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脳の発達障害の原因蛋白質が神経の“つなぎめ”(シナプス)を動かす ―Lis1分子による抑制性の神経回路の制御―研究成果

脳の発達障害の原因蛋白質が神経の“つなぎめ”(シナプス)を動かす
―Lis1分子による抑制性の神経回路の制御―

平成24年3月7日

東京大学大学院医学系研究科

1.発表者: 岡部 繁男(東京大学大学院医学系研究科神経細胞生物学分野 教授)

2.発表のポイント:
◆成果:脳の発達障害の原因遺伝子Lis1により神経の“つなぎめ”(シナプス)が積極的に移動して正しい回路網が出来ることが明らかになった。
◆新規性:これまで不明だった、抑制性の神経細胞が他の細胞とつながる仕組みが明らかになった。
◆社会的意義/将来の展望:今回の発見により発達障害など脳疾患で過剰な興奮が起こるメカニズムの理解が進むと期待される。

3.発表概要:
脳の発達障害の原因となる遺伝子には様々なものがありますが、Lis1遺伝子(注1)の異常により起こる滑脳症(注2)では脳の発達早期に幼弱な神経細胞が正しい場所に移動できず、知的発達障害や、脳興奮が抑制できないためのてんかん性発作などの症状が起こります。これまでLis1遺伝子の機能としては神経細胞の移動をコントロールすることが知られていましたが、より発達した脳でどのような役割を持っているのかについてはわかっていませんでした。
今回、東京大学大学院医学系研究科の岡部繁男教授らは、Lis1遺伝子産物が、脳の中で神経細胞の間のシナプス(注3)と呼ばれる“つなぎめ”にも存在し、Lis1によって制御されるモーター分子(注4)の働きでシナプスが微小管に沿って移動し、最終的にシナプスが正しい場所に配置されることを明らかにしました。さらにこのようなシナプスの移動がおこるのは、脳の興奮を抑制する役割を持つ一部の抑制性神経細胞(注5)だけであることから、発達障害においてしばしば見られる脳の過剰な興奮の原因に、今回発見されたシナプスの移動が関係している可能性があります。Lis1遺伝子の機能を今後さらに調べることで、てんかんなどの脳の過剰な興奮に関連した障害の理解が進むことが期待されます。
本研究成果は、2012年3月6日に科学雑誌「Nature Communications」のオンライン速報版(http://www.nature.com/ncomms/journal/v3/n3/full/ncomms1736.html)で公開されました。なお、本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として、また科学研究費補助金などの助成を受けて行われました。

4.発表内容:
①研究の背景・先行研究における問題点
脳の発達は遺伝的要因と環境要因の相互作用に影響を受けますが、特に脳の発達障害を引き起こす遺伝子には様々なものがあり、それぞれの遺伝子が果たす役割を明らかにすることで、脳の正常機能、さらに発達障害などの疾患のメカニズムを理解する道筋が拓けます。これまでの脳の発達障害の研究では、幼弱期における脳内での細胞の分裂や移動の過程での発達障害原因遺伝子の機能が解析されてきました。これらの研究により、特に滑脳症とよばれる発達障害の原因遺伝子の一つであるLis1遺伝子に異常があると、幼弱な神経細胞が正しい場所に移動することができなくなり、結果的に脳の表面のしわがなくなってしまう、という非常に大きな変化が起こることがわかっています。一方で、滑脳症の患者さんでは知的発達障害や脳の過剰興奮によるてんかん性発作などの症状が見られますが、これらの症状が神経細胞の移動が阻害されることにより二次的に起きているのか、より直接的な原因があるのかについてはよく分かっていませんでした。
また特に脳の過剰興奮は、てんかん性発作の原因となりますが、その発生については不明の点が多く、興奮性の神経細胞と抑制性の神経細胞の間のバランスを制御するしくみを調べる必要があります。興奮性神経細胞は数が多く、細胞間のつながりであるシナプスがどのようにできてくるのかについても良く調べられていますが、抑制性神経細胞については数も少なく、これまでシナプスが出来て細胞がつながっていく過程についてはほとんど研究がされて来ませんでした。

