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記者会見「生物化学発光定量計測装置開発でえられたホタル発光の効率と色決定機構の新事実」研究成果

記者会見「生物化学発光定量計測装置開発でえられたホタル発光の効率と色決定機構の新事実」

1. 発表日時 平成19年12月4日(火)14時30分より

2. 発表場所 東京大学安田講堂4階会議室 (本郷キャンパス)

3. 発表タイトル
生物化学発光定量計測装置開発でえられたホタル発光の効率と色決定機構の新事実

4. 発表者
東京大学物性研究所・准教授 秋山英文
(東京大学物性研究所・研究員 安東頼子)
(産業技術総合研究所、北海道大学大学院医学研究科・教授 近江谷克裕)
(アトー株式会社技術開発部 久保田英博)

5. 発表概要

生物発光(ホタルやオワンクラゲなど)や化学発光(ルミノールなど)の絶対発光量を定量的に計測できる分光計測装置を開発した。開発した装置・技術は、生物科学研究のためだけでなく、臨床検査・衛生検査などに用いる発光マーカーおよび分析装置の定量性・互換性を確保し生物発光の産業応用を進めてゆくための規格化・標準化技術としても重要である。
この装置を用いて、ホタル生物発光の効率(量子収率)と色の成分(スペクトル)を定量計測することに成功した。得られた結果は、ホタル発光の非常に高い効率と色変化のしくみに関する50年来の定説に異論を唱えるものであった。すなわち、量子収率の値は41.0±7.4%であり、これまで定説となっていた88%以上の特異的に高い量子収率とは大きく異なっていた。また、色変化についても、緑色発光の量だけが赤色発光と独立に増減して全体としての色変化を起こしていることが示され、黄緑色発光種と赤色発光種が化学平衡により遷り変わって色変化を起こすというこれまでの定説に強い疑いを示した。

6. 発表内容

[背景] 
ホタル生物発光は、酵素たんぱく質ルシフェラーゼの中で、有機分子ルシフェリンがMgイオンやATPの助けを借りつつ酸素と反応して(酸化されて)オキシルシフェリンに変わり、その反応エネルギーの一部が光として放出されるものである。これらの物質をホタルからの抽出精製や化学合成により調整して水溶液中で反応させれば、試験管内でホタル生物発光を再現することができる。発光生物は多数存在するがその中でもホタルは古くからもっとも詳しく研究されてきたものであり、ホタル生物発光は、その発光効率が高いことと、溶液のpHによって発光色が黄緑色から赤色に変化することなどが特徴としてよく知られている。
ホタル生物発光の高い発光効率は、「量子収率」(ルシフェリン1分子の反応から1光子が放出される確率として定義される)が、88%という他に例を見ないほど高い値であることで有名である。しかし、この88%という値は今から約50年も前の1959年に、いくつかの人為的な仮定に基づき、かつ当時の限られた測定技術を用いて評価された値そのままの引用である。しかも、当時の文献などを調査して解ったことであるが、当時の測定に用いた試料には純度の面で問題があったことが後になって判明してデータの自己矛盾が示唆され追試の必要性が強く指摘されていた事実もある。それにもかかわらず、88%の値は広く知れわたり定着してしまったため、これまで検証や追試がなされてこなかったという歴史的経緯がある。
pHに伴う色変化の機構も、当時から非常に関心をもたれ今日まで盛んに研究されてきた。色変化のスペクトルデータは、黄緑色の発光種と赤色の発光種がpH化学平衡により遷り変わっていると解釈され、発光種の様々な微視的なモデルが提唱さてきた。しかし、全ての実験結果を無矛盾に説明できるモデルは未だ無く、色変化の機構は決着していないのが現状である。効率が高く制御性のよい生物発光は、発光システム・発光デバイスの理想型として、生物学のみならず化学、物理学、電子工学などの研究者の注目する的となっている。
ホタルの発光系は、このように基礎科学的に関心を持たれているが、そればかりではなく、近年の遺伝子組み換え技術やクローニング技術の進歩と相まって、バイオテクノロジー分野での応用がすでに盛んである。遺伝子発現のレポーター試薬・マーカーや、ATPを検出する衛生検査試薬などはその代表例であり、最近ではさらに、切除すべきがん細胞の可視化・画像化など、医学医療現場での応用可能性も注目されている。ホタルをはじめ様々な生物発光を用いたマーカー・試薬の開発とその応用のためには、発光の定量評価が重要で、そのための規格や標準の検討・技術開発が強く求められている。

