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雨どいの放射能汚染水を飲料水基準値以下に ―放射性セシウム除染布を開発―研究成果

記者会見
雨どいの放射能汚染水を飲料水基準値以下に
―放射性セシウム除染布を開発―

平成24年5月28日

東京大学生産技術研究所

1.発表日時:
平成24年5月28日(月)10:30~11:30(受付開始 10:00)

2.発表場所:
東京大学生産技術研究所 総合研究実験棟An棟3F大会議室(An301、302)
〒153-8505 目黒区駒場4-6-1 駒場リサーチキャンパス

3.発表者:
東京大学生産技術研究所
迫田 章義(教授)
工藤 一秋(教授)
立間  徹(教授)
石井 和之(准教授)
小尾 匡司(大学院生)
藤井 隆夫(技術専門員)
赤川 賢吾(助教)
藤田 洋崇(助教)

4.発表ポイント:
(1) 成果
プルシアンブルー(注1)を固定化した布を新規開発し、福島県で検証。セシウムの選択的回収に成功。

(2) 新規性
前処理が不要で簡便な、ライン生産に適した独自の方法で、プルシアンブルーを繊維にしっかり固定。

(3) 意義/将来展望
放射能汚染水・土壌の処理に。環境省の支援を受け、低コストで専門家の立ち会い不要な小規模分散型除染システムを構築する。
  
5.発表概要:
放射性セシウムイオン吸着材として、人工青色顔料「プルシアンブルー」を固定化した布を新規開発した。安価で簡便に作製でき、丈夫であることが特徴である。福島県での検証実験では、雨どいの水を飲料水の基準値以下にまで除染できた。
今回、研究グループは、前処理が不要で簡便な、ライン生産に適した独自の方法を開発し、プルシアンブルーを繊維にしっかり固定している。布1枚(60×40平方センチメートル、18グラム)で最大2.5ミリグラムのセシウムイオン(セシウム137(注2)なら80億ベクレル)を吸着できる。汚染水に対して10万倍の濃縮効果を持ち、他のイオンが共存していても、セシウムイオンを選択的に回収できる。雨どいの水1Lを一晩処理した後の布が持つ放射能は、取り扱いに危険が生じるレベルではなかった。酸処理により吸着材からセシウムイオンを引き離し、再利用できる。放射能汚染水・土壌の処理への活用が期待される。福島大学、石巻専修大学と共同で、環境省の支援と飯舘村の協力を受けて、本吸着材を利用した、低コストで専門家の立ち会い不要な小規模分散型除染システムを構築予定である。

6.発表内容:(本文中の図はこちら
背景
福島第一原子力発電所における未曾有の事故以降、放射性物質による環境汚染が深刻な問題となっている。なかでも半減期が長いセシウム137イオンを水や土壌から除くことが最重要課題である。東京大学生産技術研究所の化学系有志は、震災が発生した2011年3月から議論を始め、セシウムイオンに対する吸着材を開発して、それを用いた除染プロセスを開発することとした。
迅速かつ広範の除染を実現するため、開発するべき吸着材には、安価で大量生産に適していることと、専門家でなくても容易に扱えることが求められる。

安価で簡便に作れて丈夫な、放射性セシウム吸着材を開発
セシウムイオンに対する吸着材として、人工の青色顔料である「プルシアンブルー」を利用した。プルシアンブルーは、セシウムイオンを選択的に吸着することで知られる。チェルノブイリ事故の際にも、牛に飲ませて牛乳などにセシウムイオンが出るのを防いだといわれる。プルシアンブルーは一般に細かな粉末状であるため、水や土壌の除染に使うには、繊維などに固定化することが必要である。しかし、プルシアンブルーを繊維から脱落しにくくするためには、電子線による前処理などが必要であるため、生産に手間や費用がかかるという問題があった。
そこで当研究グループは、プルシアンブルーを繊維に固定化する新しい方法を開発した(図1、2)。この方法の特徴は以下の通りである。

