海産珪藻と淡水珪藻の対照的な細胞サイズの進化研究成果

海産珪藻と淡水珪藻の対照的な細胞サイズの進化
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「海産珪藻と淡水珪藻の対照的な細胞サイズの進化」
1.発表者:
吉山 浩平 東京大学海洋研究所 特任研究員
Elena Litchman ミシガン州立大学 助教
Christopher Klausmeier ミシガン州立大学 助教
2.発表概要:
珪藻類は地球上の物質循環において大きな役割を担い,その役割は,細胞のサイズに大きく依存する.世界の海洋・湖沼で得られたデータから,海洋と湖沼の間で珪藻類のサイズ構成が根本的に異なることが,本研究により明らかになった.さらに,進化ゲーム理論モデルの解析により,その根本的な違いを説明するメカニズムを提案した.
3.発表内容:
珪藻類は地球上の総光合成生産の約1/4を担う単細胞植物である.海洋・湖沼に広く分布し,生態系における炭素・物質循環において大きな役割を果たす.珪藻のうち比較的小さな種類は,表水層で動物プランクトンなどに捕食されるため,光合成により固定された炭素は表水層で消費される.一方,大きな珪藻種は沈降速度が速いため(注1),固定された炭素は表層で消費される事なく深水層へと運ばれる(生物ポンプ,注2).このように珪藻類が食物網と物質循環に果たす役割は,その細胞サイズに大きく依存する.
珪藻類の細胞サイズは非常に多様である事が知られている(注3)が,どのように様々なサイズが進化してきたのかは未だに謎の部分が多い.その謎を解く鍵は海洋と湖沼における珪藻類のサイズ構成の違いにあるかもしれない.
本研究ではまず,世界の海洋・湖沼における珪藻の細胞サイズを比較した.その結果,海産珪藻は淡水珪藻より平均で10倍以上大きい事が明らかになった.そこでこのサイズの違いを説明するため,栄養塩を巡る珪藻種間の競争を表す進化ゲーム理論モデル(注4)を解析した.その結果,海産珪藻と淡水珪藻の細胞サイズの違いは,二つの生態系の間の(1)光合成を制限する栄養塩類の種類の違い,(2)物理的撹拌による栄養塩供給の頻度の違い,および(3)表水層の厚さの違い,により説明できることが明らかになった.これらの環境要因は,人為的富栄養化,地球温暖化などの環境変動により今後大きく変化する可能性がある.そのためこの発見は,環境変動に伴い海洋における珪藻類のサイズ構成が大きく変化し,その結果,食物網構造と地球物質循環が大きく変化する可能性があることを示唆している.
4.発表雑誌:
米国科学アカデミー紀要(PNAS, The Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America,http://www.pnas.org/)
5.注意事項:
解禁は、日本時間2月3日(火)午前7時(新聞は、2月3日夕刊)
6.問い合わせ先:
吉山 浩平 東京大学海洋研究所 特任研究員
7.解説:
(注1)細胞の密度が同じ場合,沈降速度は一般的に直径の二乗に比例する(ストークスの法則).そのため,珪藻の細胞サイズが大きくなると沈降速度は速くなる.
(注2)珪藻によって海洋表層で固定された二酸化炭素が,沈降により海洋深層へ運ばれる現象は「生物ポンプ」と呼ばれ,地球上の炭素循環において大きな役割を担っている.
(注3)珪藻の大きさは,最小で直径数マイクロメートル,最大のもので直径数ミリメートルにおよぶ.この違いは最小と最大の哺乳類(最小:トガリネズミ,最大:シロナガスクジラ)の大きさの違いに匹敵する.
(注4)一般の生態系モデルでは,栄養塩取り込みや光合成といった,生態系の各構成種の特性は変化しないが,進化ゲーム理論モデルでは,生態系の各構成種がそれぞれの特性を適応的に変化させ,安定な群集へと進化することを考慮する.