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「鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染に重要なアミノ酸変異を発見」研究成果

「鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染に重要なアミノ酸変異を発見」

平成18年11月13日

科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報・ポータル部広報室)

 東京大学医科学研究所

鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染に重要なアミノ酸変異を発見

JST(理事長 沖村憲樹)と東京大学医科学研究所は、H5N1鳥インフルエンザウイルス(注1)の表面タンパク質であるヘマグルチニン(HA) (注2)において、182番目と192番目のアミノ酸が変異すると、ヒトの細胞に結合しやすくなることを発見しました。
インフルエンザウイルスは、HAと動物の細胞表面にあるレセプター(受容体)(注3)が結合して感染が始まります。一般的には、鳥インフルエンザウイルスのHAは鳥型レセプターに結合しますが、ヒト型レセプターにも結合できるように変化した場合、ヒトからヒトへと感染が広がり、世界的に流行する可能性が高まります。しかし、H5N1鳥インフルエンザウイルスがヒト型レセプターと結合できるようになるメカニズムについては、ほとんどわかっていませんでした。
本研究チームは、H5N1鳥インフルエンザウイルスについて、ヒトに感染したウイルス21株、鳥に感染したウイルス5株、それぞれのレセプター特異性を解析しました。その結果、ヒトに感染したウイルス数株はヒト型レセプターに結合する変異を獲得しており、ウイルスのヒト型レセプターへの結合には、HA上の182番目と192番目のアミノ酸変異が大きく関与することが示されました。
この研究成果は、HAのこの部位のアミノ酸変異を、H5N1鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染するリスクの評価指標とすることができることを示しています。また、この部位に変異を有するウイルスが出現した場合、ヒトに感染が拡大しないよう、適切かつ迅速にウイルスを封じ込める必要があるといえます。
本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「免疫難病・感染症等の先進医療技術」研究領域(研究総括:山西弘一)の研究テーマ「インフルエンザウイルス感染過程の解明とその応用」の研究代表者・河岡義裕(東京大学医科学研究所 教授)らによって得られたもので、英国科学雑誌「Nature(ネイチャー)」に2006年11月16日(英国時間)に公開されます。

<研究の背景>
2003年以降、H5N1高病原性鳥インフルエンザがアジアを中心に流行し、家禽のみならずヒトにも感染しています。2005年~2006年にかけては、中東、アフリカ、欧州にまで拡散し、それに伴い、ヒトへの感染は年々増加しています。幸い世界的流行(パンデミック)(注4)は起こっていませんが、ヒトへの感染事例が増加すると、それだけ世界的流行を起こしうる新型インフルエンザウイルス出現の可能性が高まります。なぜなら、ヒトでの感染を繰り返すうちに、ヒトで効率よく増殖するウイルスが出現するためです。
インフルエンザウイルスは、ウイルス膜表面にある糖タンパク質のひとつであるヘマグルチニン(HA)が、動物の細胞表面にあるレセプター(受容体)と結合して感染が始まります。鳥に感染するインフルエンザウイルスは、レセプターとしてガラクトースにα2,3結合しているシアル酸 (注5)を主に認識するのに対し、ヒトに感染するウイルスは、レセプターとしてガラクトースにα2,6結合しているシアル酸を主に認識します。レセプターを認識するHAの違い(レセプター特異性)が、どの動物に感染するかということを大きく左右することが知られています。しかし、H5N1鳥インフルエンザウイルスが、どのような変異を獲得した場合に、ヒト型のレセプターと結合するようになるのか、その分子メカニズムは解明されてきませんでした。

<研究成果の概要>
本研究ではH5N1鳥インフルエンザウイルスについて、鳥に感染したウイルス5株、および、ヒトに感染したウイルス21株のレセプター特異性の解析を行いました。
ヒトに感染したウイルスは、2004年から2005年にかけてタイやベトナムでヒトに感染したH5N1鳥インフルエンザウイルス、および、インフルエンザウイルスの遺伝子情報に関するデータベースに登録された塩基配列を基にプラスミド(注6)を作製し、リバースジェネティクス法(プラスミドからウイルスを人工的に作製する方法)により作製したウイルスを用いました。
鳥に感染したウイルス5株は、鳥型レセプターのみと結合したのに対し、ヒトに感染したウイルスは、数株が鳥型レセプターのみならずヒト型レセプターとも結合しました。中でも、3株がヒト型レセプターへの顕著な親和性を示しました。そのうち2株については、192番目のアミノ酸がQ→R(グルタミン→アルギニン)、139番目がG→R(グリシン→アルギニン)、182番目がN→K(アスパラギンからリシン)に変異しており、これらのアミノ酸変異が大きく関与していることがわかりました。残りの1株については、同じくHA内の193番目のアミノ酸変異(N→K、アスパラギンからリシン)が若干の結合を示しましたが、単独で顕著にヒト型レセプターとの結合に関与する変異ではなく、複数のアミノ酸の変異の集積によりヒト型レセプターと結合できるようになっていることがわかりました。
現在、H5N1鳥インフルエンザウイルスは、系統学的に3つのクレード(分岐群、clade)に分類されています。本研究で解析したウイルスは、タイやベトナムで流行した株で、クレード1に属します。2005年~2006年にかけて中国やインドネシアで流行した株や、中東やアフリカ、欧州にまで拡散した株はクレード2に属します。そこで、クレード1におけるHA内のアミノ酸の変異(192番目のQ→R、139番目のG→R、182番目のN→K、193番目のN→K)が、クレード2に属する株で起こったときにも、同様にヒト型レセプターと結合するように変化するか否か解析を行ったところ、192番目のQ→Rと193番目のN→Kはヒト型レセプターに結合するようになりましたが、182番目のN→Kと139番目のG→Rはヒト型レセプターへの結合を示しませんでした。しかしながら、182番目のN→Kは両クレードのウイルスに共通して、鳥型レセプターへの親和性を低下させました。鳥型レセプターとの親和性を減少させることも、ヒトに感染するようになる適応過程で重要であると考えられます。
また、これらのアミノ酸変異のレセプター結合における関与について、コンピュータ上で結合の構造を解析した結果、182番目のN→Kと 192番目のQ→Rに関しては、水素結合によりヒト型レセプターとの親和性を高めている可能性が示唆されました。これらの結果により、182番目や192番目のアミノ酸変異は、ヒト型レセプターの認識に大きく関与しうることが示されました。

