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脳梗塞などの神経細胞死メカニズムの新知見研究成果

脳梗塞などの神経細胞死メカニズムの新知見

平成23年11月30日

1.発表者: 
飯野 正光 (東京大学大学院医学系研究科細胞分子薬理学専攻分野 教授)
柿澤 昌 (京都大学大学院薬学研究科生体分子認識学分野 准教授)
山澤 徳志子 (東京大学大学院医学系研究科細胞分子薬理専攻分野 助教)
陳  毅力 (東京大学大学院医学系研究科脳神経外科学専攻分野 大学院生)
伊藤 明博 (東京大学大学院医学系研究科脳神経外科学専攻分野 助教)
斉藤 延人 (東京大学大学院医学系研究科脳神経外科学専攻分野 教授)
村山 尚 (順天堂大学医学部薬理学講座 准教授)
呉林 なごみ (順天堂大学医学部薬理学講座 先任准教授)
佐藤 治 (順天堂大学医学部薬理学講座 助教)
櫻井 隆 (順天堂大学医学部薬理学講座 教授)
小山田 英人 (昭和大学医学部薬理学医科薬理学部門 助教)
小口 勝司 (昭和大学医学部薬理学医科薬理学部門 教授)
渡辺 雅彦 (北海道大学医学系研究科解剖発生学分野 教授)
森  望 (長崎大学大学院医歯薬総合研究科形態制御解析学 教授)
竹島 浩 (京都大学大学院薬学研究科生体分子認識学分野 教授)

2.発表概要: 
脳の血流が低下すると神経細胞から一酸化窒素(NO)が産生され、神経細胞死を起こす。これは、脳梗塞などにおける神経細胞死の主要な原因とされている。私たちは、NOがカルシウムイオン(Ca2+)を神経細胞内で動員することを発見し、このメカニズムが神経細胞死に関わることを明らかにした(図1)。興味深いことに、NOによるCa2+放出を抑制する薬物は、脳虚血モデルマウスで脳梗塞を軽減することも示された。今回の新知見は、NOによる脳機能制御の基本的な理解を深めるとともに、脳梗塞などに対する新たな治療戦略の基盤となり得る。

3.発表内容: 
NO(注1)は、様々な細胞機能の制御に関与している。今回の研究成果により、脳では、NOが細胞内に貯蔵されているCa2+(注2)を細胞質へ放出させるという、これまで想定されていなかった意外な機能を持つことを私たちは明らかにした。このCa2+放出は、NOがCa2+放出チャネル(リアノジン受容体)(注3)の特定のシステイン残基をS-ニトロソ化(注4)することによって生じることも見いだした。

この新たに分かったNOの機能は、病態に関係することも明らかになった。培養神経細胞を用いた実験で、NOによるCa2+放出を抑制する薬物(ダントロレン)は、NOによる神経細胞死に対して神経細胞保護作用が見られた。一方、NOの標的となるリアノジン受容体を欠失する細胞では、神経細胞死が起こりにくくなっており、ダントロレンの保護作用は見られなくなった。これらの結果は、NOによるCa2+放出が神経細胞死を起こすことを示している。さらに、脳虚血モデルマウスを用いた実験でも、ダントロレンの神経細胞保護作用が見られ、脳梗塞が軽減された。

加えて、生理的な役割も明らかになった。記憶・学習の基本過程としてのシナプス可塑性(注5)である。シナプス可塑性には、NOの関与が知られていたが、NOがどのように働くかは十分明らかではなかった。今回、シナプスで産生されるNOが、神経細胞内に貯蔵されているCa2+の放出を起こして、小脳皮質のシナプスを強めること(長期増強)が明らかになった。

以上の成果は、脳の生理的な機能(記憶・学習)と病態について新しい知見を与えた。さらに、ダントロレンなどNOによるCa2+放出を抑制する薬物をベースとして、脳梗塞などの治療薬開発にも発展するものと期待できる。

4.発表雑誌: 
雑誌名:「EMBO Journal 」(オンライン版:10月28日)
論文タイトル:Nitric oxide-induced calcium release via ryanodine receptors regulates neuronal function
著者:Sho Kakizawa, Toshiko Yamazawa, Yili Chen, Akihiro Ito, Takashi Murayama, Hideto Oyamada, Nagomi Kurebayashi, Osamu Sato, Masahiko Watanabe, Nozomu Mori, Katsuji Oguchi, Takashi Sakurai, Hiroshi Takeshima, Nobuhito Saito and Masamitsu Iino
DOI番号:10.1038/emboj.2011.386
アブストラクトURL:http://www.nature.com/emboj/journal/vaop/ncurrent/abs/emboj2011386a.html

5.問い合わせ先: 
飯野 正光(東京大学大学院医学系研究科 細胞分子薬理学専攻分野 教授)

6.用語解説: 
(注1)
一酸化窒素(NO):自動車の排気ガス等にも含まれるが、生体内でアルギニンというアミノ酸から酵素により合成される。循環器系では、血管内皮細胞で産生されて血圧を下げる作用があり、1998年のノーベル医学生理学賞の授賞対象となっている。脳でも産生されるが、その機能については、まだ十分明らかになっていない。
(注2)
カルシウムイオン(Ca2+):細胞内で細胞機能のスイッチとして働く。筋収縮、神経伝達、免疫など広範な機能を制御する。
(注3)
リアノジン受容体:Ca2+は細胞内の小胞体に貯蔵されているが、そこから細胞質へのCa2+放出の経路となるイオンチャネルの一種。筋肉や心臓の収縮を制御することが知られているが、脳における機能はこれまで十分明らかになっていなかった。
(注4)
S-ニトロソ化:タンパク質修飾の一種。タンパク質を構成するアミノ酸の一つであるシステインのチオール基にNOが付加されること。タンパク質の機能を変化させる反応として近年注目されつつある。
(注5)
シナプス可塑性:脳において、神経細胞同士のシナプス結合の強さが長期にわたって変化する現象。記憶や学習の素過程と考えられている。

7.添付資料(図1)
20111130

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