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記者会見「葉の角度を変えてイネの収量を増やすことに成功」研究成果

記者会見「葉の角度を変えてイネの収量を増やすことに成功」

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 記者会見のお知らせ

1.発表日時:   平成17年12月16日(金)14:00?15:00

2.発表場所:  東京大学農学部弥生講堂 会議室 (農正門入って右手)
         http://www.a.u-tokyo.ac.jp/campus/image/nougaku-map.jpg

3.発表タイトル:「葉の角度を変えてイネの収量を増やすことに成功」

4.発表者:東京大学大学院農学生命科学研究科附属農場・助手・坂本知昭
      
5.発表概要:植物ホルモンの1つブラシノステロイドはイネの葉の角度を制御しており、その働きを抑えた変異体は葉が直立します。これにより太陽光を受ける効率が向上し、密植栽培にも有利なことから、施肥量を増やさなくてもコメの収量が約3割増加しました。

6.発表内容:植物の生長は、植物自身が合成している植物ホルモンの作用により巧みに制御されています。植物ホルモンの1つブラシノステロイド(用語解説1)は、細胞や茎葉の伸長、環境ストレス応答や維管束の分化等に関与することが知られています。最近、オオムギの草丈を低く(用語解説2)し収量を増加させた「渦(うず)」という突然変異が、ブラシノステロイドの非感受性によることが明らかにされています。また、イネではブラシノステロイドが葉の角度を制御していることが知られています。
坂本知昭・東京大助手(植物生理学)と松岡信・名古屋大教授(分子遺伝学)らの研究グループは、ブラシノステロイドの働きを抑えることによってイネの葉を直立させ、収量を増やすことができることを明らかにし、米科学誌「ネイチャー・バイオテクノロジー」の電子版に12月20日発表しました。
ブラシノステロイドに関係したイネ変異体はこれまでに5遺伝子座について解析されていますが、それらは葉が直立する(直立葉:用語解説3)以外にも、草丈の著しい減少(矮性:わいせい)や葉の形態異常、稔性の低下が認められ、農業的には利用できませんでした。坂本助手らは、農業生物資源研究所が作出したイネの遺伝子破壊系統群「ミュータントパネル」のなかに、葉が直立し草丈がやや減少する(半矮性:はんわいせい)以外に異常を示さない変異体を見出し、その原因遺伝子をつきとめて詳しく解析しました。
その結果、この変異体osdwarf4-1ではブラシノステロイドを作る酵素の1つ(CYP90B2:用語解説4)が機能していないことがわかりました。シロイヌナズナでは同種の酵素(CYP90B1)がブラシノステロイド生合成の鍵酵素であり、CYP90B1の機能が失われると生育が著しく阻害され、強い矮性を含む様々な形態異常が観察されます。ところがイネでは、同じ機能を持つ酵素がもう1種類(CYP724B1)存在し、ともにブラシノステロイド生合成の同じステップ(22位水酸化)に関わっていることを明らかにしました。さらにイネでは、シロイヌナズナでは単独で機能している酵素CYP90B1と同種のCYP90B2より、別種であるCYP724B1の方がより強く関わっていることを明らかにしました。これらの結果から、CYP724B1の機能が失われた変異体d11では、直立葉や矮性のほかに、米粒が短く小さくなるなどの異常も生じましたが、CYP90B2の機能が失われた変異体osdwarf4-1では、直立葉と半矮性という農業的に有用な形質以外に、形態異常は引き起こされなかったと考えました。
一般的に葉を直立させると、上位の葉による光の遮蔽が少なくなり、下位の葉でも十分に光合成ができるようになる結果、株全体の太陽光を受ける効率が向上し、物質生産が促されます。さらに株自体がコンパクトになることから、単位面積当たりの植え付け株数を増やすことができます。これらの理由から、直立葉と密植栽培を組み合わせることにより、収量を増やすことが可能であると考えられていました。実際にこのosdwarf4-1変異体を通常の2倍の栽植密度で栽培したところ、通常の栽植密度で栽培した原品種「日本晴」の約1.3倍の収穫量を得ることができました。地上部分の乾燥重量(地上部乾物重)も同様に約1.3倍に増えていましたので、葉を直立させることにより、施肥量を増やさなくても、株あるいは群落全体の物質生産を増加させ、その結果として収量を増やせることが実証できました。
本研究の成果から、ブラシノステロイドの制御を介してイネの葉の角度を調節することにより、物質生産または収量を増加させることができることが明らかとなりました。現在、遺伝子組換え技術を用いてイネを直立葉化するための技術開発を進めています。日本の稲作は多肥多収の栽培により成立していますが、農耕地から流出する肥料成分は少なからず環境に影響を及ぼしています。直立葉化によって施肥量を増やさなくても収量を増やせるという本研究成果は、環境保護と農業生産の共存両立のために役立つと期待できます。また今後日本でも普及が見込まれている直播栽培(ちょくはんさいばい:用語解説5)は密植が前提となりますが、現在日本で栽培されている多くの品種は密植栽培には適さないと予想されます。したがって本研究の成果に基づき、品質の優れた既存品種を直立葉化することができれば、我が国における直播栽培の普及に大きく貢献すると期待できます。

