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研究成果「1ナノメートル以下の分解能で金属の電位分布を精密測定-ナノテク新素材などの物性を探る強力な解析手法-」研究成果

研究成果「1ナノメートル以下の分解能で金属の電位分布を精密測定-ナノテク新素材などの物性を探る強力な解析手法-」

1ナノメートル以下の分解能で金属の電位分布を精密測定
- ナノテク新素材などの物性を探る強力な解析手法

JST(理事長:沖村憲樹)と東京大学(学長:小宮山宏)は、金属表面で原子や電子がつくる電気的なエネルギー分布(電位分布)をナノメートルの空間分解能で測定する技術を開発し、金属中において、原子や電子がつくる電気的な力が多数の電子の存在により弱められるという原子スケールでの現象を直接観察することに成功しました。次世代の超高速トランジスタなどに適用が期待されているカーボンナノチューブ中を非常に高速に電子が移動する現象などの解析に役立つものと期待されます。
金属に電気が流れるのは、自由電子と呼ばれる多数の電子が移動することによるものです。電子と電子の間にはクーロン力と呼ばれる電気的な反発力が働きますが、自由電子はそうした力が働かないかのごとく金属中を自由に動き回ります。これは、電子の電位がその周囲の多数の電子によって打ち消される現象(遮蔽効果)により、クーロン力の及ぶ領域が非常に狭くなるためです。この現象は、超伝導状態などの物質の電気的・磁気的性質に影響を与える重要なものですが、ナノメートルという微細な領域での電位分布や微弱な電位の変化量を検出することは非常に困難であるために、これまで直接、実際のスケールで観察された例はありませんでした。
本研究では、走査トンネル顕微鏡を使って物質表面での電位分布をナノメートルスケールで測定する技術を開発し、原子1個程度の厚さの金属の層の上に載せた銀原子の周りの電位分布を精密に測定しました。その結果、遮蔽効果によりクーロン力がうち消されている様子や、遮蔽効果による電位の振動を実際のスケールで捉えることに成功しました。遮蔽効果は、特に線状の構造(一次元構造)において強く現れることから、今回開発した観察手法をナノチューブやナノワイヤーといったナノテク新素材に適用すれば、それらの特異な電気的振る舞いを解析することが可能となり、また、その他金属の電気的な物性の解析など広い範囲で基礎的な研究・開発に貢献することが期待されます。
本研究の成果は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)における研究テーマ「ナノサイズ一次元構造の電子物性評価(研究者:長谷川幸雄)」において得られたもので、平成18年1月4日(米国東部時間)Physical Review Letters誌のオンライン版で公開されます。


<研究の背景と経緯>
  金属中には自由電子と呼ばれる多数の電子が動き回っており、それらの存在が良好な電気伝導・熱伝導や金属光沢に寄与しています。電子は電荷を持っていることから電子間にはクーロン力と呼ばれる力が働くはずですが、自由電子はそうした力が働かないかのように金属内では自由に振る舞います。これは電子による電位がその周囲の多数の電子によって大幅に打ち消される現象、遮蔽(スクリーニング)効果によるものとして説明されます。遮蔽効果により、本来は無限遠にまで及ぶクーロン力が1ナノメートル以内にしか及ぼされなくなり、電子同士の相互作用が打ち消され金属内の電子は自由に動き回れることになります。この現象は、物質内での電子の振る舞いやそれにかかわる様々な性質に影響を与える基本的な現象ですが、電位の及ぶ範囲がナノメートルスケールで、しかも電位の変化量も極めて小さいことから、直接、実際の空間で観察することは困難とされてきました。
  これまでにも走査トンネル顕微鏡(STM)*1をベースとしたいくつかの電位分布測定手法が開発されてきましたが、これまでの方法では電位測定精度が不十分でした。本研究では、STMの分光手法である走査トンネル分光(STS)*2の技術を用いて表面の電位分布を高精度かつ高空間分解能で測定する方法を開発し、それを用いて遮蔽効果により変化した微細な領域における電位分布の測定に成功しました。

