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視覚神経系の仕組みの解明に新たな手がかり ―高等哺乳動物の視覚神経回路に発現する遺伝子を発見―研究成果

視覚神経系の仕組みの解明に新たな手がかり
―高等哺乳動物の視覚神経回路に発現する遺伝子を発見―

平成24年7月12日

東京大学医学部附属病院
東京大学大学院医学系研究科

東京大学医学部附属病院・大学院医学系研究科特任准教授 河崎洋志および大学院医学系研究科 大学院生 岩井玲奈らのグループは、視覚神経系(注1)の中で色や形の認識に必須なP細胞(注2)に選択的に発現する遺伝子の特定に初めて成功しました。本成果は、視覚神経系での情報処理や回路形成機構および視覚異常の病態の解明につながることが期待されるとともに、長く議論されてきた視覚系の進化について一定の結論を与えるという重要な意義をもちます。

ヒトは外部情報の8割以上を視覚を通して取得しているとも言われており、視覚障害は生活に深刻な影響を及ぼします。したがって、視覚神経系の情報処理の仕組みや疾患の病態を解明することは重要な課題です。しかし、研究で多く用いられるマウスは視覚神経系の発達が乏しく、色覚や形態覚の伝達に不可欠な神経細胞であるP細胞の遺伝子レベルの解析は困難でした。そこで本研究グループは、視覚神経系が発達している高等哺乳動物フェレット(注3)に着目するという独自のアプローチにより、ヒトの言語能力の獲得との関連が指摘されているFoxP2(注4)という遺伝子が、フェレットさらにはサルのP細胞に選択的に発現することを突き止めました。今後、FoxP2遺伝子を手がかりとして、ヒトの発達した視覚神経系の仕組みや疾患の病態の解明が加速することが期待されます。

本研究成果は、2012年7月12日午後4時5分(日本時間)に英国科学雑誌「Cerebral Cortex」のオンライン版に掲載されました。

本成果の一部は、文部科学省科学研究費補助金・科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究「さきがけ・生命システムの動作原理と基盤技術」、21世紀COEプログラム、グローバルCOEプログラムおよびHuman Frontier Science Programの支援を受けて行われました。

【発 表 者】
東京大学医学部附属病院 神経内科/大学院医学系研究科 神経機能解明ユニット
 特任准教授 河崎洋志
東京大学大学院医学系研究科 神経機能解明ユニット  大学院生 岩井玲奈

【研究の背景】
  視覚は最も重要な感覚の一つであり、視覚障害は生活に深刻な影響を及ぼすことから、視覚神経系の動作原理、回路形成機構および疾患病態の解明は重要です。視覚神経系にはM細胞(注5)、P細胞、K細胞(注6)という3つの特徴的な神経細胞が存在し(図1)、視覚情報伝達を担っています。この中でも特にP細胞は色覚や形態覚といった視覚認知に必須な視覚情報特性を伝達する非常に重要な神経細胞です。ところが研究に多く用いられるマウスではP細胞の存在が不明確でありマウスを用いた解析が困難であることから、これまでP細胞の遺伝子レベルの解析はほとんど進んでいませんでした。