②研究内容
本研究では、神経細胞の間のシナプスと呼ばれる“つなぎめ”に着目し、マウス由来の神経細胞の培養系を利用して、抑制性の神経細胞におけるシナプスのふるまいを生きた細胞で長時間観察しました。すると興奮性の神経細胞では起こらない、シナプスが細胞の上を動いていく様子が観察できました。このようなシナプスの動きは方向が一定で、しかも神経細胞から伸び出てくる細い突起の上で起こりました。シナプスが動くことによって最終的にシナプスは突起の根本にたどり着き、その部分で安定に存在するようになります。さらにこのようなシナプスが神経伝達の機能を持っていることも細胞の中に流れ込むカルシウムイオンを可視化することで確認しました。次にこのシナプスの動きがどのようなメカニズムによって起こるのかを知るために、神経細胞の中の細胞骨格(注6)を薬理学的にこわしてしまう実験を行いました。その結果微小管(注7)と呼ばれる細胞骨格がこわれるとシナプスの動きが止まることがわかりました。過去の研究で微小管の上を突起の根本に向かって物質を運ぶモーター分子としてはダイニン(注8)が良く知られています。更に脳の発達障害の原因遺伝子であるLis1も、ダイニンに結合する分子なので、Lis1がダイニンを介してシナプスの動きを調節しているという仮説を立てました。実際、Lis1の遺伝子を破壊したマウスの神経細胞では、シナプスの移動がうまく起こらず、本来規則正しく配列されるシナプスの配置が乱れてしまうことがわかりました。これらの結果から、Lis1はダイニンというモーター分子を介して抑制性の神経細胞の上に形成されるシナプスの移動・配置を調節しており、この制御がうまくいかないと脳の中で興奮を抑制する機能が弱くなると考えられます。

③社会的意義・今後の展開
今回の研究によりこれまで全く知られていなかった新しいシナプスの適正な配置のメカニズムが明らかになりました。この結果は脳における神経細胞同士のつながり方についての新しいモデルを提供するものです。更に今回の発見により発達障害などの脳疾患で過剰な興奮がどうして起こるのか、そのメカニズムの解明が進むことが期待されます。
 
5.発表雑誌: 
雑誌名:「Nature Communications」(オンライン版:2012年3月6日)
論文タイトル:LIS1-dependent retrograde translocation of excitatory synapses in developing interneuron dendrites
著者:Izumi Kawabata, Yutaro Kashiwagi, Kazuki Obashi, Masamichi Ohkura, Junichi Nakai, Anthony Wynshaw-Boris, Yuchio Yanagawa, and Shigeo Okabe
http://www.nature.com/ncomms/journal/v3/n3/full/ncomms1736.html

6.問い合わせ先: 
岡部 繁男
(東京大学大学院医学系研究科 神経細胞生物学分野 教授)

7.用語解説: 
(注1)Lis1遺伝子:滑脳症には二つの遺伝的タイプがあり、常染色体優性遺伝をするタイプの原因遺伝子が17番染色体上にあるLis1遺伝子である。Lis1は細胞骨格の一種である微小管をレールとしてその上を動く分子モーターであるダイニンと結合し、その機能を制御することが知られています。
(注2)滑脳症:遺伝性の脳の発達障害を示す疾患で、発生過程での神経細胞の脳内での移動が障害されるために、脳の表面に凹凸がない滑脳という所見を示します。主要な症状に知的発達障害やてんかん性発作などがあります。
(注3)シナプス:神経細胞と別の神経細胞の突起の間にできる“つなぎめ”の構造で、シナプスを介して神経細胞は情報を伝えます。シナプスで結合された神経細胞のネットワークのことを神経回路といいます。
(注4)モーター分子:細胞の物質輸送をATPの加水分解をエネルギー源として行う蛋白質群のことで、細胞骨格である微小管をレールとして物質輸送を行うモーター分子の代表の一つがダイニン分子です。
(注5)抑制性神経細胞:脳の中には他の神経細胞を興奮させる興奮性神経細胞と、逆に抑制をかける抑制性神経細胞が存在します。抑制性神経細胞は興奮性神経細胞より数は少ないながら、過剰な興奮を抑制するという重要な役割を持ちます。
(注6)細胞骨格:細胞内に存在する蛋白質が重合して形成される線維状の構造を指します。
(注7)微小管:細胞骨格の一種で分子モーターであるキネシン、ダイニンのレールとなります。
(注8)ダイニン:微小管をレールとして利用する分子モーターの一種であり、精子のべん毛の運動など、様々な細胞運動に関わっています。

8.添付資料:

20120307_01

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