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記者会見「インスリンによる学習の制御機構の解明-線虫C.エレガンスを用いた分子遺伝学的研究の成果-」研究成果

記者会見「インスリンによる学習の制御機構の解明-線虫C.エレガンスを用いた分子遺伝学的研究の成果-」

1 発表タイトル インスリンによる学習の制御機構の解明
-線虫C.エレガンスを用いた分子遺伝学的研究の成果-

2 注意事項 出版社の指示により、報道解禁は日本時間平成18年9月7日午前1時。それ以前の報道は厳禁。

3 発表日時 平成18年9月1日(金) 14:00~15:00

4 発表場所 理学部1号館2階205号室(第2会議室) ※末尾の地図参照。

5 発表者 東京大学遺伝子実験施設 助教授 飯野雄一
東京大学遺伝子実験施設 COE研究員 富岡征大

6 発表概要 インスリンが脳神経系にも作用することは知られていたが、その意義はよくわかっていなかった。今回、線虫という小動物を用いることにより、インスリンが学習にはたす役割が明らかになった。

7 発表内容

 インスリンは糖代謝の制御に関わるホルモンである。その異常が糖尿病などの疾病の原因となることはよく知られている。一方、インスリンが脳の神経細胞に作用することも知られ、この作用が学習記憶に関わるという推測もされているが、その働きはよくわかっていない。
  今回発表する研究では、線虫という小動物を用いることにより、この生物のインスリンが学習に必須の役割をすることが明確になり、どのように働くかについても詳細な知見が得られた。
  ヒトや哺乳類の脳は非常に多くの神経からなり(ヒトでは約1000億個と推測されている)、個々の神経細胞が果たす役割について調べることは容易でない。一方、今回研究に用いた線虫(C.エレガンス)は約300個の神経細胞しか持たないため、行動における個々の神経の役割を調べることができる(用語解説参照)。また、線虫C.エレガンスは、単純な神経系しか持たないにも関わらず学習をすることができる。
  線虫は哺乳類のインスリンと類似のINS-1という蛋白質を持っている。そこで、INS-1を持たない線虫を調べたところ、この線虫は以下のような学習をできないことが見いだされた。
  線虫は本来、食塩の味がすると食塩に近寄っていく性質を持つ。ところが、食塩に寄っていっても餌が得られないという経験をすると、その経験を記憶し、二度と食塩に寄っていかないようになる(図1)。INS-1インスリンを持たない線虫は、このような経験をしたあとでも、食塩に寄っていくという学習障害を示した。さらに、なぜ学習ができないのかを調べた結果、以下のようなINS-1インスリンの働きが明らかになった。
  食塩があると、ASERという感覚神経がそれを感じ、その信号をいくつかの神経細胞(介在神経)に伝える。そのうちのひとつがAIA神経である(図2)。INS-1インスリンはこのAIA神経から分泌されることがわかった。分泌されたINS-1はASER感覚神経に働きかける。INS-1の働きかけを受けたASER感覚神経の中ではPI3キナーゼシグナル伝達経路(用語解説参照)の蛋白質が働き、それによりこの感覚神経の性質が変化し、食塩の信号を介在神経に伝えなくなる。このことが、学習を行った線虫が、食塩があってもそれに寄っていかなくなることの原因であった。
  つまり、感覚神経から信号を受け取る側の細胞から、INS-1インスリンが分泌され、信号を送る側に逆に働いて感覚神経の働きをシャットオフするという制御機構が明らかとなった。学習に関するインスリンの神経回路での働きが行動レベルの解析で明らかになった世界で初めての例である。
  今回明らかになったINS-1の働きに関わる蛋白質は、ヒトや他の哺乳類でも共通のものが使われている。このことから、今回の発見を糸口に、われわれヒトや哺乳類におけるインスリンの脳での働きがより詳細に明らかになり、痴呆や記憶障害の改善のためにも役立つことが期待される。

8 発表雑誌   
Neuron誌 2006年9月7日号に掲載予定
Masahiro Tomioka, Takeshi Adachi, Hiroshi Suzuki, Hirofumi Kunitomo, William R. Schafer, Yuichi Iino “The insulin/PI 3-kinase pathway regulates salt chemotaxis learning in Caenorhabditis elegans”

9 問い合わせ先

○本件の内容に関する問い合わせ
東京大学遺伝子実験施設助教授 飯野雄一 

○この研究に関する意見を聞ける研究者
国立遺伝学研究所構造遺伝学研究センタ- 桂 勲 教授

10 用語解説
○ C.エレガンスについて:土壌に生息する非寄生性の線虫の一種で、正式名称はCaenorhabditis elegans。古くから分子遺伝学的解析に用いられており、1998年には多細胞生物で初めて全ゲノム配列の解読が完了した。われわれヒトの遺伝子数にも匹敵する約2万個の遺伝子を持ち、それらの中にはヒトの遺伝子と類似のものが多く存在する。生命現象を制御する分子機構を解析する上で有用なモデル生物である。
図

○ PI3キナーゼシグナル伝達経路について:細胞膜に存在する特定の受容体(インスリン受容体など)によって引き起こされる連鎖的な生化学反応。特定のリン脂質の化学修飾を触媒する酵素(PI3キナーゼ)が一連の生化学反応の中心的な働きを担う。遺伝子発現や細胞増殖などを制御している。癌や糖尿病などの病気や学習記憶への関与が知られている。

11 添付資料   
図

図. 線虫の学習を制御するインスリンの働き
線虫は食塩に近寄っていく性質を示す(図1上)。プレート上で黄白色の点に見えるものが個々の線虫である(1例を○で囲って指し示した)。ところが、塩に寄っていっても餌が得られないという経験をした線虫は塩に寄っていかなくなる(図1下)。介在神経AIAより分泌されたインスリンは、食塩を受容する感覚神経ASERに作用することで、この神経の性質を変化させ、食塩の信号を介在神経に伝えなくする(図2)。このようなインスリンの働きが線虫の学習を制御している。


 

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