世界最高磁場600 テスラまでの磁性体の磁気測定に成功 ―幾何学的フラストレート磁性体の全磁化過程を解明―研究成果

「世界最高磁場600 テスラまでの磁性体の磁気測定に成功 |
平成23年11月16日
1.発表者: 嶽山 正二郎(東京大学物性研究所 教授)
宮田 敦彦 (東京大学大学院工学系研究科 博士課程3年)
2.発表概要:
東京大学物性研究所 嶽山正二郎教授は、700 テスラ(注1) という室内実験室では世界最強の超強磁場発生技術の開発に成功しました。さらに、同大大学院工学系研究科博士課程 宮田敦彦氏とともに、超強磁場極限状態下で極低温を実現し、これを用いて強力なフラストレーション(注2)をもつ反強磁性体の磁気物性測定を行いました。その結果、精密で信頼性ある測定を600 テスラまで行うことに成功しました。これは、物理的に意味のある世界最高記録のデータとなります。これにより、これまで未開拓でありました磁性体の物性を決定する量子的な磁気秩序が、ヘリウムの量子現象を支配する物理と美しい類似性を有することを明らかにできました。
3.発表内容:
嶽山正二郎教授は博士課程大学院生宮田敦彦氏とともに、室内実験室で世界最強度の磁場を発生できる電磁濃縮超強磁場発生装置 (注3) を用いて、世界最高磁場値、最低温度、しかも、物理の議論に十分耐えうる信頼性のある精密な物性計測の手法を確立し、その結果600 テスラ(T)という極限超強磁場で新しい磁気的な秩序を発見するに至りました。研究対象の物質はスピネルという構造をもつZnCr2O4磁性体です。この物質の磁性を決定づける磁気スピンは、3次元的なフラストレーションを有します。このような磁気フラストレーションは、物質の性質を司る電荷、格子、電子軌道と絡んで、スピン液体 (注4)、スピンアイス (注5)など新奇で多彩かつ普遍的な量子的な物理現象を引き起こすことが知られています。近年、新しい超伝導発現機構に磁気的なフラストレーションが強く関わっていることも分かってきております。
本研究では、極限超強磁場に至る磁気的な秩序を見いだしただけでなく、磁気光物性の手法を用いて極限超強磁場300T以上の強磁場相で新奇な磁気相を発見しました。現在、ヘリウム(4He)をめぐっては、固体でありながら超流動性(注6)を示すという新しい量子的な「超固体相」の存在などホットな議論がなされています。私たちは、今回の発見によりマグノン(注7)描像での超流動、超固体相などの量子相が外部磁場によって美しく整列していることを明らかにしました。これは、物理学の普遍性という観点からもインパクトを与える重要な発見です。
幾何学的フラストレート磁性体では、図1 (以下「7.添付資料」参照)に示すような幾何学的な条件により、最適なスピンの向きが決まらず、理論的には最低エネルギーをとる磁気的な構造が巨視的な数になってしまいます。この巨視的な数は縮退とも言いますが、僅かな物理的な摂動(注8)によって解消し、従来の磁性体では観測されてこなかった新たな磁気相が観測されることになります。また、縮退の解け方の違いによって磁気相は多彩な形で現れます。強磁場は、この巨視的な縮退を解消する多様な機構を解明するための一つの有力な方法となります。外部からの強力な磁場をかけることによって強制的にスピンの向きを揃えた強磁性相にすることで、幾何学的フラストレーションの効果を解消できることになります。この全磁化過程の観測の過程で、磁場で誘起されるまったく予想もつかない磁気的な秩序相が観測される可能性があります。このように幾何学的フラストレート磁性体の研究には、強磁場下での物性測定が極めて重要です。
今回、対象とした物質ZnCr2O4は、強い幾何学的フラストレーションが期待される物質です。巨視的な縮退の解消のために格子歪みが起こり、スピン‐格子相互作用が重要であることが分かっています。この物質に対して全ての磁気スピンが揃う「強磁性相」までの全磁化過程を観測するには300 ~ 400 T以上の磁場が必要であるという理論的な予測もあります。
私たちは、最近、電磁濃縮法超強磁場発生にむけた精力的な技術開発により室内世界最高の強磁場(730 T)の発生を達成しました(注9)。また、超強磁場環境では困難とされている極低温での物性測定のためにクライオスタットや真空チャンバーを作製(図2、下記URL)することによって、600 Tまでの超強磁場、そして5 K(摂氏マイナス268度)という極低温の物理環境を実現し、精度の高い磁気光学測定(注10)に成功しました。
