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記者会見「世界初、伸び縮みする有機ELディスプレイの作製に成功―印刷によるゴムのような電気配線で実現―」研究成果

記者会見「世界初、伸び縮みする有機ELディスプレイの作製に成功―印刷によるゴムのような電気配線で実現―

東京大学大学院工学系研究科・大日本印刷株式会社 臨時合同記者会見

1.発表日時: 2009年5月7日(木曜日)14:00 ~ 15:00 

注:本資料内容に関する解禁日(ロンドン時間5月10日午後6時:日本時間5月11日午前2時、新聞は同日朝刊から)以前の報道につきましては、ご遠慮頂きたく存じます。

2.発表場所: 東京大学 工学部 列品館2階 中会議室
        (本郷キャンパス:文京区本郷7-3-1)

3.発表タイトル:
世界初、伸び縮みする有機ELディスプレイの作製に成功
――地球儀や人体の形をしたディスプレイも可能に――

4.発表者
染谷 隆夫(東京大学大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授)
前田 博己(大日本印刷株式会社 アンビエントエレクトロニクス研究所長)

5.概要
国立大学法人東京大学(総長 濱田純一)の染谷隆夫教授(東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻[注1])を中心とした研究チームは、世界初となる伸び縮みする有機ELディスプレイ[用語1]の作製に成功した。
このディスプレイは、電気を流すゴムのような新素材(伸縮性導体[用語2])を配線として印刷することで実現された。染谷らは、2008年8月に伸縮性導体を発表しているが、材料の粘性が低く印刷できなかった。今回、ジェットミル法[用語3]を使った独自プロセスによって、添加剤としてゴムに混ぜられている単層カーボンナノチューブをより均一に分散できるようになり、高粘性ペースト材料が実現された。その結果、伸縮性配線を100マイクロメートル精度で印刷できるようになった。さらに、化学的に安定なエラストマー(ゴム状の弾性体)としては世界最高導電率102ジーメンス/センチメートル(従来は57ジーメンス/センチメートル)、伸縮率118%(従来は38%)が実現された。
伸縮性導体を使った有機ELディスプレイは、有機トランジスタ[用語4]のアクティブマトリックス方式[用語5]で駆動され、画素数は16×16である。30~50%引き伸ばしても機械的・電気的な劣化がないことが確認された。伸縮自在なディスプレイを利用すると、自由曲面や可動部の表面にも貼り付けられることができるため、ユニークな機器デザインが可能となり、ディスプレイの新用途が急速に拡大するものと期待される。
本研究は、関谷毅助教(東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻)、大日本印刷株式会社(社長 北島義俊、以下DNP)研究開発センターの中島宏佳博士、前田博己博士(アンビエントエレクトロニクス研究所長)、相田卓三教授(東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 [注2])、独立行政法人理化学研究所(理事長 野依良治)基幹研究所の福島孝典博士(物質機能創成研究領域機能性ソフトマテリアル研究チーム チームリーダー)、独立行政法人産業技術総合研究所(理事長野間口有)ナノチューブ応用研究センターの畠賢治博士(スーパーグロースCNTチーム 研究チーム長)らと共同で進められた。
本研究の技術詳細は、英国Nature Materials誌オンライン版にて2009年5月11日に出版される。

注1:東京大学 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構 教授を兼担
注2:独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業発展研究「分子プログラミングによる電子ナノ空間の創成と応用」研究代表者・独立行政法人 理化学研究所基幹研究所物質情報変換化学研究グループ グループディレクターを併任

6.内容

染谷らは、世界初となるプリンタブルな伸縮性導体の開発に成功した。さらに、このプリンタブルな伸縮性導体を有機トランジスタのアクティブマトリックス[用語5]の配線に応用することによって、これも世界初となるゴムのように伸縮自在なシート状の有機ELディスプレイを実現した。