<研究成果(今回の論文の概要)>
  本研究では、金属的な表面層を持つシリコン基板上*3で、イオン化したAg原子の集まっているステップ(段差構造)の周囲での電位分布を測定しています。なお測定は、超高真空下、極低温(零下268度C)で行います。この金属的な層の表面にはいくつかの表面電子状態がありますが、それら電子状態のエネルギー準位は、イオン化したAg原子(イオン化しているためプラス電荷を持つ)のつくる電位によってその分だけ減少します。STSを用いることにより、STMと同様の高い空間分解能で表面電子状態のエネルギー準位を測定することができますので、STS測定を表面上の各点で行うことにより表面での電位分布を観測することができます。
  図1、2は、ステップ近傍での電位測定結果を示しています。図1(b)の拡大図に示された位置(点A~G)で測定したトンネル分光スペクトル(図1(c))を見ますと、-0.9eV付近のエネルギー値で基板表面の電子状態によるピークが観察されています。ステップにより近い位置でスペクトルを測定すると(図1(b)の点FあるいはG)、ピークのエネルギー値が-1.0eV側に少し変化しているのがわかります。これがこの場所でのイオン化したAg原子による電位変化です。
  そこで、観測したい領域の各点でこのようなスペクトル測定を行い、電子状態のエネルギー値の変化量を表示すると図2(a)のような電位分布図となり、さらにステップから等距離にある点でのエネルギー値を平均化すると図2(b)のような電位分布のプロファイルが得られます。この図から、電位がステップに近づくにつれて減少しているのがわかります。イオン化したAg原子が周囲の電子から影響を受けない状態におかれた場合に比べて、図2(b)の電位が減少している領域はかなり狭く、Ag原子による電位が基板表面の金属的な層の電子により遮蔽されていることがわかります。
  さらに図2(b)ではごくわずかですが電位が振動しているのが観察され、その周期は基板表面の持つ金属的な表面層内の電子系のフェルミ波長*4の半分に一致していることがわかります。電子系の特徴的な長さが電位の振動周期に対応していることは、Ag原子による電位が基板表面の持つ金属的な電子により遮蔽されていることの証拠と言えます。従来の理論から遮蔽された電位を求めてみますと図2(b)の赤線のようになり、実験から求められた電位分布とほぼ一致しており、解釈が正しいことを示しています。電位分布の振動構造は電位分布像にも明確に現れており、図3に示す電位分布像では、ステップに沿った形で波のようなパターン(矢印に着目)が観察されています。
  遮蔽による電位の振動構造は1958年にフリーデルによって予測されたことからフリーデル振動と呼ばれています。実は、ステップなどに反射・干渉されることによって生成される波(電子定在波)も同様の振動パターンとして電子状態分布像において観察されており、しばしばこの電子定在波が誤ってフリーデル振動と呼ばれてきた経緯があります。今回の研究では、両方の振動パターンを比較観察しており、両者が明らかに異なっていることも指摘しています。

<今後の展開(今後期待できる展開)>
本手法を用いることにより、従来法に比べて格段に高い精度・高い分解能で物質の電位測定が可能となります。ナノチューブやナノワイヤーといった一次元構造を持つナノ新素材では電子どうしの影響が強くなり遮蔽効果が顕著に表れることが予想されています。本手法をこれらの電位測定に応用することにより、遮蔽効果に関連した一次元物質の特異な振る舞いを探索する手法としての展開が期待されます。例として、次世代の超高速トランジスタなどに適用が期待されているカーボンナノチューブの電気的特性の解析などにも繋がるものと期待されます。またナノテク研究の共通基盤となる計測技術のひとつとして、金属の電気的な物性の解析など広い範囲で基礎的な研究・開発に貢献することが期待されます。

論文名:“Electrostatic potential screened by a two-dimensional electron system: A real-space observation by scanning tunneling spectroscopy”(二次元電子系により遮蔽された静電ポテンシャルの走査トンネル分光による実空間観察)

このテーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
  研究領域: 「情報、バイオ、環境とナノテクノロジーの融合による革新的技術の創製」
       (研究総括;潮田 資勝 北陸先端科学技術大学院大学 学長)
  研究期間: 平成14年度~平成17年度

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本件問合せ先:             
長谷川 幸雄(はせがわ ゆきお)
東京大学 物性研究所 ナノスケール物性研究部門
助教授
金子 博之(かねこ ひろゆき)
独立行政法人科学技術振興機構
特別プロジェクト推進室
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<用語解説>
*1 走査トンネル顕微鏡
  先端の鋭い針(探針)を試料表面に近づけ、探針試料間に流れるトンネル電流が一定になるように探針の高さを調整しつつ表面をなぞることにより、表面の凹凸像・原子像を得る顕微鏡。英語でscanning tunneling microscope、STMと略記される。

*2 走査トンネル分光
STMにおいて、探針試料間に印加する電圧を変化させた際のトンネル電流の変化を測定することにより、試料表面の電子状態のエネルギー準位を測定する手法。英語でscanning tunneling spectroscopy、STSと略記される。

* 3 金属的な表面層を持つシリコン基板
本研究では、表面に銀(Ag)を1原子層の厚さに蒸着したシリコン(Si)基板を用いた。この表面は、三角形状に並んだAg原子のクラスターが基板のSiの原子配列周期の√3倍の周期で規則正しく配列された構造(Si(111)-√3x√3Ag表面)を持つ。この表面層は金属的な電子状態を示すことから、半導体基板上に原子1層分の金属層が実現されている系として広く研究がなされている。

* 4 フェルミ波長
金属中の電子は、密度が増えるに伴い、波長の長くエネルギーの低い状態から徐々に波長の短い高いエネルギーの状態を持つようになる。フェルミ波長とは、電子の持つ状態のうち、最もエネルギーの高い状態での波長をいう。


<図>

 

図1

図1 (a)Si(111)-√3x√3Ag表面のSTM像と、(b)の拡大像で示される各点で測定した走査トンネル分光スペクトル(c)

 

図2

図2 図1の領域で測定された走査トンネル分光スペクトルのピークエネルギー値から測定された電位分布図(a)とそれをステップからの等距離位置で平均化して求めたプロファイル(b)

図3

図3 STM像(a)と同じ領域で測定された電位分布像(b)矢印に示す位置に電位の低い位置(黒い帯状の構造)が観察され、電位が振動している様子が観察されます。

 

 

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