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脳におけるシナプス外部でのグルタミン酸動態の可視化研究成果

脳におけるシナプス外部でのグルタミン酸動態の可視化

「脳におけるシナプス外部でのグルタミン酸動態の可視化」
(Imaging Extrasynaptic Glutamate Dynamics in the Brain)

1.発表概要:
  脳神経回路の信号伝達を担うシナプスにおいて、伝達物質であるグルタミン酸がシナプスの外側へ漏れ出すことを発見した。脳神経回路は通常の電子回路とは質的に異なることを示す成果である。

2.発表内容:
  脳のなかでは、神経細胞同士はシナプスという小さな構造を介して電気信号を伝達している。この伝達を担う主要な分子の一つがグルタミン酸である。このグルタミン酸はシナプスの中に閉じ込められていると従来考えられてきた。つまり、脳神経回路は漏電や混線の無い、通常の電子回路と本質的に同じであると想定されていた。
  今回、東京大学大学院医学系研究科の飯野正光教授らのグループは、脳の中でのグルタミン酸の動きを蛍光顕微鏡で観察する方法を開発した。それにより神経細胞から放出されたグルタミン酸が、シナプスの外側へ漏れ出すことを明らかにした。実際の脳神経回路においては漏電や混線が頻繁に起こり、脳は逆にそれを積極的に使っていると思われる。今回の発見は、脳とコンピューターの違いの一端を明らかにするものである。
  研究内容は、米国科学アカデミー紀要(電子版)で3月22日に発表された。

 シナプスは1ミクロンに満たない、神経細胞同士の小さな接点である。シナプスにおいて細胞同士は直接接触しているわけではなく、非常に狭い空間(シナプス間隙)を挟んで前シナプス細胞と後シナプス細胞が向き合っている。シナプスでの信号伝達は、前シナプスから神経伝達物質が放出され、それが後シナプスに存在する神経伝達物質受容体を活性化し電流が流れるという形で行われている(図1)。このようなシナプスにおける信号伝達が、脳神経回路を巡る電気信号の基盤となっている。
  食品に含まれる旨み成分として有名なグルタミン酸は、脳のなかでは主要な神経伝達物質として働いている。グルタミン酸がシナプス間隙から漏れ出すと、神経回路が混線することになる。実際に、シナプスにはグリア細胞という神経を補助する細胞が緊密に巻きついており、グルタミン酸がシナプス間隙の外へ漏れ出すことを防いでいるように見える(図1左図)。
  しかしながら近年、グルタミン酸はシナプスから漏れ出し、それを脳は積極的に使い、様々な脳機能を実現しているということが示唆されるようになった。ただ、従来はシナプス周囲のグルタミン酸を直接観察する方法が存在せず、グルタミン酸が実際に漏れ出すのかどうかについては間接的に推定するしかなかった。
  そこで本研究では、脳においてグルタミン酸を直接観察する方法を開発し、シナプス周囲のグルタミン酸の動きを詳細に観察した。具体的には、グルタミン酸が結合すると明るさが上昇する蛍光分子を設計し、これを蛍光グルタミン酸指示薬として使用した。そして蛍光顕微鏡を用いて、脳標本のなかでの蛍光の明るさの変化を詳細に観察した。
  その結果、マウスの脳をスライスした標本において、シナプス伝達に伴いシナプス間隙の外側でグルタミン酸濃度が上昇することが明確に観察された(図2)。そしてこのシナプス周囲のグルタミン酸濃度は、数種のグルタミン酸受容体を活性化するのに十分な濃度に到達していた。つまりシナプス間隙の外側でも、グルタミン酸による信号伝達が活発に起きていることを直接証明することに成功した(図1右図)。さらに麻酔下のラットにおける観察も成功させ、後ろ足に触れたという感覚入力により、大脳皮質のシナプス周囲でグルタミン酸濃度が上昇することを明らかにした(図3)。
  以上の成果は、グルタミン酸によるシナプス伝達が従来考えられていたようなシナプス間隙に限局したものではなく、シナプス周囲にも拡がっていくものであることを初めて明確に示したものである。つまり脳は漏電や混線を積極的に利用し、脳の複雑な機能を実現していると考えられる。またこれは脳とコンピューターの違いを生み出すメカニズムのひとつとしても期待される。

3.発表雑誌:
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
(米国科学アカデミー紀要電子版)3月22日号

4.問い合わせ先:
東京大学大学院医学系研究科 細胞分子薬理学教室 教授 飯野正光

5.添付資料:図はこちら



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