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カスパーゼ活性化検出プローブ発現マウスを用いた生体イメージングによる哺乳類神経管閉鎖における細胞死の生理的意義の解明研究成果

カスパーゼ活性化検出プローブ発現マウスを用いた生体イメージングによる
哺乳類神経管閉鎖における細胞死の生理的意義の解明

平成23年12月12日

1.発表者: 
山口良文(東京大学大学院薬学系研究科助教)
篠塚直美(東京大学大学院薬学系研究科博士課程1年)
三浦正幸(東京大学大学院薬学系研究科教授)

2.発表概要: 
本研究では、細胞が自発的に死んでゆく様子を、細胞死シグナル(注1)の動きとともに生きた哺乳類の胚において捉えることに初めて成功しました。さらに、限られた時間内にかたち作りが円滑に完結するために、細胞の死が役立っていることを明らかにしました。この研究により、未だ不明な点が多く残されている胚発生における細胞の死が持つ意義が明らかになったとともに、ヒトでも見られる外脳症や二分脊椎といった神経管閉鎖異常による疾患の発症メカニズムの一端に迫ることができました。

3.発表内容: 
生体内の様々な場面において、細胞が自発的に死んでゆく様子が認められています。特に個体発生期での細胞死は、どの領域の細胞がいつ死ぬかがある程度決められていることから、「プログラム細胞死」と呼ばれ、その厳密な制御が正常な個体発生において重要であると考えられてきました。たとえば、プログラム細胞死の主要な様式であるアポトーシスは、細胞の断片化や核の凝縮を伴う形態学的特徴をもった細胞死の様式で、この実行因子カスパーゼ(注2)の活性化がおきないよう遺伝子操作したショウジョウバエやマウスでは中枢神経系が肥大し異常な形態を示すことも、細胞死の重要性を示唆しています。しかしながら、実際の生体内で、細胞の死に方や死ぬこと自体が周囲にどのような影響を与え、それがどういった意味を持つのか、という点には不明な点が多く残されています。

本研究では、大量のアポトーシスが観察される現象の1つである哺乳類神経管閉鎖に注目しました。神経管とは脳や脊髄のもととなる器官であり、板状の神経板の左右両端が筒状の神経管となるように融合するという、神経管閉鎖を経て形成されます(図1:以下PDF参照)。この神経管閉鎖が正常に完遂されることが、その後の中枢神経系の発生には必須です。致死的な先天的奇形である外脳症や無脳症、また治療は可能ですが発症率の高い水頭症や二分脊椎の原因の1つは、神経管閉鎖の異常であると考えられています。神経管閉鎖の過程では、神経板の融合部周辺で大量のアポトーシスが起こることが知られ、また、この時期のアポトーシスが減少したマウスでは頭部に神経管閉鎖異常が高頻度で起こることが観察されることから、頭部神経管閉鎖過程ではアポトーシスが重要な働きを担うことが示唆されてきました。しかしながら、実際にアポトーシスが頭部神経管閉鎖にどのような影響を与えるのかは全く不明でした。アポトーシスした細胞は通常すぐに除去されてしまい、取り出した胚を固定して調べるというこれまでの研究手法では、検出できるものはごく一部です。さらに神経管閉鎖は非常にダイナミックな形態変化をともなう子宮内で進行する現象のため、既存の研究手法では、アポトーシスの有無と神経管閉鎖の成否という結果の判定しかできず、両者の関係性を詳細に見ることができなかったためです。

そこで本研究では、生体内におけるアポトーシスの検出の難しさという問題点を、超高速スキャン型共焦点顕微鏡を用いたライブイメージング技術と、当研究室で開発したカスパーゼ活性化検出蛍光プローブを組み合わせることで克服しました(図2:以下PDF参照)。これにより、哺乳類頭部神経管閉鎖過程とそこで起こるアポトーシスを同時可視化することに世界で初めて成功しました。

観察結果から、以下の点がわかりました。まず、哺乳類頭部神経管閉鎖過程においてアポトーシスした細胞には、少なくとも2種類のふるまいがあることがわかりました。通常、カスパーゼ-3を活性化しアポトーシスした細胞は断片化しすぐに近傍の組織に呑み込まれることにより取り除かれることが知られています。しかし、頭部神経管閉鎖過程ではこれらの断片化する死細胞(C-type細胞)に加え、断片化せずに組織から脱落し長時間そこに留まる細胞(D-type細胞と名付けました)があることが、ライブイメージングにより明らかになりました(図3:以下PDF参照)。さらに、わたしたちの開発したライブイメージングシステムでは頭部神経管閉鎖の速度の測定が可能となったので、この系を用いて解析を行った結果、これらのアポトーシスを阻害した場合には、頭部神経管閉鎖の速度が顕著に減少することを発見しました(図4:以下PDF参照)。また、アポトーシス欠損時には頭部神経管閉鎖が一進一退する様子も観察されました。これらの結果から、アポトーシスは頭部神経板の形態変化に寄与することで、頭部神経管閉鎖の円滑な進行に貢献することが示唆されました。

これらの観察結果は、いずれもライブイメージングを行うことにより初めて見出すことができたものです。正常な発生過程では、頭部神経管閉鎖のちに急激な脳室の拡大が生じてきます。従って、頭部神経管閉鎖が一定の時間内に終了することは、その後の脳の発生にとって非常に重要と考えられます。このように、アポトーシスは円滑な形態形成運動の遂行に役立つことにより、正常な脳のかたち作りに貢献していることが明らかとなりました(図4:以下PDF参照)。本研究で開発したアポトーシスと哺乳類頭部神経管閉鎖動態の同時可視化システムは、頭部神経管閉鎖異常を示す多数のマウス変異体の解析にも応用可能であり、今後そうした解析を重ねることで神経管閉鎖を可能とする細胞動態の解明が期待できます。それにより、ヒトにおける神経管閉鎖異常疾患の発症メカニズムの理解とその予防にも貢献できる可能性があります。また、本研究で樹立したライブイメージング系は、細胞の死に方の重要性が示唆されている、免疫疾患や悪性腫瘍、さらには神経変性、心筋梗塞などの疾患研究にも貢献できるものと期待しています。

4.発表雑誌: 
雑誌名:Journal of Cell Biology
論文タイトル:Live-imaging of apoptosis in a novel transgenic mouse highlights its role in neural tube closure
著者:Yamaguchi Y., Shinotsuka N., Nonomura K., Takemoto K., Kuida K., Yoshida H., Miura M.

5.問い合わせ先: 
東京大学大学院薬学系研究科遺伝学教室
教授 三浦 正幸
助教 山口 良文

6.用語解説: 
細胞死シグナル(注1):細胞の死の際に活性化されるシグナルの総称。ここでは、アポトーシスの際に生じるカスパーゼ(注2)活性化を指す意味で使っている。
カスパーゼ(注2):細胞内のタンパク質を切断するタンパク質分解酵素の一種。通常時は不活性型で存在するが、活性化されると細胞内の多数のタンパク質を切断し、アポトーシスによる細胞の死を誘導する。

図はこちらのPDF版をご覧ください。

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