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賢い天敵が多様な生物種の共存をもたらす研究成果

賢い天敵が多様な生物種の共存をもたらす

平成24年3月13日

東京大学大学院総合文化研究科

1. 発表者: 
石井弓美子 (元・東京大学 大学院総文化研究科広域科学専攻 特任研究員 
        現・独立行政法人 国立環境学研究所 特別研究員)
嶋田正和 (東京大学 大学院総文化研究科広域科学専攻 教授)

2.発表のポイント:
  ◆どのような成果を出したのか
天敵(寄生蜂)1種と宿主2種からなる昆虫3種を用いて、学習によりスィッチング捕食をする天敵が、餌となる種(以下、餌種〈えさしゅ〉)の共存を長く持続させることを実証した。
  ◆新規性(何が新しいのか)
数の多い餌種を学習して集中的に食べ、数の少ない餌種は見逃される「スイッチング捕食」は、多種の共存を維持すると予測されてきたが、明確に支持する実証研究はまだ発表されていなかった。世界初の成果である。
  ◆社会的意義/将来の展望
寄生蜂は学習能力に優れ(賢い)、自然界で種の多様性を高く維持している可能性が見えてきた。また、天敵を利用した害虫防除にも役立つ。

3.発表概要: 
東京大学大学院総合文化研究科の石井弓美子特任研究員(当時)と嶋田正和教授は、天敵1種(寄生蜂[注1])とその宿主(餌種)2種からなる昆虫3種の「食う-食われる」の実験により、学習する天敵が餌種の共存を長く持続させることを実証した。ここで用いた寄生蜂ゾウムシコガネコバチは、宿主であるマメゾウムシ[注2] 2種の匂いを学習で識別し分けることができる。3者の実験は、複雑な自然生態系を理解するとき、それを模倣する最もコンパクトな手法である。1970年代以来の理論で、数の多い餌種を学習して集中的に食べ、数の少ない種が見逃されてその増加を助けることになる「スイッチング捕食」は、餌種の共存を強化することが予測されてきたが、これを明確に支持する実験結果はまだ発表されていなかった。

今回の実験結果は、学習によって採餌行動を変化できるスイッチング捕食者の天敵が、餌となる複数種の共存を促進することを実験により検証した、世界初の成果である。この結果は、自然の生態系でも、天敵の学習行動が餌となる多様な種の共存に重要な役割を果たす可能性を示している。最近、重視されている生物多様性の保全を考えるうえでの多種共存のメカニズムの理解に大きくつながる。また、天敵を利用した害虫防除にも役立つ。

4.発表内容: 
① 研究の背景
自然界では、多くの生物種が競争しながらも共存しているが、この多種の共存に重要な役割を果たすと考えられる要因の一つが、餌種の個体数に応じて学習により行動を適応的に変化できる「賢い」天敵の存在である。天敵が数の多い餌種を学習し、その餌種を集中的に効率よく採餌するスイッチング捕食は、個体数の多い優占種を減少させ、個体数の少ない種が見逃されてその増加を助けるので、多種が共存できることになる。1970年代以来、理論研究では餌種の多種共存を高めることが指摘されてきたが、これを明確に支持する実験的結果はまだ発表されていなかった。

② 研究内容
本研究では、豆を幼虫の資源として利用する害虫である2種の近縁なマメゾウムシ類(アズキゾウムシとヨツモンマメゾウムシ)を宿主(餌種)とし、それを捕食する天敵の寄生蜂ゾウムシコガネコバチを実験に用いた(図1)。この寄生蜂は、豆表面の匂いを頼りに豆の中に潜り込んでいる宿主幼虫を探し当てると、産卵管でまず麻酔をし、それから幼虫の体表に卵を1つ産みつける。いったん産卵を経験してその宿主種の匂いを学習すると、その後の宿主の探索では、その匂いを記憶して豆から豆へ渡り歩いて探しに行くようになる。これにより、ゾウムシコガネコバチは数の多い宿主種の匂いを学習する機会が多いため集中して寄生するので、その宿主種は数が減り始める。一方、数の少ない宿主種は見逃されて徐々に増え始める。このように、匂い学習により好み[注3]が切り替わるので、スイッチング捕食を引き起こすことになる(図2)。
われわれは、スイッチング捕食者であるゾウムシコガネコバチが宿主2種のマメゾウムシ類の個体数動態と共存にどのような影響を与えるかを調べた。マメゾウムシ2種のみで飼育を行うと、豆をめぐる競争において不利なアズキゾウムシが20週程度で消滅する。ところが、これにゾウムシコガネコバチを入れると、2種のマメゾウムシの個体数はちょうど増減が真逆になる交互の変動を示しながら、長いものでは118週もの間、共存が持続した(図3)。この時、寄生蜂の宿主種への好みは宿主種の個体数に対応して増減していた。個体数が毎週変動している最中に寄生蜂の好みを測定する手法が、従来の研究にはなかった「売り」である。
さらに、数理モデルによるシミュレーション解析によると、2種のマメゾウムシ類を区別せずに産卵する仮想の寄生蜂ではマメゾウムシ2種の共存を持続させることはなく、学習する「賢い」寄生蜂だけがマメゾウムシ2種の共存を長く持続させることが解明できた。

③ 社会的意義と今後の展望
今回の実験結果は、最近、重視されている生物多様性の保全を考えるうえでの多種共存のメカニズムの理解に大きくつながる。また、天敵を利用した害虫防除にも役立つ。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Proceedings of National Academy of Science in USA」(オンライン版:3月12日(米国東部時間)掲載)
論文タイトル:Learning predator promotes coexistence of prey species in host-parasitoid systems
著者: ISHII, Yumiko and SHIMADA, Masakazu

6.問い合わせ先: 
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻・広域システム科学系
嶋田正和 教授   

7.用語解説: 

[注1] 寄生蜂: 宿主の昆虫に産卵管で麻酔をかけ、動けなくなった宿主に卵を産み付ける蜂の総称。 世界で生物種の半分が昆虫(約80万種)で、その2/3が寄生蜂・寄生ハエ(約50万種)と言われている。寄生蜂ごとに、どの昆虫種のどの発育段階(卵・幼虫・蛹)に寄生するかについて種特異性が見られる。 
[注2]マメゾウムシ類(ハムシ科マメゾウムシ亜科): 主にマメ科の種子に卵を産みつけ、幼虫が豆内に潜り込んで子葉を食べ、やがて成虫が外に出てくる。
[注3]寄生蜂は、宿主種が潜っている植物の組織や宿主種の分泌する匂い、その食べかすや糞などの匂いを頼りに、学習し記憶することが知られている。

8.添付資料:

説明: C:\Documents and Settings\ishii_2\デスクトップ\PNASマメゾウ\Acalandrae.JPG
図1. 産卵管を刺して豆内のマメゾウムシ幼虫に産卵するゾウムシコガネコバチ。 豆表面に白く見えるのはマメゾウムシの孵化卵。

説明: C:\Documents and Settings\ishii_2\デスクトップ\PNASマメゾウ\switching.png
図2. ゾウムシコガネコバチは個体数の多い寄主を集中的に捕食するスイッチング捕食者。

説明: C:\Home\Dropbox\PNASマメゾウ\dynamics.png
図3. マメゾウムシと寄生蜂の個体数. 寄生蜂がいない場合には、ヨツモンマメゾウムシ(緑)との種間競争によってアズキゾウムシ(青)が20週程度で消滅する.寄生蜂を入れた場合には、アズキゾウムシとヨツモンマメゾウムシの個体数は交互に変動しながら長い期間共存する。

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