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細菌による組織内共生:腸管関連リンパ組織内に共生する細菌群の発見および共生機構の解明研究成果

細菌による組織内共生:腸管関連リンパ組織内に共生する細菌群の発見および共生機構の解明

細菌による組織内共生:腸管関連リンパ組織内に共生する
細菌群の発見および共生機構の解明

1.発表者
東京大学大学院医学系研究科 大学院生(博士課程)小幡高士
東京大学医科学研究所炎症免疫学分野 教授 清野宏   他

2.発表概要:
  今回、当研究グループは腸管粘膜に存在するパイエル板などの腸管関連リンパ組織内に共生する、非常にユニークな細菌群を新たに見出しました。Alcaligenesをはじめとするこれら細菌群はヒトにおいても認められ、今後の臨床応用への発展も大いに期待されます。

3.発表内容:
 ヒトの粘膜の表面積は口腔、鼻腔、消化器、呼吸器、泌尿・生殖器を含めると、実に400m2(テニスコート約1.5面分)にも及び、皮膚表面積の200倍以上です。これら粘膜組織の中でも腸管は最も多くの細菌、ウイルスに常時曝露されています。腸管には一般に腸内細菌と呼ばれる共生細菌が棲みついており、宿主側の成長、疾病の発症等に密接に関わるだけでなく、宿主側も巧妙かつ柔軟な粘膜免疫システムを備えることで本来非自己である共生細菌に対して偽自己化を確立し、共生細菌を質・量ともに制御しています。この相互作用は極めて複雑かつ絶妙なバランスの上に成立しており、その複雑さゆえにこれまで分子・細胞・個体レベルでの機序解明がほとんどなされてきませんでした。また、腸内細菌のほとんどが難培養性細菌であり、これまでの培養法を基盤とした細菌学的手法のみでは実態の解明・把握が不十分だったことも本領域の進展を遅らせた大きな理由の1つです。しかし近年、16S rRNA遺伝子クローンライブラリー法をはじめとする非常に優れた微生物ゲノム解析手法が確立され、これにより高精度で難培養性細菌も含めた腸内細菌プロファイルを検出・精査することが可能となりました。
 培養可能細菌を用いたこれまでの報告から、腸内細菌の主要な取り込み口は、パイエル板と呼ばれる腸管免疫誘導リンパ組織であることが既に明らかにされています。パイエル板の管腔側表面には、抗原取り込み専門細胞であるM細胞が存在し、その直下には樹状細胞やマクロファージ、T細胞、B細胞といった各種免疫担当細胞が待機しています。このパイエル板の構造と機能を考えたとき、我々はパイエル板もしくはその近傍が粘膜免疫システムを構築する上で最も重要な腸内細菌の共生場所ではないかと仮説を立てました。
 これまでにも、パイエル板表面に腸内細菌が常在することは知られていましたが、今回我々はパイエル板の内部においても特定の共生細菌群(例:Alcaligenes)が常在することを新たに発見しました。また、宿主免疫系はAlcaligenesをはじめとするこれらパイエル板組織内共生細菌群に対して、粘膜免疫応答を誘導する一方、全身免疫応答は全く誘導しないことが明らかになり、組織内に限局して同細菌が存在している事が支持されました。さらに、パイエル板を欠損させたマウスにおいてはこれら共生細菌群に対する粘膜免疫応答がほとんど誘導されないことからも、Alcaligenesをはじめとするパイエル板組織内共生細菌の存在が免疫学的にも支持されました。
 このAlcaligenesのパイエル板組織内共生という現象は、マウスのみならず、サルやヒトにおいても同様に確認することができました。このことからも、パイエル板組織内を共生場所とする細菌群が、哺乳動物の種を超えて、粘膜免疫システムの誘導・制御ならびに腸管組織の恒常性維持に重要な役割を担っていることが推察されます。さらに我々は、腸管を含め全身に細菌が一切存在しないマウス、いわゆる「無菌マウス」にこのAlcaligenesを経口的に植え付けると、元来の存在場所であるパイエル板組織内でのみ移植細菌が検出されることを発見しました。この「パイエル板指向性」という性質を利用することで、経口ワクチン抗原を効率よくパイエル板組織内に運ぶ送達手段としての応用も視野に入れて、現在さらなる研究を行っています。
 本研究結果は、哺乳動物のリンパ組織内に共生細菌が存在すること示唆するはじめてのものであり、宿主免疫系と共生細菌との関係性に関するこれまでの知見に新たな視点を投げかけるものです。本領域は現在、最もホットな研究領域として世界中で日々精力的な研究が展開されています。

4.発表雑誌:
  Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)
  今週、オンライン版に掲載予定です。

5.問い合わせ先:
〒108-8639
東京都港区白金台4-6-1
東京大学医科学研究所
炎症免疫学分野
教授 清野 宏


6.用語解説:
<粘膜免疫システム>
 粘膜は、哺乳動物の体内で外界との接点が最大の部位であり、ウイルスや細菌、有害物質に対する防御機構の最前線になっています。粘膜には全末梢リンパ球の約60%にも及ぶ非常に多くの、そして多種多様な免疫担当細胞がユニークな粘膜免疫システムを形成しており、それらが外来抗原に対して特異的・防御的な免疫応答を誘導しています。粘膜免疫の主たる特徴として、全身免疫応答においては抗体の中心的アイソタイプがIgG抗体であるのに対し、粘膜免疫応答においてはIgAアイソタイプを基本とした分泌型IgA(SIgA)抗体がその主役を担っていることがあげられます。SIgA抗体の機能としては、細菌の粘膜上皮への付着阻止、細菌由来毒素の中和、ウイルスの中和等、非常に多岐にわたっています。また、マウスの全抗体産生細胞の約90%が小腸IgA抗体産生細胞であり、ヒトの全抗体の60%以上がIgA抗体であるという事実からも粘膜SIgA抗体がいかに宿主免疫系にとって重要な存在かが伺えます。SIgA抗体の誘導は、パイエル板に代表される粘膜免疫誘導組織によって行われ、最終的に粘膜固有層に代表される粘膜免疫実効組織において産生・分泌されます。

<パイエル板>
 1677年にスイスのJoseph Peyer医師によって発見された小腸の隆起状組織であり、彼の名にちなんでパイエル板と命名されています。それから約300年後の1971年に、米国ジョンズホプキンス大学のCebra博士らによりパイエル板が腸管における主要な免疫誘導組織であることが初めて証明されました。パイエル板はマウス小腸においては8~10個、ヒトにおいては200個以上も存在する二次リンパ組織です。

7.添付資料はこちら


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