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病原菌が宿主免疫機構を抑制する戦略を発見研究成果

病原菌が宿主免疫機構を抑制する戦略を発見

「病原菌が宿主免疫機構を抑制する戦略を発見」

1.発表概要:
  私たちの免疫系は病原微生物による感染を防いでいるが、一部の病原体は、この防御系を巧みにかわす戦術を備えている。今回、細菌性赤痢の原因となる赤痢菌が、感染に対して発動される宿主免疫系を攻撃してその作用を巧妙に抑制している仕組みを突き止めた。

2.発表内容:
  東京大学医科学研究所は、下痢症による主要な死亡原因である赤痢菌が、宿主の免疫系を攻撃してその作用を積極的に抑制することで、菌の腸管感染を拡大していることを発見しました。
  私たちの免疫系は、病原微生物の侵入を感染早期に検知して、素早く免疫系を誘導することで感染を防いでいます。免疫系は、病原体の感染に応答して活性化され、炎症性サイトカインの産生を誘導します。炎症性サイトカインは、好中球やマクロファージなどが感染部位へ遊走して病原体を捕捉し破壊するために作られ、病原体の効果的な排除にとても重要です。
  しかしながら、赤痢菌はこの宿主免疫応答を看過するのではなく、III型分泌装置(注1)と呼ばれる特殊なタンパク分泌装置よりIpaH9.8タンパクを腸上皮細胞へ分泌し免疫系に対抗します。宿主細胞内に分泌されたIpaH9.8タンパクは、炎症性サイトカイン遺伝子の発現に必要な転写因子NF- kB(注2)の活性化に必須なIKKγ/NEMOタンパク(以降NEMOと略)(注3)を標的として攻撃します。IpaH9.8タンパクは、攻撃目標となる宿主タンパク質を標識するためのE3ユビキチンリガーゼ活性(注4)を持っています。このE3ユビキチンリガーゼ活性によりユビキチンで標識化されたNEMOは、宿主細胞のプロテアソームタンパク分解装置により分解されてしまいます。この結果、炎症性サイトカイン産生に必要なNF-kBの活性化が抑制され、赤痢菌感染に対抗するための免疫力が一時的に失われてしまいます。菌はこの間に生き延びて腸管上皮内で増殖を継続することができます。この細菌の驚くべき作用は、マウスを用いた動物感染実験においても証明されました。即ち、IpaH9.8タンパクのE3ユビキチンリガーゼ活性により、赤痢菌感染に伴うNF-kB依存的な免疫応答が抑制され、定着菌数の著しい増加が認められました。一方、IpaH9.8タンパクのE3ユビキチンリガーゼ活性変異体を発現する赤痢菌感染においては、NEMOのユビキチン化とタンパク分解は認められず、NF- kB活性化に伴い菌は速やかに排除されていました。これらの結果は、侵略者である病原細菌が宿主による攻撃から自身の身を守る手段として、免疫応答抑制という高度な生存戦略により対抗し、感染を成立させていることを裏付けています。IpaH9.8タンパクと類似なタンパク質は、赤痢菌以外にサルモネラを始めとするヒト、動物、魚、植物等の病原菌も有していることから、本病原因子を標的とする創薬は、未だ有効で安全なワクチンが存在しない赤痢菌を始め、上述の病原細菌に対する新たな治療法となる可能性があります。また、IpaH9.8によるNEMOへの作用を通じて新たな免疫抑制剤の開発につながる可能もあります。
  本成果は、笹川千尋教授(東京大学医科学研究所感染・免疫部門、東京大学医科学研究所附属感染症国際研究センター)ならびに芦田浩特任研究員(東京大学医科学研究所附属感染症国際研究センター)らによって行なわれました。

3.発表雑誌:
「Nature Cell Biology」
  2009年12月13日(英国時間18:00)のオンライン版に掲載
“A bacterial E3 ubiquitin ligase IpaH9.8 targets NEMO/IKKγ to dampen the host NF- kB-mediated inflammatory response.”
Hiroshi Ashida, Minsoo Kim, Marc Schmidt-Supprian, Averil Ma, Michinaga Ogawa, and Chihiro Sasakawa

4.注意事項:
  プレスリリース解禁時間がイギリス・ロンドン(標準)時間12月13日18時解禁となっており、日本時間では12月14日午前3時(新聞は12月14日朝刊)になります。

5.問い合わせ先:
  笹川千尋 教授
  〒108-8639 東京都港区白金台4-6-1
  東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 細菌感染分野

6.用語解説:
(注1)III型分泌装置:
赤痢菌、サルモネラなどのグラム陰性病原細菌が持つ、宿主細胞への 病原性タンパクを注入するための針状のタンパク質分泌装置。

(注2)NF- kB:
炎症・免疫反応を司る転写因子。病原体の感染に応答して活性化し、炎症性サイトカイン、ケモカインであるIL-8、IL-6、TNF-αなど様々な免疫関連遺伝子の転写を促進することで感染防御に寄与します。

(注3)IKKγ/NEMO:
宿主細胞内でNF-kBの活性化を担うIkBキナーゼ(IKK)複合体中の構成因子。NF-kBの活性化に必須。

(注4)E3ユビキチンリガーゼ:
ユビキチン転移酵素。標的タンパク質にユビキチンを付加する活性を有する。ユビキチン化されたタンパクは、タンパク分解、シグナル伝達など、ユビキチン化の種類によりその機能が制御される。ユビキチン化反応はユビキチン活性化酵素(E1)、ユビキチン結合酵素(E2)、ユビキチン転移酵素(E3)の連続的な働きにより行なわれる。

添付資料

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