【プリンタブル伸縮性導体】 プリンタブルな伸縮性導体は、単層カーボンナノチューブ[用語6]をイオン液体(塩でありながら室温で液体の物質 [用語7])で解きほぐし、フッ素系共重合ポリマー(以下、フッ素系ポリマー) [用語8]に分散させることによって作製される。染谷らは、2008年8月に伸縮性導体を発表しているが、材料の粘性が低く印刷できなかった。今回、ジェットミル法を使った独自プロセスによって、高粘性のペースト材料が実現できた。このペーストは、スクリーン印刷によって容易に微細なパターンを形成することができる。実際に、ゴムシートシート上に伸縮性配線を100マイクロメートル精度で印刷した。
  プリンタブル伸縮性導体の電気的・機械的特性として、化学的に安定なエラストマー(ゴム状の弾性体)としては世界最高導電率102ジーメンス/センチメートル(従来は57ジーメンス/センチメートル)、伸縮率118%(従来は38%)が実現された。このように高導電性と高伸縮性に優れる新素材を開発できたポイントは、ジェットミル法によって、単層カーボンナノチューブをプロセス途中で切れて短くならずにフッ素系ポリマー中に均一に分散できるようになったことによる。実際に電子顕微鏡写真によって、数本が束となったナノチューブが均一にフッ素系ポリマーに分散され、ナノスケールで導電性ネットワークが形成されていることが確認されている。
  単層カーボンナノチューブは、通常は沢山のナノチューブが集まって束を形成するため、ポリマーに均一に分散せることは困難であった。2008年8月の発表では、まず束状のナノチューブをイオン液体によって解きほぐし、バッキーゲル[用語9]と呼ばれる黒いゲル状の物質を作り、次に、このバッキーゲルをフッ素系ポリマーと混ぜ合わせて、伸縮性導体を作製していた。この際に、プロセスに超音波を利用していたため、ナノチューブがこの過程で長さが短くなるという問題があったが、ジェットミル法によってこの問題が解決できた。

【伸縮性有機ELディスプレイ】 有機トランジスタと有機EL素子をプリンタブル伸縮性導体の配線で集積化することによって、ゴムのように伸縮自在なアクティブマトリックス駆動による有機ELディスプレイシートを実現した。有機ELディスプレイの実効面積は10×10 cm2であり、画素数は16×16である。1画素は、1つの有機EL素子、2つの有機トランジスタ(駆動用トランジスタと画素選択用トランジスタ)、1つのキャパシタによって構成されている。この1画素の構成要素をポリイミドフィルムの小片に作製し、この小片をゴムシートに約5ミリ間隔で格子状に並べ、プリンタブル伸縮性導体によって配線(データー線とスキャン線)を作製する。有機トランジスタのチャネル層には、ペンタセンが用いられている。プリンタブル伸縮性導体の開発の他に、フレキシブル基板上の有機EL素子に屈曲、伸縮に伴って水、酸素が浸入しにくい素子構造など、本研究のため開発された独自の新技術によって、伸縮性の有機ELディスプレイの作製が初めて可能になった。
  伸縮性導体を配線に使った有機EL素子の輝度(駆動電圧40Vで364cd/m2)は、銅配線の有機EL素子の輝度(同条件で408cd/m2)と比較しても約10%しか減少しなかった。また、伸縮性の有機ELディスプレイは、30~50%引き伸ばしても機械的・電気的な劣化がない。実際に、球面上にこのディスプレイを貼り付けた状態でアクティブマトリックス動作を確認した。伸縮自在なディスプレイを利用すると、曲面や可動部の表面にも貼り付けられることができるため、ディスプレイの新用途が急速に拡大するものと期待される。

【研究開発の経緯】 有機トランジスタは、シリコンなど従来の無機材料素子とは違って、低温プロセスでプラスティックフィルム上に形成できるため、軽くて、曲げられる電子機器を作ることができる。また、印刷技術で製造できるため、面積の大きなものを作る場合の製造コストもシリコンに比べて格段に安い。この特徴を利用して、有機トランジスタは、無線タグや電子ペーパーの駆動回路などへの応用が期待されている。一方、染谷・関谷らは、有機トランジスタを大面積センサや大面積アクチュエータに応用する研究に取り組み、ロボット用電子人工皮膚(2003年)、シート型スキャナー(2004年)、超薄型点字ディスプレイ(2005年)、ワイヤレス電力伝送シート(2006年)、通信シート(2007年)、超音波シート(2008年)を実現するなど有機トランジスタを大面積エレクトロニクスに応用する可能性を示してきた。大面積エレクトロニクスでは伸縮性が必要な用途が多くあるため、2008年8月には、伸縮性導体を開発し、有機トランジスタで伸縮性集積回路(T. Sekitani et al., Science 321, 1468, 2008)を実現している。その際、伸縮性導体は、相田・福島らが2003年に独立行政法人科学技術振興機構ERATOプロジェクトにおいて発見したバッキーゲル(カーボンナノチューブの束をイオン液体で解きほぐしたペースト状の導電物質、T. Fukushima, et al., Science 300, 2072, 2003)と畠らが開発したスーパーグロース法[用語10]による単層カーボンナノチューブ(K. Hata, et al., Science 306, 1362, 2004)によって実現された。同チームでは、これらの技術をさらに発展させ、今回、ジェットミル法を利用した独自のプロセス技術によってプリンタブル伸縮性導体を実現した。さらに、今回、フレキシブル有機ELディスプレイの分野で世界をリードするDNPがチームに加わり、世界初となる伸縮性の有機ELディスプレイが実現できた。この際、特に、伸縮に伴い有機EL素子のバリア性が損なわれて水、酸素が発光層に浸入して、発光特性が急激に劣化することを回避する封止構造が重要であった。このように日本が世界を先導する有機エレクトロニクス、有機・高分子化学、ナノ材料分野に至る分野横断型のチーム編成で、かつ東大・DNP・産総研・理研・JSTからなるオールジャパンの研究組織によって本研究成果が実現された。