7.発表雑誌:ネイチャー・バイオテクノロジー(電子版)

8.注意事項:日本時間12月19日午前3時以降(同日の朝刊より)報道解禁

9.問い合わせ先:坂本知昭(助手)
           東京大学大学院農学生命科学研究科附属農場
           URL  http://www.fm.a.u-tokyo.ac.jp/

10.用語解説:
(用語解説1)ブラシノステロイド:ステロイドラクトン構造をもつ植物ホルモン。M.D.Groveら(1979)によってセイヨウアブラナの花粉からブラシノライドが単離された。現在40種以上の類縁体が同定されており、ブラシノステロイドと総称される。

(用語解説2)草丈を低く(矮性、半矮性):作物の収量を増やすためには肥料を多く与えて生長を促進させることが重要だが、生長しすぎると逆に収量が減少してしまうことがある。実際にイネやムギでは、収穫の時期までに生長しすぎて背丈が伸びすぎていると、風や雨によって容易に倒れてしまい、収量が激減してしまうことが問題となっている。遺伝的に草丈が低くなる性質を矮性と呼ぶが、この矮性の程度が強すぎても植物体が小さすぎて農業生産には適さない。矮性の程度が弱く農業生産に適する形質を半矮性と呼び区別する。1960年代にイネとコムギの収量を倍加させた「緑の革命」は、半矮性品種の導入と多肥栽培の組み合わせにより実現した。

(用語解説3)直立葉:葉が横に拡がった植物では、上位の葉が光合成に必要以上の強さの光を受ける一方で、上位葉の陰になる下位葉は光合成に必要な強さの光を受けることができない。直立葉の植物は、上位葉が光を受ける投影面積が減少することにより、上位葉が光合成に必要な強さの光を受けつつ、下位葉も光合成に十分な強さの光を受けることができる。したがって植物1個体当たりの光合成量が増加する。

(用語解説4)CYP90B2:シトクロムP450モノオキシゲナーゼ(1原子酸素添加酵素)の命名法に基づく酵素名。CYPがシトクロムP450を、90Bがグループ名を、2が発見された順番に個々の酵素を特定する番号を示している。90Bグループに属する酵素はシロイヌナズナで最初に見つかったためシロイヌナズナの酵素はCYP90B1、イネから2番目に見つかったためイネの酵素はCYP90B2と表記される。

(用語解説5)直播栽培:イネは通常、苗代や育苗箱に種子を播いて育苗し、幼苗を水田に移植する移植栽培が行われている。直播栽培は種子を直接水田に播く栽培法で、育苗や移植に要する資材や労力を省く低コスト省力栽培として我が国でも期待されている。しかし栽培法や収量に改善すべき点が数多く残されており、品質と収量が重視される我が国では未だ確立された技術には至っていない。

11.その他:
主な共同研究者:
  坂本知昭・東京大学大学院農学生命科学研究科附属農場・助手(代表)
松岡 信・名古屋大学生物機能開発利用研究センター・教授
北野英己・名古屋大学生物機能開発利用研究センター・教授
  田中宥司・農業生物資源研究所新生物資源創出研究グループ新作物素材開発研究チーム・チーム長(現:農業技術研究機構中央農業総合研究センター北陸研究センター北陸地域基盤研究部・部長)
藤岡昭三・理化学研究所和光研究所
水谷正治・京都大学化学研究所・助手

研究助成:
  農林水産省「イネゲノムの重要形質関連遺伝子の機能解明」(坂本知昭)


 

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