1)プルシアンブルーとなじみやすいセルロース系の繊維を用いるため、前処理が不要である。
2)2種類の原料溶液へ繊維を順次浸すだけの簡便な作製法である。
3)得られた吸着材は丈夫で、プルシアンブルーが脱落しにくい。
4)切断も容易で、様々な大きさ・形にしやすい。
現在は手作業で作製しているが、ライン生産にも適した作製法である。2011年8月に特許出願した。

福島県での実地検証で、セシウムイオンを選択的に回収
新たに開発した吸着材を検証し、以下の通り、十分な能力を持つことを実証した。
1)布1枚(図1、60×40センチメートル、18グラム)で最大2.5ミリグラムのセシウムイオン(セシウム137なら80億ベクレル)を吸着できる。
2)セシウムイオンに対し最大10万倍の濃縮効果を持つ。たとえば、10リットル(10キログラム)の水に10ミリグラムのセシウムイオンが溶けている場合、その99パーセント以上を10グラムの吸着材で回収できる(他の陽イオンが存在しない場合)。
3)福島県での実験で、約20ベクレルの放射能を示す雨どいの水1リットルに、20グラムの吸着材を一晩浸したところ、放射能は検出限界(8ベクレル)以下になった。つまり、飲料水の基準値(リットルあたり10ベクレル)よりも低くできた。
4)アンモニウムイオンやカリウムイオンなど、セシウムイオンと競合する可能性のある陽イオンが多量にあっても、微量のセシウムイオンを選択的に回収できる。実際に、非常に高い濃度の肥料を含む水(約100グラムの硫酸アンモニウムと約100グラムのリン酸二水素カリウムを含む1リットルの水)の中であっても、セシウムイオンに対し60倍の濃縮効果を示した。
5)上記3)の実験を行った後の布が含む放射能は、取り扱いに危険を伴わないレベルであった。
6)酸で適切に処理すれば、セシウムイオンを吸着材から引き離して回収できる。

専門家を必要としない小規模分散型の土壌除染システムへ
当研究グループは、福島大学、石巻専修大学と共同で、環境省の支援と福島県飯舘村の協力を受けて、吸着材のさらなる検証と、それを利用した低コストで専門家の立ち会い不要な小規模分散型土壌除染システムの構築を行う(図4)。環境省環境研究総合推進費の新規課題として申請中である。
小規模分散型土壌除染システムのポイントは以下の通りである。
1)汚染土壌の集積が不要で、処理した土壌は元の場所へ戻せる。
2)専門家の立ち会いがなくても、地元民やボランティアにより除染できる。
3)低コストで、効率的に処理できる。
これまでに、肥料成分の添加と簡便な器具による加温により、1キログラムあたり約3万ベクレルの汚染土壌から、約70パーセントの放射性セシウムを分離することに成功している。福島県での実地検証から、分離したセシウムを本吸着材で吸着できることがわかった。早期の実用化に向けて、さらなる除去率向上とスケールアップを急いでいる。

7.問い合わせ先:
石井 和之
東京大学生産技術研究所 物質環境系部門 准教授

8.用語解説:
(注1)プルシアンブルー: 紺青、ベルリンブルーなどとも呼ばれる顔料。一般的に、フェロシアン化カリウムと塩化第二鉄から合成される。製法等によって組成や構造にわずかな違いが生じ、性質も異なる。適切に合成すれば非常に安定で、難溶性である。陽イオンを取り込む性質があり、とくにセシウムイオンを取り込みやすいことが知られている。原料であるフェロシアン化カリウムは厚生労働省により食品添加物として認められ、食塩に固結防止剤として加えられる。塩化第二鉄も栄養強化に関する食品添加物として認められている。プルシアンブルーは、ドイツなどでは体内からのセシウム除去を目的とした医薬品として販売されている。

(注2)セシウム137: ウラン235の核分裂などによって生成する放射性物質。半減
期は約30年であり、福島第一原発の事故において、長期の放射能汚染の主因になると
考えられている。水や土壌においては、1価の陽イオンであるセシウム137イオン
(137Cs+)として存在していると考えられる。

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