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世界初の巨大磁気抵抗効果を示す有機物質の開発に成功研究成果

世界初の巨大磁気抵抗効果を示す有機物質の開発に成功

1.タイトル:「世界初の巨大磁気抵抗効果を示す有機物質の開発に成功」

2.発表概要:
世界に先駆けて、磁性金属元素を全く含まない有機ドナーラジカル分子の結晶により、巨大磁気抵抗(磁場を加えると抵抗が大きく変化する現象)を実現した。

3.発表内容:
社会的背景 2007年のノーベル物理学賞が「巨大磁気抵抗効果の発見」という業績に対して与えられたことは、記憶に新しい。なお、発見当時の性能は、4.2 K、1 T (テスラ)における抵抗の減少率が50 %というものであった。この発見を契機として、磁性(磁石に応答する性質)と導電性(電気を通す性質)という二つの性質をうまく利用する技術の進歩は、ハードディスクのヘッド(GMRヘッド)の記録密度の飛躍的向上をもたらした。また最近、次世代のエレクトロニクスとして、電子のもつ電荷(+,-)だけではなく、磁石としての性質(電子スピンの向き(↑,↓))をも利用する「スピンエレクトロニクス」の研究が、精力的に展開されている。

発見の背景 これまで、「スピンエレクトロニクス」研究は、強い磁性を担いうるd軌道の電子と、電気伝導を担うs軌道の電子が存在する鉄やマンガン、コバルトといった磁性金属元素を中心に進められてきた。一方、自然界には、磁性を担う電子と伝導電子が相互作用するような有機物質は存在せず、そのような物質を人工的につくろうという研究も殆ど行なわれていなかった。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の菅原教授らは、1990年代より、有機分子上で、磁性を担う電子と電気伝導を担う電子を両立させ、さらにその間に相互作用を持たせるための分子設計指針を提案してきた。このたび、菅原正教授と松下未知雄助教(現名古屋大学大学院理学研究科准教授)の研究グループは、この分子設計に沿った有機物質が、「巨大負性磁気抵抗(物質に磁場をかけると抵抗が大きく減る現象)」効果を示すことを、世界で初めて確認した。この発見により、有機物質がスピンエレクトロニクスの材料となりうる可能性が拓けた。

発見の詳細 菅原教授らは、昨年、有機ラジカル分子ESBN(添付資料 図1)を2分子に1個の割合でドーピングしたイオン結晶(ESBN)2?ClO4が、「負性磁気抵抗」を示すことを報告している。しかし当時報告した試料では、磁気抵抗の性能を示す指針である磁気抵抗比(磁場の印加による抵抗の減少比)が、最大でも5%程度と小さかった。ところが今回、より良質の結晶の調製に成功したこと、測定法の改良を行なったことにより、磁気抵抗比が70%(温度2 K、磁場9 T)にも達することを確認した(添付資料 図2)。なお、この物質の低温での電流値は、電圧に関して高次の次数に比例している。つまり、低温で観測される磁気抵抗は、非線形な電場と磁場の相乗効果によりもたらされたということができる。70%という大きな磁気抵抗は、巨大磁気抵抗(GMR)の範疇に分類されるものであり、無機材料による磁気抵抗素子と比肩するものである点が注目される。

意義と波及効果 井口博士らによる有機半導体の発見や、ノーベル賞受賞対象となった白川博士のポリアセチレンの導電性に関する研究で広く知られるように、電気が流れる有機物質が誕生し、すでに有機物によるトランジスタやEL素子は実用化されている。一方、磁石になる有機物質も、出現してから20年近くになる。今回、巨大磁気抵抗効果を示す有機物質の実現によって、
計算や情報の保持、読み出しにそれぞれ必要な機能を備えた有機分子が全て揃ったことになり、有機分子をベースとした集積回路の実現を目指した研究が本格的に進展するものと期待される。有機分子は、自己組織化能や柔軟性といった金属材料にはない特性を持っており、それらを活かすことで、可塑性を持ち、学習によって機能を獲得するといった生物の脳神経回路に似た全く新しいタイプの情報素子が誕生するかもしれない。具体的な材料として利用する上では、この性質が現れる温度の向上(現在は20 K以下の低温でのみ現れる)を図る必要があるものの、すでに室温での動作を視野に入れた物質開発が進んでいる。

4.発表雑誌:
5月15日付けのアメリカ物理学会誌Physical Review B誌に掲載予定のこの論文は、掲載論文の中で特に注目すべき内容の論文として、編集長推薦(Editor’s Suggestions:この制度は,Physical Review 誌50周年を祝い今年の4月から開始された)に採択された。
Molecule-based System with Coexisting Conductivity and Magnetism and without Magnetic Inorganic Ions
Michio M. Matsushita, Hironori Kawakami, Tadashi Sugawara*, and Masao Ogata

5.注意事項:なし
Physical Review B誌のWebページ(http://prb.aps.org/accepted)上で、すでにタイトルとアブストラクトを読むことが可能となっている。詳細は、菅原研究室のURL上で見ることができる。

6.問い合わせ先:
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授 菅原正
東京都目黒区駒場3-8-1
URL http://pentacle.c.u-tokyo.ac.jp

7.用語解説:
巨大負性磁気抵抗
磁場を印加すると電気伝導性が減少する現象を負性磁気抵抗効果と呼ぶ。減少する割合が50%を超える場合は、巨大磁気抵抗物質に分類される。
「巨大磁気抵抗の発見」によるノーベル物理学賞の受賞
Grunberg博士は1988年に、鉄・クロム・鉄の三層からなる薄膜が、室温で1%程度の磁気抵抗を示すことを発見した。ほぼ同時期に、Fert博士らは、鉄とクロムを交互に積層した多層膜(~60層)が、4.2Kで約50%の磁気抵抗を示すことを発見した。これらの業績により、両者は2007年のノーベル賞を受賞した。

イオン塩
有機物に伝導性を持たせるには、少し電子を抜く(p-ドープ)あるいは電子を加える(n-ドープ)ことが有効である。電子を抜くと有機物が正の電荷をもつため、陰イオン(塩化物イオン、過塩素酸イオンなど)との塩を形成する。

有機ドナーラジカル
有機分子のうち特に電子を他の物質に与えやすいものをドナーと呼ぶ。また、不対電子をもつ分子をラジカルとよぶ。ドナーラジカルとは、電子を与えやすい分子に安定なラジカルを共有結合で組み込んだ分子で、そのつなぎ方に工夫(パイ交差共役を利用)があるため、磁性と伝導性を併せ持つ物質が誕生した。

スピンエレクトロニクス
エレクトロニクスは、電子の電荷(+,-)を利用しているが、さらに磁性の起因である電子スピンの向き(↑,↓)を情報として利用する点で、次世代のエレクトロニクスとして注目されている。

8.添付資料:

図



 

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