移植実験により障害を受けた角膜が修復できるか研究を進め、人への臨床応用を目指す予定です。

【関連ホームページ】 ・ティッシュ・エンジニアリング部 http://www.h.u-tokyo.ac.jp/patient/depts/tissue.html http://square.umin.ac.jp/t-e/ ・角膜移植部 http://www.h.u-tokyo.ac.jp/patient/depts/kakumaku.html ・眼科 http://www.h.u-tokyo.ac.jp/patient/depts/1510ganka.html ・発表雑誌 Investigative Ophthalmology and Visual Science 2005年 5月号 http://www.iovs.org/

【関連資料】 論文タイトルSphere Formation and Expression of Neural Proteins by Human Corneal Stromal Cells In Vitro・2005 46: 1620-1625. Human Corneal Endothelial Cell Precursors Isolated by Sphere-Forming Assay 2005 46: 1626-1631.

【注 釈】 *1「東大病院」 東京大学医学部附属病院 病院長 永井良三 〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1 http://www.h.u-tokyo.ac.jp/ *2「前駆細胞」 ある細胞に変化するよう指示を受けると特定の細胞に変身する細胞。成体の組織からも採取でき、未分化な特性をもっていますが「幹細胞」のように半永久的な自己複製能を持つわけではありません。特定組織を構成する細胞の「供給源」となり得ます。 *3「角膜上皮幹細胞移植」 角膜の表面が化学熱傷などにより損傷した場合に適応できます。 片側の正常な角膜や、口の中の上皮細胞を患者様自身から採取して、提供いただいた羊膜の上に培養した後、角膜に移植する方法が国内の医療機関にて行われています。 *4「角膜内皮障害」 水疱性角膜症とも呼ばれます。角膜の一番内側には「角膜内皮細胞」があります。 この角膜内皮細胞は一度傷つくと生体内では修復されません。この角膜内皮細胞は角膜の余分な水分を汲み出し、透明性の維持に重要な役割を持っています。 そのため、角膜内皮が障害されると角膜に「むくみ」が生じて透明でなくなる結果、視力が極端に低下します。角膜内皮障害の原因は「加齢」の他、「眼内手術」、「コンタクトレンズによる酸素の不足」などがあります。

[取材に関するお問い合わせ先]
東京大学医学部附属病院 広報企画部(担当:安倍)

[内容に関するお問い合わせ先]
東京大学医学部附属病院 ティッシュ・エンジニアリング部(担当:山上) 角膜組織再生医療講座 眼科・視覚矯正科角膜移植部
東京大学医学部附属病院 角膜移植部(担当:天野) 眼科・視覚矯正科・角膜移植部

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