特に、400T以上の超強磁場で実現する強磁性相の少し手前の低磁場側において、磁気光吸収スペクトル強度の異常を発見しました。この異常は、従来の理論枠組みでは説明できない新奇でかつ重要な物理的意味を持つ磁気相が存在することを明らかにしました。私たちは、ヘリウム4(4He)と磁性体での対称性の破れ(注11)における類似性に着目して、新奇な磁気相が超流動相に対応する相であると提案しています(図3、下記URL)。600 Tまでの磁場、5 Kまでの低温下という極限環境下での物性測定の成功は、今後、様々な幾何学的フラストレート磁性体へと応用されていき、現在物性物理全般の研究領域で重要な話題となっている「幾何学的フラストレーション」に関わる物理学の課題の解明へと繋がっていくことが期待されます。
4.発表雑誌:
雑誌名:米国物理学会誌「Physical Review Letter」
11 月10日(現地 9日) オンライン掲載
11月12日 (現地 11日) 論文レター誌掲載
論文タイトル:
Magnetic Phases of a Highly Frustrated Magnet, ZnCr2O4, up to an Ultrahigh Magnetic Field of 600 T
日本語訳:
「高いフラストレーションを有する磁性体ZnCr2O4の超強磁場600 テスラまでの磁気相」
著者:
A. Miyata, H. Ueda, Y. Ueda, H. Sawabe, S. Takeyama
宮田敦彦、植田浩明、上田寛、澤部博信、嶽山正二郎
5.問い合わせ先:
東京大学 物性研究所 教授 嶽山正二郎
http://takeyama.issp.u-tokyo.ac.jp/index.html
6.用語解説:
(注1) テスラ:磁場の強さを表す単位。Tと表記する。地磁気の強さは場所にもよるがおよそ0.00005 T。
(注2) 磁気的なフラストレーション:正三角形の3頂点に磁気スピンを置くとする。お互いのスピンは反対に向きたい状態にある。そうすると、2個のスピンを置くまでは、隣同士のスピンは反対をむいて安定する。そこに、更に、無理矢理、第3の頂点にスピンを置くと、どちらの隣とも反対向けないので、こまった状態(エネルギーに安定でない状態)に陥る。そこで、この3スピン全体にはフラストレーションが生ずる。このように幾何学的配置によって引き起こされるスピンの状態を幾何学的フラストレーションという。
(注3) 電磁濃縮法:電磁誘導の原理を使って金属のリングを超高速で縮めることによって、あらかじめ発生しておいた低い磁束を絞り束ねるようにし、磁束の密度をあげて短時間に強い磁場を発生する方法。巨大コンデンサから数百万アンペアの大電流を百万秒の1秒のオーダーでコイルに放電し、小さな空間に数百テスラの強い磁場を発生することができる。
(注4) スピン液体: 磁性を担うスピンの向きが、空間的にも時間的にも一方向に定まらないで、揺らいだままでいる状態をいう。
(注5) スピンアイス:実際の氷のなかでは水素イオンが特殊な配置で納まっている。磁性体の中のスピンもまるでこの氷の水素イオンの状態のように解釈できる状態が実現する。これをスピンアイス状態という。物理的には、幾何学的フラストレーションと深く関わっている。
(注6) 超流動:ヘリウムガスは極低温 4.2 K (-269℃)以下では液体であるが、更に冷やすと粘性がゼロという特殊な量子状態になる。粘性がゼロのために重力に逆らってガラスの器の壁を遡って液体がこぼれる現象などが見られる。このような状態を超流動という。
(注7) マグノン:磁性体の中の磁気スピンは、お互いに量子力学的な相互作用しあっている。そのためにスピンの向きの揺らぎが位相の揃った波のように振る舞う。このような状態をマグノンという。
(注8) 摂動:ある物質内でいろいろな相互作用がありながら安定した状態にあるとして、そこに外的な要因(磁場、圧力、温度)が加わると、その安定した状態は大まかには保持されるが、その物質に十分なる物理的変化を与えることを摂動という。
(注9) S. Takeyama, E. Kojima, Journal of Physics D: Applied Physics Vol.44, p.425003, 2011年に掲載。
(注10) 磁気光学測定 : 磁場のある環境の中で試料の光学測定をする場合、磁気光学測定という。磁場中での試料からの光の透過、反射、光の偏光依存正測定など測定手法を広く意味する。磁場が無くても、試料自体が磁性体などの磁性を持つ場合、光と相互作用するため、この場合も磁気光学測定と分類される。
(注11)対称性の破れ: 固体中の規則正しい原子配列の中では、例えば、上下対称、左右対称、回転しても同じに見える回転対称など様々な対称性が物性を決定している。磁気スピンも原子に付随するので、やはり、様々な対称性で磁気的な性質が決まる。対称性で分類することで複雑に見える物理がより単純に記述されるとも言える。
7.添付資料:
図はこちら(PDFファイル)をご覧ください。