【研究の内容】
  東京大学医学部附属病院・大学院医学系研究科の特任准教授 河崎洋志のグループは今回、発達した視覚神経系を持ちヒトのP細胞に相当するX細胞を持つ高等哺乳動物フェレットに着目するという独自のアプローチにより、視覚神経系においてP細胞に選択的に発現する遺伝子を初めて特定することに成功しました。
  フェレットは食肉類の哺乳動物であり視覚神経系が発達していることから電気生理学的解析には多く用いられていますが、遺伝子解析はあまり行われてきませんでした。本研究グループは以前よりフェレットの遺伝子解析を独自に推進しており、今回はフェレットのX細胞(注7)(ヒトのP細胞に相当)に注目することにより、視覚神経系においてX細胞に選択的に発現する遺伝子を世界で初めて特定することに成功しました(図2)。X細胞に選択的に発現することが見出された遺伝子はFoxP2と呼ばれる転写因子(注8)で、ヒトの言語能力との関わりで有名な遺伝子でした。
  さらに本研究グループはFoxP2遺伝子がサルの視覚神経系においてもP細胞に選択的に発現していることも発見しました(図3)。ヒトが発達した視覚神経系を獲得するに至る進化過程の研究分野での未解決な重要問題として、フェレットのX細胞と霊長類(ヒトやサルなど)のP細胞との関係について2つの説があり議論が続いていました。第1の説はX細胞とP細胞とは質的に同じ細胞であるという説、第2の説はX細胞とP細胞とは全く異なる細胞であり、P細胞は霊長類になって初めて獲得されたという説です。本研究の結果、X細胞とP細胞に共通にFoxP2遺伝子が発現していたことは第1の仮説を示唆しており、これまで長く議論されてきた視覚系の進化について一定の結論を与えるという重要な意義があります。
【今後の展開】
  FOXP2遺伝子は遺伝性発語障害をもつ家系に対する遺伝子解析の結果から、ヒトの言語能力との関わりが指摘されている遺伝子です。またチンパンジーからヒトへと進化する過程においてFOXP2遺伝子に入った変異がヒトの言語能力の進化につながったと考える研究者もいます。今回、FoxP2遺伝子が発現することが見出されたP細胞を用いた視覚認知も霊長類において発達が著しいことから、視覚神経系の進化過程におけるFoxP2遺伝子の役割の解明が今後重要になると考えられます。
  本研究では高等哺乳動物であるフェレットとサルを用いることにより、マウスでは解析が困難だったP細胞に選択的に発現する遺伝子を発見しました。P細胞の異常が失読症(注9)に関連する可能性を指摘する報告もあることから、FoxP2遺伝子を手がかりとして失読症の病態生理の解明に展開する可能性もあります。今後、このFoxP2遺伝子を突破口としてヒトの発達した視覚神経系の動作原理、回路形成機構および疾患病態の解明が加速することが期待されます。

【用語解説】
注1)視覚神経系:視覚情報を伝達する神経回路

注2)P細胞:小細胞(parvocellular cell)とも言われる神経細胞の一種。低感度だが高分解能・高コントラストであり、形態覚や色覚に重要だと考えられている。

注3)フェレット:イタチ科に属する食肉類の哺乳動物。視覚神経系が発達していることから本研究に用いられた。

注4)FoxP2:転写因子の一種であるFOXファミリーに属する遺伝子。遺伝性発語障害のある家系の原因遺伝子であることが報告され、ヒトの言語能力の獲得との関連が指摘されている。

注5)M細胞:大細胞(magnocellular cell)とも言われる神経細胞の一種。低分解能だが高感度であり、空間視や運動視に重要だと考えられている。

注6)K細胞:顆粒細胞(koniocellular cell)とも言われる神経細胞の一種。

注7)X細胞:フェレットの視覚神経系に存在する神経細胞の一種。

注8)転写因子:DNAに特異的に結合するタンパク質。DNAの遺伝情報の発現を制御する。

注9)失読症:一般的な知的能力に著しい異常がないにもかかわらず、文字の読み書き学習が著しく困難である障害。

【発表雑誌】
雑誌名:Cerebral Cortex
論文名:FoxP2 is a parvocellular-specific transcription factor in the visual thalamus of monkeys and ferrets(フェレットおよびサルの視覚系視床においてFoxP2はP細胞選択的な転写因子である)
著者名:Lena Iwai, Yohei Ohashi, Deborah van der List, William Martin Usrey, Yasushi Miyashita and Hiroshi Kawasaki(岩井玲奈、大橋陽平、Deborah van der List, William Martin Usrey、宮下保司、河崎洋志)
掲載日時:日本時間7月12日午後4時5分 (英国時間:7月12日午前8時5分)にオンライン版に掲載

【参照URL】
Cerebral Cortexホームページ http://cercor.oxfordjournals.org/

≪本件に関するお問合せ先≫
東京大学医学部附属病院 神経内科/大学院医学系研究科 神経機能解明ユニット  
特任准教授 河崎 洋志

≪取材に関するお問合せ先≫
東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:小岩井、渡部

【添付資料】
こちらからダウンロードください。

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