[成果1] 
こうした背景のもと、東京大学物性研究所・秋山研究室、産業技術総合研究所・近江谷研究室、アトー株式会社・久保田チームからなる共同研究グループは、生物発光や化学発光の絶対発光量を定量的に分光計測することの必要性・重要性を強く認識して、これまで協力して技術開発を行ってきたが、今回その分光計測装置を完成させることに成功した。この装置は、溶液から四方八方に放射される全光束に含まれる光の量(光子の絶対数)を、発光の各波長もしくはエネルギーに対して計測することができる分光計測装置(発光スペクトロメータ)である。可視域の任意の発光色をもつ試料に対して計測が可能で、得られたスペクトルの全積分から発光総光子数が求められ、量子収率を決定することができる。実際、今回のホタルの発光計測に先立って、過去に量子収率の定量計測の蓄積が存在するほぼ唯一の発光系であるルミノール化学発光について量子収率測定を行い、良い一致を確かめている。
この装置は、作為的あるいは近似的な仮定を使わず、物理学的に正当な手順・技術・ツールのみを用いてそれらのつみあげによって光量の絶対値が校正されることが重要なポイントである。このため、発光量の絶対値の決定精度は、国家標準・国際標準として決定・供給される光パワーおよびスペクトル分布の標準へトレーサブルにすることができる。また、実際の生物化学発光の計測に必要な、溶液の混合と反応を行うための機構や微弱発光を計測するための高い検出感度など、実用的な要請も満たすように作製してある。本開発は、生物科学研究のためだけでなく、臨床検査・衛生検査のための発光マーカーや分析装置の規格化・標準化を進め、生物発光計測の定量性・互換性を確立し産業応用を組織的に発展させてゆくための技術としても重要である。

[成果2] 
我々は、この装置を用いて、北米産ホタル(Photinus Pyralis)生物発光の量子収率とスペクトルを定量計測し、それらのpH依存性を明らかにすることに成功した。得られた結果は、ホタル発光の非常に高い効率と色変化のしくみに関する50年来の定説に異論を唱えつつ新たな定量データを提示するものであった。
北米産ホタルの生物発光の量子収率は、バッファー溶液の種類など反応条件にあまり依存せず安定して再現性よく測定された。しかし、その値は41.0±7.4%であり、これまで定説となっていた88%以上という特異的に高い量子収率とは大きく異なった。
また、定量計測された発光スペクトルは、緑色発光の量だけが赤色発光と独立に増減して全体としての色変化を起こしていることを示すものであった。したがって、黄緑色発光種と赤色発光種が化学平衡により遷り変わって色変化を起こすというこれまでの定説には強い疑いを示すかたちとなった。
さらに、我々は、得られた発光スペクトルが、1.85 eV, 2.0 eV, 2.2 eVにそれぞれピークを持つ3つのガウス型発光成分を仮定することにより定量解析できることを見出した。そして、2.2 eVのピーク成分の強度がpHに依存して変化し、一方、1.85 eVと2.0 eVにピークを持つ2つの成分の強度はpHにあまり依存しない様子を、量子収率のうちわけとして定量的にプロットに示すことができた。
これらの定量的な実験および解析は、ホタル発光の詳細な機構を解明・利用してゆくために最も基本的でかつ重要な知見であるうえに、他種のホタルやホタル以外の生物発光研究のモデルケースとしても非常に重要である。

[展望]
開発した装置は、さらに校正の精度を高めてゆくとともに、普及型の汎用市販装置として完成させ、生物化学発光の基礎研究と応用開発研究の両方の発展に貢献したい。
また、日本のゲンジホタル・ヘイケホタルや、鉄道虫や光コメツキムシなど、ホタルファミリーの類似生物発光系、さらに、オワンクラゲや海ホタルなど異種生物発光系の定量計測と定量解析・比較を進め、生物発光機構のさらなる理解につなげてゆきたい。

7. 発表雑誌

公開解禁日時: 日本時間12月10日(月曜日)午前3時
英国学術雑誌「Nature Photonics」2008年1月 (オンライン版2007年12月9日公開)
論文タイトル: “Firefly bioluminescence quantum yield and colour change by pH-sensitive green emission”
著者名: 安東頼子(東大物性研)、丹羽一樹(産総研)、山田展之(アトー(株))、入江勉(アトー(株))、榎本敏照(アトー(株))、久保田英博(アトー(株))、近江谷克裕(産総研・北大医)、秋山英文(東大物性研)

8. 共同研究各代表者および問合せ先

秋山英文   東京大学物性研究所 先端分光研究部門 准教授
〒277-8581千葉県柏市柏の葉5-1-5  
電話04-7136-3385

近江谷克裕(おうみや よしひろ) 北海道大学大学院医学研究科 教授
TEL: 011-706-5042
産業技術総合研究所 セルエンジニアリング研究部門
〒563-8577 大阪府池田市緑丘1-8-31 TEL: 072-751-7997

久保田英博   アトー株式会社・技術開発部 http://www.atto.co.jp
〒133-8425東京都文京区本郷1-25-23
電話03-5684-6644

9. その他 

 本研究の基幹部分は、東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻における安東頼子氏の博士論文研究として行われた。また、本研究は、国立大学法人東京大学物性研究所・運営費交付金、独立行政法人科学技術振興機構・独創的シーズ展開事業(独創モデル化)および戦略的創造研究推進事業研究費を受けて行われた。

 


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