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抗原に結合すると光る抗体の作製に成功 -モルヒネ・ヘロインなど各種分子の簡便迅速高感度な検出法開発へ-研究成果

「抗原に結合すると光る抗体の作製に成功
-モルヒネ・ヘロインなど各種分子の簡便迅速高感度な検出法開発へ-」

平成23年10月7日

東京大学大学院工学系研究科
北陸先端科学技術大学院大学

1.発表者: 
 上田 宏(東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 准教授)
 大橋 広行(同 特任研究員)
 伊原 正喜(同バイオエンジニアリング専攻 特任助教,現信州大学農学部 助教)
 芳坂 貴弘(北陸先端科学技術大学院大学マテリアルサイエンス研究科 教授)
 飯島 一生(同 研究員,現東京大学大学院総合文化研究科 特任研究員)
 高木 広明((株)プロテイン・エクスプレス 副社長)
 阿部 亮二(同 研究員)

2.発表概要:
 抗体は各種の分子(抗原)の検出・診断においてきわめて有用なタンパク質ですが,これまでその抗原との結合を溶液中で簡便に調べられる汎用的な方法はありませんでした。東京大学大学院工学系研究科の上田 宏 准教授,北陸先端科学大学院大学の芳坂貴弘教授,(株)プロテイン・エクスプレスの阿部亮二研究員らは,その末端近傍をある種の色素で蛍光ラベルした組換え抗体断片を作ることで, 単体では抗体内のアミノ酸によって消光されている蛍光が,抗原に結合することにより顕著に増大する現象を世界で初めて見出しました。そして,これを利用することで1mL中に10億分の1グラムしかないモルヒネ・ヘロインなどの低分子化合物やバイオマーカータンパク質など各種分子を,混ぜてその強度蛍光を測定するだけで簡便に検出できることを示しました。今後,本原理に基づく新しい検出・診断法や装置の開発につながるものと期待されます。

3.発表内容:
  生体内外を問わず,各種の抗原を特異的に認識できる抗体は,生物学の基礎研究から病気の診断・治療において幅広く用いられています。検出・診断分野における抗体の利用(免疫測定)も,その有用性から年々増加していますが,これまでの免疫測定法はその実施に手間と時間がかかったり,測定対象が低分子とタンパク質のような高分子の場合で測定原理を変更しなければならなかったりする問題があり,特にサンプル溶液中(均一系)で抗体の各種抗原との結合を簡便迅速に調べることのできる汎用的な検出法はありませんでした。
  今回上田准教授ら は、アミノ末端近傍の1箇所を無細胞タンパク質合成系(注1)とピンポイント標識技術(注2)を用いて蛍光色素ローダミンで標識した低分子抗体(QuenchbodyあるいはQ-bodyと命名)を作製したところ、抗原非存在下ではほぼ全ての抗体内部に存在するトリプトファンというアミノ酸によりローダミンの蛍光が消光(クエンチ)(注3)され、抗原が結合するに伴いその消光が解除されて蛍光強度が顕著に増大するという新奇な現象を見いだしました。抗体の抗原結合部位近傍にはほとんどの場合4個以上のトリプトファンが存在しますが,これらの多くは抗原が結合していない場合にのみ色素と接触しうる内部に位置しています。実際この方法でQ-bodyを作製したところ,骨粗鬆症などのマーカー分子であるオステオカルシン,内分泌攪乱作用が懸念されるビスフェノールA,麻薬であるモルヒネ・ヘロイン類などの低分子から,リゾチーム,血清アルブミンのようなタンパク質まで,多くの抗原を混ぜるだけで高感度に定量できることが判明しました。さらに,オステオカルシンについては50%血漿(けっしょう)中においてもほぼ同じ感度で測定が可能で,共存物質による影響も少ないことが分かりました。
fig     
従来,抗体の抗原結合部位近傍を環境応答性色素と呼ばれる特殊な蛍光色素で標識し,タンパク抗原の結合を検出した例はいくつか報告されています。しかし,その標識部位は試行錯誤によって決定する必要があり,また低分子の検出に応用された例はありません。今回,ほぼ同一の標識法によって多種類の抗原検出が可能になったことから,本法はより汎用的な「その場で抗原が検出可能なタンパク質」として診断素子としての実用化にも適していると考えられます。
免疫測定法としてのこの手法の利点としては、① 洗浄工程が不要で、少量のサンプルと混合して蛍光強度を測定するだけで測定が完了する極めて簡便な診断技術であること、② 抗体中に存在する保存性の高いトリプトファンを利用するため、抗体の種類を変えれば種々の物質の検出にも広く適用が可能な点で汎用性に優れていること、③ 低分子化合物,ペプチド,高分子タンパク質といった多種類の抗原に対して適用可能であること,などがあげられます。
これにより、今後基礎研究分野のみならず,インフルエンザなどの感染症や各種疾患の臨床検査分野、抗癌剤などの血中薬物濃度をベッドサイドでモニタリングする医療分野、生物・化学テロ防止や覚せい剤検出といった安心/安全分野、水質・大気調査、残留農薬検査などの分野で利用されることが期待されます。

4.発表雑誌: 
 雑誌名:「Journal of the American Chemical Society 」(オンライン版の場合:10月6日)
 論文タイトル:”Quenchbodies” : quench-based antibody probes that show antigen-dependent fluorescence
 著者:R. Abe, H. Ohashi, I. Iijima, M. Ihara, H. Takagi, T. Hohsaka, and H. Ueda
 DOI番号:DOI: 10.1021/ja205925j
 アブストラクトURL:http://dx.doi.org/10.1021/ja205925j

5.問い合わせ先: 
東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 准教授 上田 宏
北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科 教授 芳坂 貴弘

6.用語解説: 

(注1)無細胞タンパク質合成系:細胞内のタンパク質合成因子を試験管内で再構成し,合成反応を行わせる系。任意の因子を加えられることから,生体内では合成が困難な非天然因子標識タンパク質の合成に適している。
(注2)ピンポイント標識技術:上記の合成系に,アンチコドンとしてアンバーコドン等をもち非天然アミノ酸が結合されたアミノアシルtRNAを加え,タンパク質の任意の部位に非天然アミノ酸を導入することができる技術。芳坂・宍戸らにより開発された。
(注3)クエンチ(消光):蛍光色素の蛍光が,周囲の環境や他の分子の接近等により減少する現象。エネルギー移動と電子移動による場合があり,Q-bodyではタンパク質中のトリプトファンによる,後者の消光を利用している。


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