<今後の展開>
182番目や192番目のアミノ酸変異の獲得によりH5N1鳥インフルエンザウイルスがヒトにおいて効率よく増殖することが予想されます。ただ、ヒトでの効率の良い増殖、伝播のためには、ポリメラーゼ遺伝子(注7)における変異など、他の要因も重要であるため、上記変異を持つウイルスが、即世界的流行を起こしうるウイルスにつながるとは言いきれません。
しかしながら、この部位に変異をもつウイルスがヒトで感染を繰り返すようなことがあると、ヒトで効率よく伝播するウイルスの出現する可能性が非常に高くなります。したがって世界的流行を引き起こす可能性を十分秘めたウイルスであることは間違いないといえます。そのため、本研究が明らかにしたアミノ酸変異は、今後、新型H5N1鳥インフルエンザウイルスの出現を監視する上で注目すべき変異で、182番目や192番目のアミノ酸に変異を持つウイルスが出現したときは、発生地域における調査監視(サーベイランス)を強化し、徹底した封じ込め政策を実施するなど、新型H5N1鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染するリスクを評価するための指標となると期待されます。

<用語解説>
(注1)H5N1鳥インフルエンザウイルス:
A型、B型、C型と大きく3種類に分かれるインフルエンザウイルスの中で、ウイルスが変化しやすく過去に何度か世界的流行を起こしてきたA型インフルエンザウイルスは、ウイルス膜表面にある2つの糖タンパク質、ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の抗原性(抗体物質と結合することができる性質)の違いにより、さらに細かく亜型が分類されています。現在までに、HAでは、16種類(H1からH16)、NAでは、9種類(N1からN9)の亜型が報告されています。H5N1というのは、H5亜型、N1亜型に分類されるインフルエンザウイルスのことです。H5N1鳥インフルエンザウイルスは、家禽に対して高い病原性を示すことが多く、稀にヒトに感染した場合においても高い致死率を示します。

(注2)ヘマグルチニン(HA):
ウイルス膜表面タンパク質のひとつで、HAが動物細胞の表面にあるレセプター(受容体)と結合することで、ウイルス粒子が細胞に取り込まれ、感染が開始されます。

(注3)レセプター(受容体):
一般に、外界からの刺激や情報を受け取るための細胞表面にある分子、またはその複合体のことをいいます。インフルエンザウイルスは、レセプターとして細胞表面にあるシアル酸と結合します。

(注4)世界的流行(パンデミック):
ある感染症が世界的に流行することを言います。その病原体が免疫学的に未経験である場合、その被害は大きく、1918年のH1N1インフルエンザウイルスの流行(スペイン風邪)では、4,000万人以上が死亡したと言われます。その後も、1957年にH2N2亜型の流行(アジア風邪)、1968年にH3N2亜型の流行(香港風邪)が起きています。

(注5)シアル酸とガラクトースの結合:
シアル酸は、細胞表面の糖タンパク質や糖脂質の糖鎖の末端にある糖の1種です。ガラクトースとは、乳製品や甜菜(テンサイ)などに天然に存在する他、ヒトの体内でも合成され、糖タンパク質や糖脂質の糖鎖の一部を形成します。シアル酸は、糖鎖の中でガラクトースと結合していることが多く、その結合様式は、ガラクトースとα2,3結合しているものやα2,6結合しているものなどがあります。

(注6)プラスミド:
細菌などの細胞内で、染色体のDNAとは独立して複製されるDNA分子の総称です。遺伝子組み換えの際に、遺伝子の「運び屋」として広く利用されています。

(注7)ポリメラーゼ遺伝子:
RNAやDNAを合成する酵素「ポリメラーゼ」の遺伝子。インフルエンザウイルスは、自身のもつRNAポリメラーゼにより、感染した細胞内でウイルスRNAの転写や複製を行い、子孫ウイルスを増やします。ポリメラーゼの働きの善し悪しはウイルスの増殖に大きく影響します。

<論文名>
「Hemagglutinin mutations responsible for binding to human-type receptors in H5N1 influenza A viruses」
  (H5N1インフルエンザウイルスのヘマグルチニンがヒト型レセプターを認識するのに必要なアミノ酸変異)

<研究領域>
  この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

○戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域:「免疫難病・感染症等の先進的医療技術」
(研究総括:山西 弘一 独立行政法人医薬基盤研究所 理事長)
研究課題名:「インフルエンザウイルス感染過程の解明とその応用」
研究代表者:河岡 義裕 東京大学医科学研究所 教授
研究期間:平成13年度~平成18年度


<お問い合わせ先>
河岡 義裕(かわおか よしひろ)
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ウイルス感染分野

佐藤 雅裕 (さとう まさひろ)
独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 
研究推進部 研究第一課

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