【伸縮性エレクトロニクス】 伸縮性エレクトロニクスという新技術分野が最近大きな注目を集めている。エレクトロニクスに伸縮性を実現するための技術であり、従来の微細化の技術トレンドとは異なる方向である。特に、大面積エレクトロニクスにとって、重要な価値をもたらすものと考えられている。例えば、電子人工皮膚のような大面積センサをロボットの腕の接合部のような可動部品の表面や自由曲面に貼り付けるために伸縮性は不可欠である。伸縮性エレクトロニクスを実現する上での難しさは、優れた電気的特性と機械的特性をどのようにして両立するかである。電気を良く流す材料は通常硬くて伸びない。一方で、柔らかい材料の電気特性は一般に良くない。
  これまでに、金属、カーボンナノチューブ、グラフェンなど高導電性材料をゴムシートに転写して伸縮性の配線に使うという研究が世界中で活発に進められてきたが、これらの手法はスケーラビリティーがなく、ディスプレイなど大面積エレクトロニクスに活用することが困難であった。
  今回実現された伸縮性ディスプレイは、プリンタブルな伸縮性導体の開発に成功して実現されたものである。本研究によって導電率と伸縮率が大幅に向上した結果、世界で初めて有機ELディスプレイ用途の配線材料として用いることができるようになった。

【将来展望】人々が意識しない階層にエレクトロニクスが溶け込み、人々の生活を安心・安全・快適にする次世代技術としてアンビエントエレクトロニクス[用語11]が期待されている。このアンビエントエレクトロニクスを実現するためには、生活空間にある色々なモノの表面を電子化するための技術として伸縮性が不可欠でとされてきた。
  本研究による伸縮性ディスプレイを自由曲面に貼り付けることによって様々な機器の表面を電子化することが可能となり、その結果、ヒト、モノ、環境と相互作用するユニークなユビキタスエレクトロニクスを実現することが可能になると期待される。玉子型をしたユニークな携帯電話など機器のデザイン自由度を大幅に高めることができる。また、地球儀や人体の形をしたディスプレイなどを実現し、気象情報や医療診断データーなど多く情報を見やすくユーザーに伝えることも出来るようになると考えられる。
  有機ELディスプレイは自発光型であるため視野角も広く、立体的なディスプレイへの応用に適している。また、アクティブマトリックス駆動方式は、高精細化や低消費電力化に優れるため、大画面化には不可欠である。今回のアクティブマトリックス駆動方式の有機ELディスプレイでは、これらの利点を両方活用できる。このため将来最も有望な伸縮性ディスプレイ方式と考えられ、ディスプレイの新用途を急速に拡大していくものと期待される。

【研究発表】 英国Nature Materials誌オンライン版にて2009年5月11日に出版される(資料2参照)。

【研究助成】 本研究は以下の助成を受けて進められた。文部科学省科学研究費補助金若手研究(S)「ナノ印刷技術による伸縮自在な大面積シート集積回路」(研究代表者:染谷隆夫)、科学技術振興調整費先端融合領域イノベーション創出拠点プログラム「ナノ量子情報エレクトロニクス連携研究拠点」プロジェクト(研究代表者:荒川泰彦、研究分担者:染谷隆夫)、独立行政法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業発展研究「分子プログラミングによる電子ナノ空間の創成と応用」(研究代表者:相田卓三)。

7.参考写真

図1

図1 スクリーン印刷によって作製されたプリンタブル伸縮性導体の写真(中央)と光学顕微鏡による拡大写真(右上)。ジェットミルを用いた独自プロセスによって、単層カーボンナノチューブをフッ素系ポリマー中に均一に分散した結果、印刷プロセスに整合するペースト(左上)が実現できた。

 

図2

 

図2 有機トランジスタと有機EL素子をプリンタブル伸縮性導体の配線で集積化することによって、世界初となるゴムのように伸縮自在なアクティブマトリックス駆動による有機ELディスプレイシートを実現した。

8.用語解説

[用語1] 有機ELディスプレイ
有機化合物における発光現象(有機エレクトロルミネセンス)を利用した発光ダイオイードをディスプレイに応用したもの。高速応答性に優れ、自発光で色再現域が広いため究極の次世代フラットパネルディスプレイとされる。

[用語2] 伸縮性導体
ゴムのように伸び縮みする導電性物質。単層カーボンナノチューブをイオン液体(塩でありながら室温で液体の物質で解きほぐし、フッ素系共重合ポリマー(以下、フッ素系ポリマー)に分散させることによって作製される(T. Sekitani et al., Science 321, 1468, 2008)。

[用語3] ジェットミル法
ノズルから噴射される高圧の空気などを超高速ジェットとしてサンプルに照射することによって、微粒子に粉砕したり、微粒子同士を分散さたりする手法。本研究においては、高圧化で液体状のサンプルを均一性良く分散させるために用いている。

[用語4]  アクティブマトリックス
ディスプレイ、大面積センサ、大面積アクチュエータを駆動するための集積回路の一種。ディスプレイを構成するピクセルや大面積センサを構成するセンサセルにトランジスタなどのアクティブ素子を集積化したもの。アクティブ素子を利用しないパッシブ方式は、構造が単純であるがクロストークの問題などがあるため、大面積化には通常アクティブマトリックス方式が採用される。

[用語5] 有機トランジスタ
炭素・水素からなる有機半導体をャネル層に用いたトランジスタ(電子のスイッチ)。シリコンなど、無機半導体で作られるトランジスタと比較して、プラスティックフィルム上に作製することが容易で、軽量・薄型、機械的フレキシビリティー、耐衝撃性を有する。また、印刷プロセスとの整合性もよく、大面積に低コストで作製することができる。

[用語6] 単層カーボンナノチューブ
グラフェンシート(炭素の6員環構造のシート)を筒状にした物質。単層のものは、特に単層カーボンナノチューブと呼ばれる。銅と比較し、高電流密度耐性が1,000倍以上大きいなど優れた物性し示し、集積回路のビア配線など多くの用途が期待されている。

[用語7] イオン液体
塩でありながら室温で液体の物質のこと。塩は室温では通常固体であるが、ある種の有機イオンで構成された塩は、室温でも液体の状態を保つことができる。電池の電解質などへの応用が期待されている。

[用語8] フッ素系共重合ポリマー
フッ素基を有し、耐熱性,耐薬品性など化学的に極めて安定なポリマー材料。共重合比により、樹脂(弾性がないポリマー)またはゴム(弾性のあるポリマー)としての性質を示す。本研究では、ビニリデンフロライド/テトラフルオロエチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体の三元系フッ素ゴムを使用。

[用語9] バッキーゲル
カーボンナノチューブをイオン液体と混合し、これに乳鉢を用いた 粉砕や超音波処理などで力をかけると、ナノチューブの束がほぐれ、バッキーゲルと命名したペースト状の導電物質に変化する。この現象は、独立行政法人科学技術振興機構ERATOプロジェクト において、相田・福島らにより見出され、2003年に米国 Science 誌に発表された。両名は、今回用いられたフッ素系ポリマーと類似の高分子物質とバッキーゲルとの複合材料を用いて、アクチュエータなどとして利用できる柔らかい電極材料の開発にも成功している(2005 年にドイツ化学会速報誌に発表)。

[用語10]  スーパーグロース法
単層カーボンナノチューブの大量合成方法。水分を触媒として用いたCVD法の一種。長さがミリメートルにも及ぶ単層カーボンナノチューブを超高効率に成長することができる。独立行政法人産業技術総合研究所の畠賢治博士らが発明し、2004年に米国Science誌で発表された。

[用語11] アンビエントエレクトロニクス
人々が意識しない階層、つまり環境(Ambient)の一部に溶け込むように大量の電子機器を散りばめることによって、人々の生活を安心・安全・快適にする次世代のエレクトロニクス技術。ユビキタスエレクトロニクスもほぼ同じ意味に用いられる。

9.本研究に関するお問い合わせ先

染谷隆夫
東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻 教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1

http://www.ntech.t.u-tokyo.ac.jp/

 

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